第23話 少女とカミサマ⑤

「む……」


 表情はなくとも、カミサマに動揺が走ったのはわかった。


「……よかろう」


 一瞬の逡巡の後、カミサマが頷く。


「結論から言えば」


 話の核心を求める少女の望みに応えるためなのか、その語調はやや早口気味となっていた。


「彼らは最終的に、ここに生き残った全員の支持を得た。そして、まずは先遣隊としてお前の父を含む数人で外の世界へと旅立った。戻った彼らが外の世界に緑が戻っているという報告をもたらした時、人々は沸いたものだ」


 呼吸が必要なわけでもないのに、カミサマはそこで息継ぎでもするかのように一拍置く。


「それから」


 それは、少女に猶予を与えるかのような間の置き方であった。


「その時持ち込まれたウイルスによって、このセカイの人類はたった一人を除き滅んだ」


 重々しくそう告げる。


「ほー」


 しかし、少女……このセカイにたった一人残った人類の反応は、いかにも軽いものだった。


「まぁ何が良くて何が悪いかなんて、結果が出てみなきゃわかんないよねー」


 あくまで軽く、そうまとめる。


「相棒よ、そんな反応でいいのか……?」


 硬い声色で、トモダチが尋ねた。


「ん? だって、全部私が産まれる前に終わったことでしょ?」


 小さく首を傾けて、少女は事も無げに言い切る。


「そりゃそうだが……」


 そのあっけらかんとした態度に、トモダチは二の句が継げなくなった様子であった。


「重要なのはこれまでの事よりこれからの事、ってね」


 そんなトモダチに、少女はイタズラっぽく笑ってウインクを送る。


「そうだな……では、これからの事に関する話をしようか」


 声に僅かばかり笑いを混ぜながら、カミサマが指を鳴らした。


 大仰な音と共に、天井の一部が開く。

 その向こうから、幅数メートルはある巨大な階段が降りてきた。


「その階段は、外……つまり、お前の両親が目指した世界に繋がっている」


 階段はかなり長いらしく、下から見上げた限りでは延々階段が続いて見えるだけだ。


「……私も、外に出たら皆と同じ病気にかかっちゃうんじゃないの?」


 階段の先をしばらく見つめてから、少女がふと思いついた様子で尋ねた。


「お前が産まれた時から少しずつ外の空気を取り入れ、今はもうシェルター内も外の大気と変わらん。それに、お前にはわかる限りの予防接種も施してある」


「準備は万端ってわけだ」


 少女の口調は、感嘆とも揶揄とも取れるような調子である。


「無論、だからといって絶対安全とは到底言えんがな」


 カミサマが小さく首を横に振った。


「今現在、地上の生態系がどのように変わっているのか。シェルター内から観測出来るデータだけでは予測にも限界がある。未知のウイルス、危険な獣、毒素を放つ植物……可能性を挙げれば枚挙に暇がない」


 そこで言葉を止めたカミサマは、数秒に渡って少女を見つめる。


 見つめ返す少女が浮かべるのは恐怖も気負いもない、フラットな表情だ。


「そこまでしても、外の世界で得られるものがあるかはわからん。確かに、他のシェルターで生き延びていた者たちがいる可能性は低くないと言えるだろう。しかし、お前が正真正銘人類最後の一人である可能性もまた十分に有り得る」


「下手に冒険せず、ここに残るのも一つの手……ってわけね」


 少女は、カミサマの言葉に込められた意図を余すこと無く理解したようだ。


「……一つ、確認なんだけど」


 次いで、小さく手を上げる。


「カミサマが壊れるのは、もう確定なんだよね?」


「うむ。今はこのインタフェースにリソースを集中させているがゆえこのように話せてもいるが、それも遠くないうちに限界を迎えるだろう」


「直すことは出来ないの?」


「自己メンテナンス処理が、もうほとんど機能しておらんからな」


「例えば、私が直したりは?」


「お前は非常に優秀な生徒であった。そして、非常に優秀な技術者となった。だが、このシェルターはかつて世界の技術の粋を集めて作られたものだ。それを直すために必要なことを一人で学ぶには、人の寿命

はいかにも短い」


「……そっか」


 少女は、上げた手をそっと戻した。


「とはいえ先にも述べた通り、管理システムが機能しなくなったとしてもすぐさまシェルターの設備が停止するわけではない。お前が死ぬまでくらいは、どうにか保つだろう。ソレも、百年は保つよう丈夫に作ってある」


「おうよ」


 カミサマに指され、少女の肩の上からトモダチが飛び立った。


 カミサマの足元に降り立ち、胸を張って少女と正対する。


「行くも留まるも、お前次第だ」


 その言葉を最後に、カミサマから続く言葉はなくなった。


 カミサマからの話は終わりで、後の判断は任せるということだろう。


「そっかー」


 顎に指を当て、少女は考える仕草。


「じゃあ、どうしよっかなー」


 しかしその顔に浮かぶのは、夕飯のメニューでも決めているかのような気楽げな表情だった。


「ねぇ、カミサマはどうした方がいいと思う?」


 身体を傾け、上目遣いにカミサマを見上げる。


「それでも、お前の両親であれば外に行くことを選択しただろうな」


「んー、そうじゃなくってさー」


 不満気に、少女は眉根を寄せた。


「カミサマがどう思うのか、って聞いてるの」


 その言葉に対して、カミサマはフッと笑い声を漏らす。


「機械に意見を求めるとは、滑稽な」


「それでも」


 少女も笑った。


「それでも私は、カミサマの意見が聞きたいよ」


 そのふんわりとした微笑みには、最大限の親愛が込められているように見える。

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