第12話 少女とヤマイ③
視線を落とすと、足元の砂が深く抉られている。
「センメツリツ、〇.二パーセント……」
見上げれば空中のテンシ、その足の先端部分から煙が上がっていた。
そこから先程の光が発せられたのであろうことは、容易に想像出来る。
「ショージュン、シュウセイ」
足の先端が、少女の方へと向き直った。
「相棒!」
鋭い声でトモダチが叫ぶ。
「だから、言われれるまでもない!」
再び、そして先程以上の踏み込みで、少女は後方へと跳んだ。
テンシの足が輝きを帯び、光線が放たれる。
ジュン!
サバクに穴が開いた。
しかし今度は、少女には掠りもしていない。
「センメツリツ、〇パーセント……ショージュン、オオハバシュウセイ」
告げる声は相変わらず無機質ながらも、狙いを定め直すテンシの動きには今度こそは逃さぬという意思が見て取れるようだった。
「走れ、相棒!」
「しつこい、言われるまでもないと言っておろう!」
ジュン! ジュン! ジュン!
次々放たれる光線をくぐり抜けながら、少女がトップスピードで駆け抜ける。
その速度は、安定性に欠ける砂の上を走っているとは思えないものだ。
しかし光線を避けるために最低でも体一つ分は移動する必要が生じる少女に対して、テンシの動きはわずかに角度を変えるだけで完了するのだ。
変則的な動きで翻弄するも、少女のセーラー服には次々焦げ跡が出来ていた。
「こ、のっ!」
方向転換と同時、少女はスカートを捲り上げる。
顕になった太ももに巻かれているのは、ナイフホルダー。
右手でスローイングナイフを三本抜き取り、同時に投げる。
しかし、そのうち二本は明後日の方向へと飛んでいった。
残る一本も、テンシが旋回したことであっけなく空を切る。
それでもその回避行動ゆえ、テンシの攻撃が一時的に途切れた。
「……ふぅ」
一息ついたのは、少女の頭の上に載るトモダチだ。
「ありゃ、思ったよかガチだぜ。見た目はアレだけどな」
言葉は冗談めかしたものだが、その顔には緊張感がありありと浮かんでいた。
「相棒、どう攻略する?」
「……クク。我に秘策あり」
少女が、唇の端を上げる。
「我が共犯者よ」
「……あん? オレのことか?」
トモダチが小さく首を傾げた。
「他に誰がいる」
「まぁ、そりゃそうだけどよ……」
一応は肯定しながらも、納得しかねている声色である。
「で、秘策ってのはなんだ? オレが何かすればいいのか?」
しかし、すぐに表情を改めて問い直した。
「あぁ」
少女が鷹揚に頷く。
そして、上空を指差した。
「ちょっと、アレに当たってきて?」
そこだけ可愛くウインクすると共に、少女が指す先に存在するのは無論テンシの足である。
「いきなりの死刑宣告かよ!」
驚愕の声を上げるトモダチを頭の上に載せたまま、再び少女がゆっくりと頷いた。
「近しい者の死……それすなわち、お手軽にして効果的なパワーアップの手段。物語における常套よ」
「とりあえず、作家の皆様方とオレに謝ろうか」
トモダチがコツンと少女の頭を突付く。
「作家の皆さん、ごめんなさい」
少女が素直に頭を下げた。
ジュン!
ほぼ同時にテンシの攻撃が再開されたため、以下は攻撃を避けながらのやり取りである。
「オレへの言葉は?」
「尊い犠牲に感謝する」
「既に犠牲決定な感じにするのやめてもらえる……?」
「安心するがいい、一割方冗談だ」
「ほとんど本気じゃねぇか」
「では、作戦を確認する。まず、我が共犯者が死ぬ。そして我が覚醒する」
「まずオレ死ぬことに同意してないからね? つーか、世の中そう思い通りには進まないからね? これで相棒が覚醒しなかったら、オレただの無駄死にだからね?」
「それはそれで、セカイの無情さを表現出来るので良し」
「何一つとして良くねーよ……」
「いや……」
うんざりとした声を上げるトモダチに対して、口を開きかけたところで。
「むっ!?」
少女が、何かに気付いたかのように大きく目を見開いた。
「なんだ、突破口でも見つけたか?」
「そうではない……」
ふるふると首を横に振り、少女はテンシをキッと睨みつける。
「カオのナいテンシよ!」
そして、両手をTの字にクロスさせて見せた。
「タイムだ!」
テンシに向けて、大きく叫ぶ。
「いや相棒、流石にそんなのが通るわけ……」
呆れ混じりにツッコミを入れようとするトモダチの眼前で、ツバサを折り畳んだテンシが地面へと降り立った。
というか、足から地面に突き刺さった。
「タイム、ウケツケ」
やはり無機質な声で、そう告げる。
「通るんかい」
トモダチのツッコミ先が、あっさりと受け付けたテンシへと移った。
「サイカイジカンノ、シテイヲ」
サバクにズボッと足を埋めたその姿は、どう見てもカカシそのものである。
「三時間後で」
「ウケツケ。コレヨリ、キュウシモードニ、イコウ」
三本指を立てた少女に答えたっきり、テンシは何も言わなくなった。
「……まぁ受け付けられたのはいいとして、だ」
しばらく微妙な表情でテンシを見つめていたトモダチが、少女の方へと向き直る。
「タイムなんてかけてどうすんだ? 作戦会議でもするつもりか?」
「愚かな……斯様な、瑣末なことではない」
嘲笑を浮かべる少女の声をかき消すように。
グ~ギュルギュルグルグル!
獣の咆哮のような、腹の音が鳴った。
「まだ、朝ごはんを食べていないことに気付いたのだ」
何の疑問も抱いていない様子で、少女は家に戻っていく。
「クク……それに、遊ぶのは宿題が終わってからと決まっている」
そう言って、喉を鳴らしながら。
「……根は、素直なままなんだな」
少女の頭の上にて、トモダチが何とも言えない調子で呟いた。
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