第13話 少女とヤマイ④
タイムが受け付けられてから、およそ三時間後。
朝ご飯をたっぷり食べた後に宿題――世界四大文明についての簡易記述問題プリントと、人工知能の推論処理に関する論文を読んでのレポートであった――も終えた少女が、再びテンシの前へと戻った。
テンシは三時間前と寸分違わない格好で、未だ沈黙と共に地面に刺さったままだ。
「いっそ、この状態で倒しちまうってのはどうだ?」
「愚かな……そのような勝利に、何の意味がある」
トモダチの提案に、少女は冷笑と共に首を横に振る。
「まぁそうだけどさ」
トモダチも本気で言ったわけではなかったらしく、軽く肩をすくめただけだ。
それから、ふと表情に疑問の色を浮かべる。
「……つーか、さっきから闇だの何だのと言ってる割に悪っぽいことは言わないよな」
「笑止」
少女が、嫣然と微笑んだ……つもりかもしれないが、実際には年相応の少しイタズラっぽい笑みにしかなかっていない。
「闇が悪なのではない。闇に悪を見る人の心こそが悪なのだ」
「む……」
少女の言葉に対して、一理あるかもしれんとばかりにトモダチが唸る。
「と、聖典に書かれていた」
「漫画の受け売りかよ」
などと言っている間に、ちょうど三時間が経過したらしい。
「タイム、シュウリョウ」
背に紙のツバサを広げ、テンシが宙へと飛び立った。
「コウゲキ、カイシ」
そして、再び光線を少女に向けて放つ。
大きく横っ飛びで避けた少女は、同時に二本のスローイングナイフで反撃。
しかしやはり、どうにも狙いが定まっていない。
片方は外れ、辛うじてテンシに向かった一本もあっさりと回避された。
「どうする? このままじゃ、さっきのリプレイだぜ?」
少女の頭の上で、トモダチが首を傾ける。
「なんにせよ、相手が飛んでるってのが厄介だ。こっちの攻撃は届き辛ぇが、向こうの攻撃は自由自在ってな」
トモダチの言葉に対して、少女はフフンと鼻を鳴らした。
「案ずるな……我にも翼がある。そう、漆黒の世界へと至るための翼がな」
喋りながらも、光線を避ける、ナイフを投げる、避けられる。
「いや、そういう心の翼的なものじゃこの問題は解決しないからな?」
光線を避ける、ナイフを投げる、避けられる。
「とりあえず、ロープ的なもので引きずり下ろすっていうのはどうだ?」
「漆黒の?」
「普通の!」
避ける、投げる、避けられる。
「一旦オレが囮になろうか?」
「フッ、ついに犠牲になる覚悟が出来たか」
「聞いてたか? 囮っつってんだよ、当たる気はねぇよ」
「手元が狂って、自ら大切なモノにトドメを刺してしまう……それもまた、ドラマティック」
「うん、やっぱやめとくわ。事故に見せかけて消されそうだから」
避ける、投げる、避けられる。
同じ光景の繰り返し。
力関係の拮抗は、いつしか少女の動きを単調化させていた。
それは端的に言って油断であり、隙である。
「むっ……」
光線を避けた先で、少女が足を滑らせた。
サバクの砂は粒が細かく、穴が空いてもすぐに塞がる。
しかしたった今少女が踏み込んだ場所には、先程の光線によって空いた小さな窪みがまだ残ったままだったのだ。
そこに足を取られた形である。
「おらよっ!」
「あいたっ!?」
少女の頭を掴んで、トモダチが大きく横方向に身体を傾けながら羽ばたいた。
引っ張られ、少女の頭部がグルンと横に回る。
それを追いかける形で、自然と身体も回転した。
ジュンッ。
少女の膝に掠っただけで、光線は今回もまた地面に吸い込まれていった。
「くっ……!」
回転した勢いに任せて、少女はサバクの上を転がる。
膝から垂れた血が、サバクの所々に赤い斑点を作った。
「大丈夫か?」
「クク、問題ない……どちらかというと、頭の方が痛い」
「それはスマンかった」
若干涙目となって頭をさする少女に、トモダチが頭を下げる。
少女の頭の上でのことなので、少女からはその姿が見えていないが。
「で、どうするよ? いい加減ジリ貧だぜ?」
「フッ……やむを得まい」
余裕のある笑みを顔に貼り付け、少女は右目の眼帯に手を掛けた。
「《鍵》よ……!」
引きちぎらんばかりの勢いで、力強く眼帯を外す。
その下から、現れたのは……。
「我が《力》の封印を解くがよい!」
現れたのは、普通に何の変哲もない少女の目であった。
瞳の色が変わっているだとか妙な模様が浮かんでいるだとか、そういったこともない。
「……で?」
少女の頭の上では、トモダチが半目になっている。
「次、来るぜ?」
呆れ混じりの警告。
