第6話 少女とウミ②

「わぁ~!?」


 軒先から外を見た瞬間飛び込んできた青に、少女は驚きと歓喜が混ざった声を上げた。


 見渡す限りサバクだったはずのセカイ。

 そこは、今や見渡す限りのウミとなっていた。


 家の周辺だけが、ポツンと浮かぶ孤島のようにウミからせり出している。


「これはまた、随分とド派手に改変したもんだな」


「はっはっはっ、カミサマだからな!」


 呆れ調子のトモダチに、カミサマが笑い声を返す。


「わぁ~!」


 そんなニ者のやり取りを気にする余裕もない様子で、少女は裸足で砂浜に降り立ち駆け出した。

 全速力で駆け抜け、波打ち際で急ブレーキ。


 恐る恐る水際に足を伸ばしたところに、少し高めの波が訪れてパチャリと少女の足を濡らした。


「ひゃっ!?」


 慌てて少女は足を引っ込める。

 しかしすぐに再び、今度は先程より少し大胆に、足を差し出した。


 パチャン。


 少女の足が、ウミの中へと浸かる。

 ザザンと波が押し寄せる度に、少女の足首辺りまでが塩水によって濡らされていった。


「つめたーい!」


 足はそのまま、カミサマとトモダチの方を振り返って少女は満面の笑みを向ける。


「はっはっはっ! それがウミだ!」


 カミサマが大きく胸を張った。


「ウミ~!」


 前に向き直り、少女が更に沖の方へと駆け出す。


「わっ、バカ危な……!」


 トモダチが、少女の方へと飛び立ったのとほぼ同時。


「危ない!」


 そんな声と共に、水中からニュッと現れた手が少女の足を掴んだ。


「わぷっ!?」


 足を取られてすっ転んだ少女が、顔面からウミにダイブする。


「ぷはっ!」


 幸いまだ浅瀬だったため、少女はすぐに手を付いて顔を上げた。


「しょっぱーい!」


 口の周りを舐めて、やはり楽しげに笑う少女。


 その身体が、逆さまに持ち上げられる。


 少女の足首を掴んだまま、手の主がズブブブブと水中からせり上がってきたのだ。


 全体的なシルエットは、人間と概ね同じ。

 しかし、その筋骨隆々な身体は全身緑色だった。


 手足の指の間には大きな水かきが発達しており、指先の爪は鋭い。

 背中の甲羅も緑色。


 ほとんど緑一色の見た目において、口元の嘴だけが黄色だ。

 嘴の上では鋭い目が少女を睨んでおり、更にその上、頭のてっぺんには皿が載っていた。


 逆さ吊りのまま、パチクリと瞬きして少女はその姿を見つめる。


 しばらく後、少女はポンと手を叩いて相手の顔を指差した。


「カッパさんだ!」


 少女に指されたカッパは少女を持ち上げたまま、やれやれと首を横に振る。


「お嬢さん。確かに僕はカッパさんですが、人様を指差すというのはいただけませんね。人様というか、カッパ様ですけど」


「はい、ごめんなさい!」


 カッパに指摘され、少女は素直に手を引っ込めた。


「つーか、なんでカッパがウミにいんだよ……」


 逆さまになった少女の足の裏に留まったトモダチが、胡乱げな目をカッパに向ける。


「はぁ!?」


 ギロンと、カッパが物凄い勢いでトモダチを睨んだ。


「カッパがウミにいて何が悪いんですか? こちとらウミ産まれのウミ育ちですよ? ウミカッパ差別ですか? そういうのは良くないと思います! ウミにいようが川にいようが、カッパはカッパです!」


 何かしらの地雷が埋まっていたのか、カッパが熱く主張する。


「いや、カッパは普通に川にいるもんだろ。つーか、なんだウミカッパって」


 対照的に、それを見るトモダチの目は冷めたものだった。


「そんなことは百も承知ですけど!?」


 叫んだ後、カッパはブワッとと目尻に涙を溜める。


「そりゃ僕だって、川があるんなら川に出現しますよ! だってそれがカッパの在り方ですもの! でも、ウミしかないんだから仕方ないじゃないですか! 水繋がりってことで納得するしかないじゃないですか! それをなんですか貴方は、人の傷を抉るように! そんなに哀れなカッパが滑稽ですか!?」


「お、おぅ、そうか。なんかすまんかった」


 カッパの剣幕に押され、トモダチが軽く頭を下げた。


「わかってもらえればいいんですよ、兄弟」


 一転して笑みを浮かべ、満足気に頷くカッパ。


「さて、お嬢さん」


 次いで、再び少女を睨んだ。


「見たところ、泳ぎの心得はないようですが?」


「うん、こころえ? ないよー」


 逆さに吊られた状態で、少女がニパッと笑う。


「ほぅ」


 カッパは一つ頷いた。そして、ズイッと少女に顔を近づける。


「泳げもしないのにウミに突っ込もうとは、死にたいのですか? 自殺志願者ですか? 命知らずの特攻野郎ですか? 若い命をその熱き想いで燃やし尽くしたい派の人ですか?」


 捲し立てるカッパに、少女は目をパチクリとさせた。


「うーん、よくわかんない!」


 そして、再び笑う。実に明快な回答だった。


「フッ、いいでしょう……」


 カッパが、少女の足を離した。

 落下際、器用に身体を反転させて少女は綺麗に着地する。


「そこまで言うのでしたら、この僕がお嬢さんに泳ぎを教えて差し上げましょう!」


 ズギャンと勢い良く、カッパが自身を親指で指差した。


「そこまでも何も、何一つとして言っちゃいないけどな」


 少女の頭の上へと留まり直したトモダチが、ポツリと呟く。


「さぁ、では始めましょう!」


 あからさまに聞こえないフリで、続けるカッパ。


 どうやらこれから、カッパによる水泳講座が始まるらしかった。

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