第22話 少女とカミサマ④

「ん、あー……」


 カミサマが少女の両親について言及すると、少女の表情は微妙なものとなる。


「なるほど、両親ねー」


 そんな存在は今の今まで忘れてました、とでも言いたげな声色だった。


「まず前提として、このシェルターに避難した人類のことだがな」


 しかし、やはり少女の反応には触れず。


「ここに逃げられたのは、かつて『日本』と呼ばれていた国の民、そのごく一部だけだ」


 カミサマは、そんな風に語り始めた。


「とはいえ、当初はそれなりの人数が存在していた。このシェルターの中で死ぬ者もいれば、新たに産まれる者もいた。人々は、この環境でも生き続けた。生き続けられると、思っていた」


 カミサマの声には、相変わらず抑揚も感情も乗せられてはいない。


「異変が始まったのは、人々が避難してきてからおよそ百年が経過した頃だ」


 ただ、淡々と事実を述べる調子だ。


「わお、いきなり話が飛ぶね」


 一方の少女は感情豊かに、茶化すように笑う。


「どうにも人類は、この閉鎖された空間に適応出来るようには出来ていなかったらしい。ある時を堺に、みるみる人口は減っていった」


「意外と貧弱だね、人類。それとも、『日本』人? 当時の現代人?」


「そして、それは今からおよそ二十五年前のことだった」


「おっ、現在に近づいてきたね」


「その頃には、既にシェルター内に生き残る人類は数百人程度まで減っていたわけだが……」


「そろそろ私の両親も出てくるのかな?」


「いちいち……」


 と、そこでトモダチが大きく頭を仰け反らせた。


「茶々入れんなっ」


「あいた!」


 トモダチに頭を突かれ、少女が悲鳴を上げる。


 もっともすぐにケロッとした表情となった辺り、さほど痛みがあったわけでもなさそうだが。


「はいはい」


 ともあれ、少女はお口にチャックのジェスチャーと共に黙った。


「残った人類に、決定的な契機が訪れる」


 カミサマは、何事もなかったかのように語り続ける。


「管理システムの老朽化だ」


「……つまり、カミサマの?」


 チャックしたはずの口を再び開く少女。


 とはいえ、今回は茶々ではなく純粋な質問だ。

 ゆえに、今度はトモダチに突かれることもなかった。


「そうだ。そもそもの設計思想として、そこまでの長期間に渡ってシェルターに篭ることなど想定されていなかったからな。実際、計器が指し示す数値から判断するに、もうとっくに外界は人に害のないレベルまで浄化されていた」


「……それでも外の世界に出なかったのは、万が一を怖れたから?」


 一瞬考える仕草を取ってから、少女が再度問いかける。


「それもあるが、その頃にはもうシェルターの外を知る者などいなくなっていたからな。彼らにとっては、このセカイこそが世界だった」


「……私と、同じだね」


 小さく、少女が呟いた。


「しかし事そこに至り、彼らは決断に迫られたのだ」


 今度も少女の呟きに反応することなく、カミサマは話を止めない。


「管理システムが死んだとしてとも、すぐさまシェルターの設備が使えなくなるわけではない。とはいえ、それも次の百年がせいぜいだ」


「でも、百年使えれば十分じゃない?」


「事実、そう主張する者もいた」


 カミサマが、小さく頷いた。


「それに対して、それでは子孫に対して苦労を押し付けているだけだ……そう反対する者達もまた、いた」


 今度こそ余計なコメントを差し挟むつもりはないらしく、質問以外で少女は口を開かない。


「『日本』国内だけでも、ここ以外にいくつかシェルターは存在していた。世界に目を向ければもっとだ。そこに逃れた他の人類と合流し、再び地上に帰ろう……シェルター内に留まるべきだとする派閥に向けて、彼らはそう主張した」


 そこで一旦言葉を切って、カミサマのセンサーがじっと少女を見据えた。


「そして、その主張を推し進めた中心人物がお前の両親だ」


 その赤々とした光は、少女のあらゆる反応を見逃さんとしているように見える。


「ふーん?」


 もっとも、少女は他人事のように興味無さげな相槌を打つだけだったが。


「……最初、彼らは少数派だった」


 少女の態度をどう思ったのか、カミサマは少しだけ間を空けた後に話を再開させる。


「なにせ、事態は今すぐどうこうという話ではない。ここでの安定した生活を破壊する者として、迫害する動きもあった」


 少女は、黙って耳を傾けていた。


「だが、彼らの情熱が徐々に人々の心を魅了していったのだ」


 その表情には、何の感情も浮かんでいないように見える。


「そして同時に、彼と彼女はお互いに惹かれ合ってもいった」


「……ん?」


 しかしそこで、少女が小さく首を傾げた。


「実のところ、お前の両親も最初から好き合っていたわけではなくてな」


「んんっ……?」


 眉根を寄せ、大いに疑問の色を浮かべる。


「むしろ大筋の主張こそ同じ方向を向いていたものの、それ以外では事あるごとに対立していたと言える。いわゆる犬猿の仲というやつだ。そんな二人だが……」


「ちょ、ちょっと待って?」


 ついにはカミサマに手の平を向け、話を遮った。


「えっ……今、何の話してる?」


 眉根を寄せたまま、こめかみに指を当てて問いかける。


「お前の両親の馴れ初めについてだが」


 何の疑問を挟む余地もない、とばかりにカミサマは即答した。


「あー……その話、長くなる?」


 問いを重ねる少女の口元は、半笑いを形作っている。


「これからおよそ二時間に渡って、お前の両親の活躍とラブロマンスについて語る予定だ」


 カミサマの回答に、少女の口元は苦笑気味に変化した。


「や、そういうのはいいから。結論だけ話してくれる?」


 その口調は、冷ややかなものである。


「なんと。かの、ニシローランドゴリラ・ゴリラゴリラゴリラ事件も省略せよと言うのか」


 一方のカミサマの声は、相変わらず抑揚がないものであったが。


「お前の両親の仲が急激に深まっていくきっかけとなった、重要な事件なのだが……」


 どこか寂しげというか、残念そうに聞こえた。


「ちょっと気にはなるけど、省略」


 少女は、苦笑のまま溜め息一つ。


「だってさ」


 一転して真面目な表情となったその目が、カミサマを射抜いた。


「カミサマ、時間がないんでしょ?」


 確信を伴った口調で、問いかける。

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