第9話 少女とウミ⑤
「はっはっはっ! 安心するが良い!」
尻子玉を持ったまま、再びカミサマがカッパの尻の穴に手を突っ込んだ。
「おふっ!?」
途端、目に生気を取り戻したカッパがビクリと身体を震わせる。
カミサマがカッパの尻から手を抜く。
今度は、その手には何も持っていなかった。
「ちょっ……いきなり何をなさるのですか!」
立ち上がったカッパがカミサマに食って掛かる。
気持ち内股気味だった。
「では人の子よ、レクチャー編はここまでだ! あとは実践編で腕を磨くが良い!」
しかしカミサマは少女を見下ろしたままで、カッパに対しては取り合う気配もない。
「はーい!」
鷹揚に腕を組むカミサマに向けて、少女は元気よく手を上げた。
「ちょっと聞いて……って」
ガン無視されたカッパは、引き続き抗議しようとしていた言葉を止めた。
「実践編って……」
恐る恐るカッパが視線を下に向ける。
満面の笑みを浮かべる少女と目が合った。
手をワキワキさせている。
「い、いやだぁぁぁぁぁ! ……ギャ!?」
振り向き様に駆け出そうとするカッパに対して、少女が素早くその足に組み付いた。
そのまま、カッパをあっさりと引き倒す。
少女のタックル技術は見事なものであったと言えるが、それでも普通であればこの体格差を覆すのは難しい。
カッパのその筋肉が飾りというのが、嘘偽り無い事実であったということだろう。
「えへへ」
「あわわ……」
無邪気な笑顔に対して、カッパは恐怖に顔を歪める。
「えいっ!」
「あふん!?」
ズボッ、少女がカッパの尻に手を突っ込んだ。
「えーと……狙うは、入り口からにじゅっせんち」
難しい顔となって、カミサマの教えを復唱しながら尻の中をまさぐる。
そのまま数秒。
「あった!」
そんな声と共に、再び少女が笑顔を咲かせた。
スポン、と手を引き抜く少女。
そこには、しっかりと尻子玉が握られている。
同時に、カッパが動かなくなった。
ズボッ、少女がカッパの尻に尻子玉を突っ込む。
「おふっ!?」
カッパが復活した。
「おもしろーい!」
何がツボだったのか、少女は楽しげにキャッキャと笑う。
「ちょ、ちょっと待……あふん!?」
這いずって逃げようとするカッパだが、あえなく少女に尻子玉を抜かれて失敗に終わった。
ズボッ、スポン、ズボッ、スポン、ズボッ、スポン、ズボッ、スポン、ズボッ。
「おふっ!? あふん!? おふっ!? あふん!? おふっ!? あふん!? おふっ!? あふん!? おふっ!?」
少女がカッパの尻に手を突っ込む度に、カッパの奇妙な叫び声が辺りに響く。
「ふぅ……」
やがて満足したのか、何度目かに尻子玉を突っ込んだところで少女は手を止めた。
「あ、あ……」
その傍らで、カッパはビクンビクンと身体を痙攣させている。
「子供ゆえの残虐性!」
かと思えば、そんなことを叫びながらガバッと跳ね起きた。
「人の嫌がることをやっちゃいけません!」
そして勢い良く少女を怒鳴りつける。
それに対して、少女はじっとカッパを見上げた。
先程まで感情を豊かに表していたのが嘘だったかのような無表情だ。
「うっ……」
カッパが、気圧されたように半歩下がった。
「はい、ごめんなさい」
それとほぼ同時に、少女が頭を下げる。腰ごと、九〇度曲げた深い礼だ。
「カッパさんの嫌なことをしてしまって、ごめんなさいでした」
「あ、いや……」
いつまで経っても顔を上げようとしない少女に、カッパがワタワタと手を振った。
「わかればいいんですよ、うん。ほら、顔を上げてください?」
「はい、ありがとう」
顔を上げた少女がカッパを見上げる。
その目には、本物の後悔が見て取れた。
「次から気をつけてくれれば良いのです」
嘴に笑みを形作り、カッパが少女の頭を撫でる。
「ただ、ついでに言わせていただくと……仮に相手が喜んでいたとしても、女の子が他人様の尻の穴に手を突っ込むような真似をするのもいただけませんよ?」
指を立てながら、そんな言葉を付け加えた。
「自分のお尻の穴ならいいの?」
無垢な目でカッパを見上げ、少女が首を傾ける。
「え、いや、それは勿論……いや」
一瞬たじろいた後、カッパは腕を組んで考える仕草。
「大人になってからなら……」
「変なこと教えんな!」
「がふっ!?」
トモダチの体当りを鳩尾に食らい、カッパがよろめいた。
「あはは!」
少女に笑顔に戻る。
「……くぁ」
かと思えば、口を大きく開けてあくびした。
「はっはっはっ! お眠の時間か、人の子よ!」
「ん……」
コクンと、少女が小さく頷く。
半ば以上船を漕いでいるようなもので、そのまま眠りに入りそうな勢いだ。
「おぅ相棒、寝る前に風呂入れよ? 塩水でベトベトだろ?」
「ん……」
トモダチを頭に載せて、再び少女が頷く。
「ほれほれ、まだ寝んなー」
カクンと落ちる度にトモダチに突つかれながら。
「んー……」
少女は、フラフラと頼りない足取りで家の中へと戻っていった。
◆ ◆ ◆
程なくして、セカイはユウグレに包まれる。
「お嬢さんは眠ったようですね」
「あぁ」
このセカイは、少女のためだけに存在する。
だから、少女が眠ればセカイはユウグレを経てヨルに移るのだった。
いつの間にやら、ウミを形成していた水は全て引いている。
セカイは、再び見渡す限りのサバクとなった。
「お風呂には入られたので?」
カミサマに問いかけるカッパの口調は、淡々として抑揚がない。
カッパのくせにやけに変化していた表情も、今はピクリとも動かなくなっていた。
「どうにかシャワーだけは浴びた」
こちらも先程までと異なる抑揚のない声で、カミサマはここにいない少女の様子を告げる。
「カミサマ」
カッパが、目だけをカミサマの方に向けた。
「わざわざこのようにセカイを改変せずとも、鍛えるだけならばもっと効率の良い方法があるのでは?」
口調は、疑問の体である。
「というかそもそも、彼女に真意を伏せたままこのようなセカイを構成していることが酷く非効率であると判断します」
しかし、その目には何の感情も宿ってはいなかった。
「貴方は、このセカイで彼女をどうしたいのですか?」
一方のカミサマは、カッパの方に目を向けもしない。
「君が知らないということは、君が知らなくていいということだよ」
事務的な口調で、そう返す。
「左様ですか」
それっきり、カッパは何も言わなくなった。
カミサマも何も言わない。
タイヨウが沈んでいく。
そして、セカイには今日もヨルが訪れた。
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