直後、光線が放たれた。
ジュン。
少女の前髪が焦げる。
しかしそれは、先程までのような避け損ないではなかった。
少女が回避のために行った行動は、僅かに身体をずらしたのみ。
それだけで、ギリギリ掠る程度のところで回避してみせたのだ。
完全に光線の軌道を見切っていなければ不可能な芸当である。
それを特段誇るでもなく、少女は即座に次の行動に移った。
「くらうがいい、我が秘奥」
両手で大きくスカートをまくり上げる。
腿のナイフホルダーと、その上のクマさん柄パンツまでが顕となった。
全ての指に挟み込む形で、左右で四本ずつ。
合計八本を、抜くと同時に投げる。
「クリムゾン・インフェルノ!」
大仰に叫ぶ少女だが、その実態は普通のナイフ投擲だった。
ナイフは紅くもなければ、もちろん燃え盛ってなどいるはずもない。
しかしながら、それが凡庸なものであったかといえば否である。
ワンアクションで投擲されたにも関わらず、八本のナイフはそれぞれが意思を持っているかのように別々の軌跡を描いていた。
どれかを避けようとすれば、他のどれかに当たるよう計算されている。
実際、回避行動を取ったテンシは投げられたナイフのうち三本しか避けることが出来なかった。
残る三本のナイフによって右のツバサを、二本のナイフで左のツバサを、それぞれ切り裂かれる。
特に右のツバサは、ほとんど根本から千切れた。
見た目に違わぬ紙耐久だったらしい。
「ソンショウ、ジンダイ。セントウ、ゾッコウ、フノウ」
左右のバランスが崩れたらしいテンシは、クルクルと回転しながら落下した。
最終的に、再びズボッとサバクに突き刺さって沈黙する。
今度は、飛び上がる気配もない。
「フッ……これが、闇の力よ」
得意げに、少女は少し焦げた前髪を掻き上げた。
髪に巻き込まれかけたトモダチが、バサッと飛び立つ。
「……つーか、さっきまでの状態が片目で距離感掴めてなかっただけだろ」
横合いから少女に向けられるトモダチの目は、胡乱げなものだった。
人間の目は、両目でもって初めて距離感を認識する。
慣れない片目では、正確な着弾点が読めないため必要以上に大きく避けざるをえないし、当然投擲の精度は著しく低下する。
つまりは、今の動きこそが本来少女が持っているパフォーマンスなのだ。
「フッ……漆黒の瞳の力だ」
人差し指と中指の間で開いた手を右目の前にやって、少女は己の瞳を強調する。
「ただの黒目じゃねぇか」
「さて」
トモダチのツッコミをサクッと無視し、再び曇天の雲を見上げた。
「邪悪なるカミよ!」
そこにいることを確信しているかのように、分厚いクモに向けて叫ぶ。
「貴様の僕は倒した! 次は貴様の番だ!」
果たして、少女の声に応えて再びクモが切り裂かれた。
「はーはっはっはっ!」
その向こうから、ビカビカと光るカミサマが現れる。
「残念ながら、それは出来ぬ相談だ!」
そして、少女に向けてそんな言葉を投げ落とした。
「なに!? 約束が違うであろう!」
少女が表情を険しくする。
「はーはっはっはっ! まだ気付いておらぬとは、哀れを通り越して滑稽ですらあるな!」
「どういうことだ……!?」
「はーはっはっはっ!」
ギリリと歯を噛み締める少女を見下ろし、高笑いを降らせるカミサマ。
「なぜならば!」
ひとしきり笑った後に、少女を勢い良く指差す。
「もうすぐ、お昼ごはんの時間なのだからな!」
くぅ、と朝よりは控えめに少女のお腹が鳴った。
「クク……なるほど、確かにそうだ」
「うむ!」
スタンと降り立ったカミサマと連れ立ち、少女は家の中へと戻っていく。
「今日の昼ご飯は?」
「チャーハンだ!」
「フッ……努々、毒を盛ろうなどとは考えぬことだな。特に、ピーマンなどという名の猛毒を持つ果実はな……」
「無論、ピーマン大盛りだ!」
「クッ……やはり邪悪なるカミ、早々に打ち滅ぼす必要があるようだな……!」
仲良く遠ざかっていく二者の背中を、しばらく見送った後。
「何だこの……」
「何なんですかね、この茶番は」
「………………」
まとめのセリフもカッパに被せられ、トモダチは口を噤んだ。
◆ ◆ ◆
なお、余談ではあるが。
この日からおよそ一年後、少女は突如眼帯や変わった口調を用いるのをやめ。
その後トモダチやカッパがこの頃の事を口に出そうものなら、尽くクリムゾン・インフェルノをお見舞いされる羽目になるのであった。
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