第10話 少女とヤマイ①

 今日も、砂だらけのセカイにタイヨウが昇る。


「おぅ相棒、朝だぞ」


「うー……」


 トモダチに頭を突かれ、少女は唸りながらゆっくりと目を開けた。


「ねむい……」


 気だるげに身を起こす少女の頭の上に、トモダチがパサリと飛び乗る。


「また夜更かししてたのか?」


 そう問うトモダチの声には、やや呆れの色が混じっていた。


「んー……」


 唸りなのか返事なのか、曖昧な響きが少女の口から漏れ出る。


「遅くまで、何してたんだ?」


「どくしょー……」


 律儀に答える少女だが、完全に呂律が回っていなかった。


「知識を得るのも結構だが、人間ってやつは身体が資本だぜ? ほどほどにな?」


 窘めるように、トモダチがコツンと軽く少女の頭を嘴で突く。


「んー……」


 変わらずの呻き返事と共に、少女はようやく布団から抜け出した。


 布団の隣、畳の上に綺麗に畳まれた着替えがあるのはいつも通り。

 それを確認することもなく、少女はモソモソと寝間着を脱ぎ始める。


 上着をスポンと脱いだ拍子に、トモダチが頭から転がり落ちた。

 その上に、脱ぎ捨てた寝間着が被さる。


「んー……?」


 未だ半分閉じたままの目で、少女は手に取った着替えを広げて眺めた。


「なんか、いつもと違う……?」


 白を基調としたその服は、特に首周りの形状が特徴的だ。

 紺色のラインが一本入った襟が、背中の方まで四角く伸びている。


「セーラー服、っていうらしいぜ」


 寝間着の下から這い出しながら、トモダチ。


「相棒も今日で十二歳だっつーんで、新しい服だそうだ。『日本』じゃ、中学生になるからだと」


「ふーん……」


 興味がないのか未だ寝ぼけているだけなのか、少女の返事は気のないものだった。

 若干危なげな手付きで、上衣に袖を通していく。


 紺色のスカートを履いてホックを止めたところで、未だ畳の上に残っているものがあることに気付き首をかしげた。


「なにこれ……?」


 三角形の布を摘む。


「スカーフっつって首に巻くんだよ。貸してみな」


「ん……」


 少女が離した布を空中で受け止め、トモダチはそれを少女の襟の下に通した。

 見事なホバリングで少女の胸の辺りに留まり、嘴で器用にスカーフを結ぶ。


 ここに、セーラー服少女が完成した。


「……ん?」


 そこで、ようやく少女の目に理性の火が灯る。


 それと同時に、トモダチの首を引っ掴んだ。


「ちょっと待って、今なんて言った?」


「ぐぇ」


 首を九〇度ほど捻られて、トモダチの口から押しつぶされたような声が出る。


「今って、いつのことだよ……スカーフのくだりか?」


「今日で十二歳、か……」


 問いかけるトモダチに答えず、それどころか既に少女は視線を明後日の方向へと外していた。


「聞き返しといて無視かい」


「クク……」


 トモダチの抗議も聞こえぬ様子で、少女は喉を鳴らす。

 それはいつもの少女らしからぬ、低い響きを伴っていた。


「十二年か……実に長かったと言える……」


「おい……?」


 唐突に口調の変わった少女に、トモダチが訝しげな目を向ける。


「ようやく、我の力が目覚める時が来たというわけだ」


「おい」


「クク……そうなれば、このセカイもすぐに終わりを迎えよう」


「おい」


「我の伝説が、今ここから……」


「おいってば!」


「あいた!?」


 トモダチに側頭部を突かれ、少女が甲高い声を上げた。


「何をわけのわからないことを言ってるんだ?」


「ク、クク……わけのわからない事ではない……」


 しかし、すぐに低い声で呻くような喋り方に戻る。


 もっとも、その目は割と涙目気味だったが。


「選ばれし者、この世に導かれし時より四三八三の夜に魅入られし後、秘められし力に目覚める……聖典に書かれた、約束されし未来の一つだ」


 どこか自慢げに、少女が滔々と語る。


「られし事多いな……ってか、聖典ってあれか?」


 トモダチの目が、少女がチラリと動かした視線の先を追った。

 そこには、本棚から出しっぱなしとなっている本がいくつか積まれている。


 天辺にある本の表紙には、怪しげに微笑む女性のイラストが暗めの色調で描かれていた。


「『日本』の……漫画、って言ったか?」


 頭の中から引っ張り出すように言ってから、トモダチが首をかしげる。


「しかしありゃ、創作だろ?」


「フッ、愚かな……」


 少女は薄く微笑んだ。


「斯様に表面上でしか物事を読み取れぬ者に、我の力を推し量ることは出来まい」


 そう言いながら、今度は机の上へと目を向ける。


「これは……なるほど」


 そこには、黒い眼帯が置かれていた。前夜までは確かに存在しなかったものだ。

 夜中にこっそりと置かれたということだろう。


 このセカイに、そのようなことが出来る存在は――あるいは、やろうとする存在は――一つだけである。


「カミからの供物か」


 この日が少女の誕生日であることを鑑みると、それがカミサマからの誕生日プレゼントである可能性が濃厚であった。


「奴も、我の《力》に感づいていたというわけだ」


 躊躇いなく眼帯を手に取り、少女は己の右目に装着する。


「ん……? なんだ、怪我でもしたのか……?」


 少女の行動に、トモダチはやや心配そうな様子だ。


「そうではない……これは、我の《力》を封印する《鍵》……」


 恍惚とした表情で、少女は右目の眼帯を撫でる。


「おい、マジでどうしたんだ相棒よ……」


 トモダチの声に、いよいよ心配の色が増してきた。


「クク……残念ながら、我は貴様が知る《相棒》ではない……」


「……どういうことだ?」


 動揺するトモダチに、少女は笑みを深める。


「我が名は、深淵なる闇。カミをコロすモノ」


 言いながら、クワッと左目を見開いた。


「覚えておくがいい」


「お、おぅ」


 リアクションに困って呻いたトモダチを置いて、少女が自分の部屋を出る。


「ん……カミサマか」


 追いかけて飛び立とうとしたトモダチの動きが、そんな呟きと共にピタリと止まった。


「おぅ、なんか相棒の様子が……あ?」


 その表情が、疑問に染まる。


「なんだそれ、大丈夫なのか? ……あぁ……はぁ……うん……? なんかよくわからんが、放っとけばいいんだな? ……わかったよ」


 どこか釈然としない様子で、溜め息一つ。


「なんだかなぁ……」


 今度こそトモダチは羽ばたき、少女を追いかけた。

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