第11話 少女とヤマイ②
「おはようございます、お嬢さん。今日も気持ちの良い天気ですね」
縁側からに庭に降り立った少女に、池からチャプンと顔を出したカッパが声をかけた。
出現当初こそ自分はウミ住まいのウミガッパであると主張していたカッパだったが、セカイがサバクに戻ってからは普通に淡水で過ごしている。
「クク……深き水底からの使者よ。闇の眷属たる我に光の素晴らしさを説くとは、滑稽よ」
「いや、ここ水底全然深くないですから。むしろ常に半身浴状態でカッパ涙目ですから」
居住空間への不満を述べた後、カッパが首を傾ける。
「それで、闇の……え、なんですって?」
「フッ……この光の強さ、我でなければとうに消滅していよう。我として、闇の力に目覚めていなければ危うかったかもしれぬな……」
少女が忌々しげにタイヨウを見上げた。
その目の下には、薄く隈が出来ている。
恐らく、寝不足の目にタイヨウが眩しいのだろう。
「いえ、お嬢さんが十二年間浴びてきた光ですけどね? というか、だから何を……」
「てい」
「あいだ!?」
言葉の途中で飛んできたトモダチに皿を突かれ、カッパが涙目となって叫んだ。
「アンタ何回言ったらわかるんです!? 皿はカッパのデリケートゾーンなんですよ!?」
皿を撫でながら、目の前でホバリングするトモダチ相手にがなりたてる。
「とりあえず相棒の事は放っとけ、ってよ。厨二病、と言うそうだ」
「そしてガン無視!」
抗議内容と全く関係ないトモダチの言葉に、カッパは頭を抱えて大きく身体を仰け反らせた。
「って、厨二病?」
しかしふと表情を改め、手の上に降りてきたトモダチと目を合わせる。
「病気なんですか? だったら早く治療しないと」
「いや、そういうんじゃないんだと。なんでも人間が成長する上で必要なことだそうで、放っておくのが一番の治療法とか。下手にどうにかしようとすると、後々重症に繋がるらしい」
そう言いながらも、トモダチの口調はやや懐疑的なものであった。
「へぇ、人間とは妙な生き物ですね」
「同感だ」
カッパとトモダチが頷き合ったのと、ほぼ同時。
「はーはっはっはっ!」
セカイに声が降り注いだ。
ソラは、いつの間にか曇天に変わっている。
先程まで眩い光を届かせていたタイヨウは、今や灰色のクモの向こうへと完全に隠れていた。
そんな、分厚いクモを切り裂いて。
上空から、タイヨウのものとは明らかに異なる光が差し込んだ。
「はーはっはっはっ!」
現れたのはもちろん、ピカピカと光を発するカミサマである。
「……来たな」
高笑いと共に空中に留まる存在を、サバクの上から少女が睨め付けた。
「邪悪なるカミよ! 闇の使者たる我が、今日こそ打ち滅してくれる!」
天高くへと向けて、ビシッと指を差す。
「普通、闇の使者って邪悪サイドに属するもんなんじゃないのか?」
「そんなこと僕に言われても知りませんよ」
少し離れた場所で、トモダチとカッパが冷めた声でそんな会話を交わしていた。
「はーはっはっはっ! 矮小なる人の身で何が出来るというと言うか! 我が光の前にひれ伏すが良い!」
高笑いを上げながら、カミサマは下品なほどに全身をビカビカと光らせる。
眩しさに目を細めつつも、少女も目を逸らしはしない。
「そんで、なんでカミサマもノリノリなんだよ」
「いや、カミサマは前から割とあんなもんじゃないですか?」
「それは確かにそうかもな」
少し離れた場所で、トモダチとカッパが冷めた声でそんな会話を交わしていた。
「降りて来るがよい、邪悪なるカミよ! この我が直々に引導を渡してやろう!」
「笑止! 地を這う身で何を粋がるか!」
トモダチ・カッパ組と少女・カミサマ組の温度差は相当なものであると言えよう。
「まずは我がシモベを倒し、その力を示して見せるが良い!」
カミサマが、大きく右手を振るう。
「出でよ、カオのナいテンシ!」
その手が切り裂いたかのように、クモにもう一筋亀裂が走った。
そして、そこから一つの影が現れる。
その姿は、まるで磔にされた聖者のようだ。
ピンと真っ直ぐに伸ばされた両手に、足は一つだけ。
どちらも、棒きれのように細い。
身に纏うはボロボロの布で、背中には元は純白だったのだろう薄汚れたツバサが生えていた。
顔は、驚くほどに白い。
その白いキャンパスに、美しい顔が描かれていた。
とても綺麗な、『へのへのもへじ』の文字だった。
「……カカシじゃねぇか」
外野から、トモダチがその存在を端的に表す単語を口にした。
手足は棒きれのように細いというか、棒きれそのものである。
どこから調達したのか、ボロボロに擦り切れた男物の服を着せられていた。
一般的なカカシと唯一イメージが異なるといえばツバサの有無だが、それも紙で作られたような貧相なものだ。
というか、恐らくは本当に紙製だった。
しかも再生紙だ。
「カカシではない、カオのナいテンシだ!」
しかし、カミサマは先の主張を曲げない様子。
「いや、まずその名称がおかしいから。顔、あるから」
トモダチが羽で、『へのへのもへじ』を指した。
「愚か者め! これは顔ではない、ラクガキだ!」
「だから何だって言うんだ……」
トモダチは呆れ声である。
もっともこれは今回に限ったことではなく、トモダチがカミサマと接する時は大抵この声色だが。
「くっ……」
そんなやり取りを尻目に、少女は額を拭うような仕草を取った。
「凄いプレッシャーだ……」
その表情は苦々しげなものだが、別段汗などはどこにも流れていない。
「あれのどこにプレッシャーを感じるんだ、相棒よ……」
パタパタと少女の方へと飛んで行くトモダチ、その声に含まれる呆れの色が更に濃くなった。
「右目の『へ』のあたりが特に……」
「そんな具体的な場所にプレッシャー感じんのかよ」
「あの『止め』は、我では書くことが出来ない……悪魔的美しさだ……」
「しかも字の問題かよ。つーか、悪魔的美しさの『へ』って何だよ」
などと言っている間に、トモダチが少女の元まで到着する。
定位置である、少女の頭の上へと着地。
「ま、プレッシャー云々はともかく」
その表情が引き締められた。
「奴が、『やる』ことは間違いなさそうだな」
少女の頭の上から、カカシ……もとい、テンシを見つめる。
「モクヒョウ、セッテイ……センメツ、カイシ」
それを合図にしたかのように、テンシから無機質な声が発せられた。
「来るぜ、相棒!」
「言われるまでもない」
トモダチが叫ぶと同時、少女が大きく後方に跳ぶ。
「全てはアカシックレコードに刻まれた未ら……」
そんなことを言いながら、少女が余裕の笑みを浮かべた直後だった。
ジュン!
少女の目の前を光が通過した。
「い……」
恐る恐る少女が目線を上げた先では、空中に揺らいでいた前髪が焦げている。
避けるのが一瞬遅ければ、全身が黒焦げになっていたことであろう。
「……おぅふ」
思わず出たと思しき、少女の声であった。
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