第4話 少女とトモダチ④
少女が勢いよくナイフを振り下ろし、トモダチが軽やかに避ける。
そんな応酬がひたすら、小一時間ほど続いて。
「むむ~……」
砂まみれになった少女が、頬を膨らませてトモダチに恨めしげな視線を向ける。
「はやすぎて、ぜんぜんつかまえらんないよ!」
「そいつぁ違うな、嬢ちゃん」
チチチと囀りながら、トモダチは嘴の前で羽を振った。
「単純な速さでいやぁ、むしろオレより嬢ちゃんの方が上だ。なのにオレを捕まえられないワケ……カミサマに言われたことを思い出しな」
「うー……?」
腕を組み、少女は難しげな顔で唸り始めた。
恐らく、「カミサマに言われたこと」とやらを思い出そうとしているのだろう。
しかし、およそ三秒後。
「わかんない!」
スッパリ諦めたらしい少女が、再びトモダチへと飛びかかった。
この一時間程で、幾度となく繰り返された光景のリプレイ。
しかし一つだけ、先程までと異なる点がある。
それは、少女の目だ。
先程までのただがむしゃらに獲物を追いかけるだけのものではなく、トモダチの動きを見極めようとする冷静さが伺える。
「へっ……悪くない目だ」
面白そうに笑うトモダチの重心が、右の方に傾いた。
その行く手を追いかけ、少女が右手を伸ばす。
しかしそれが届こうかという瞬間、トモダチの姿が左にブレた。
少女の手が空振り、トモダチは左方に逃げていく。
その光景を、少女はじっと目に焼き付けるように見つめていた。
「わぷっ!?」
トモダチに意識を集中するあまり、勢い余ってすっ転ぶ。
しかし即座に地面へと左手を着いて、それを起点に素早く一回転して立ち上がった。
「わかった!」
そして、大きくそんな声を上げる。
その表情は、喜色満面といった様子だ。
「ほぅ、掴んだかい。わかりやすく実演してやった甲斐があるってもんだ」
先程まで以上に大きく、トモダチがお尻をフリフリと振った。
「そんじゃ、嬢ちゃんが掴んだ成果ってやつを見せてみな!」
言いながら、走り出す。
「うん!」
すぐに続いて駆け出した少女が、トモダチに向けて右手でナイフを振るう……と見せかけて、その手を途中で止めた。
代わりに左手を突き出す。
左に避けようとしたトモダチを捕らえんとしての行動だろう。
「オーケェ、その通り。だが、そんな単純なフェイントだけじゃ……」
少女の手を読んでいたらしいトモダチは、既に右の方へ進路を変えようとしていた。
「うぉ!?」
しかしその足をピタリと止め、身体を全力で進行方向と逆へと傾ける。
一旦止めたはずのナイフを、少女が投げ付けてきたからだ。
首筋ギリギリをナイフが通過した反動でトモダチの身体は左に傾き……少女の左手に、収まった。
「つかまえたー!」
素早く右手も伸ばし、少女の両手がトモダチをガッチリと捕らえる。
「フッ、やるじゃねぇか」
少女の手の中で、トモダチが小さく笑い声を上げた。
「認めよう、オレぁ………………なんだ?」
なにやらニヒルな雰囲気で言葉を紡ごうとしていたトモダチだが、上方から落下してきた水分が頭頂部に当たったところで言葉を止めた。
「……ヤキトリ」
トモダチの頭部を濡らしたもの。
「オヤコドン」
それは、少女の口から垂れる涎であった。
「お、おぅ」
トモダチが、横目で少女の持ってきた本の方を見る。
『世界の鳥図鑑』の隣の本は、表紙に『鳥料理大百科』と書かれていた。
「フライドチキン」
ジュルジュル。
「バンバンジー」
少女の口から、ボタボタと涎が落ちる。
「テリヤキ」
それが、シトシトとトモダチの頭へと降り注いでいる。
「ま、まぁ待ちな、嬢ちゃん」
少女を押しとどめるように、トモダチは片羽を少女の方に突き出した。
「オレは、嬢ちゃんの、何だった?」
噛んで含めるように、ゆっくりと問いかける。
「トモダチ!」
すぐさま、元気の良い少女の答えが返ってきた。
「そう、トモダチだ」
大きく一つ、トモダチが頷く。
「トモダチのことは、食べない」
「トモダチ、タベナイ?」
トモダチの言葉を、片言気味に繰り返す少女。
「トモダチ、タベナイ。オレ、オマエ、トモダチ。オマエ、オレ、タベナイ」
なぜかトモダチも片言気味となった。
「オーケイ?」
首を傾けるトモダチ。
「トモダチ、タベナイ!」
少女が勢いよく頷く。
「ソウ、タベナイ」
元気の良い少女の言葉に、トモダチはホッとした様子で胸を撫で下ろした。
「……ジュルリ」
再び、少女の口の端から涎が垂れる。
「し、信じてるぜ……?」
やや不安なそうな声色で言ってから、トモダチはモゾモゾと身体を動かした。
少女の手からスポンと抜け出し、パタパタと飛ぶ。
そして、少女の頭の上へと着地。
「お、お……?」
トモダチの体躯は、少女の頭部とそう変わらない。いきなり倍増した重量に、少女の頭はグラグラと揺れた。
「よろしくな、相棒」
そんな少女の頭を、トモダチが羽で撫でる。
「うん、あいぼー!」
もちろん意味はわかっていない様子で、しかし満面の笑みと共に少女はその言葉を復唱した。
「くぁ……」
それからふと、大きくあくびしたかと思えば。
「くぅ……」
パタンと、倒れた。
タイヨウがギラギラと照りつけるサバクで、少女は心地よさそうに寝息を立て始める。
顔は笑みのままだ。
「エネルギー切れでぶっ倒れるまで動くとはね……これが、人間のお子様ってやつかい」
少女が倒れる寸前にその頭から飛び立っていたトモダチが、呆れた調子で独りごちる。
しばらく少女の上を旋回した後、トモダチは現れた時と同じ場所へと留まった。
「どうかね、人の子は」
自らの右肩で羽を休めるトモダチに、カミサマが尋ねる。
「そんなもん、オレに聞くまでもなくカミサマなら百も承知だろうが」
トモダチが半目でカミサマを睨んだ。
「お前は、もう私とは別個の存在だからな。第三者からの視点は重要だ」
カミサマの言葉に、小さく嘆息。
「とりあえず、年齢からすりゃ十分すぎるくらい仕上がってんじゃねーの? 頭の回転も悪かないみたいだな」
トモダチは、羽を使って肩をすくめるような仕草を取った。
「はっはっはっ! そうでなくては困る!」
いつも通りの高笑いを上げて。
「なにせ人の子にとっては、全ては踏み台に過ぎぬのだからな」
カミサマは、声色を静かなものに変化させる。
「このセカイも、カミサマも」
その声は、ただただ事実を告げるだけの淡々としたものであった。
「そうなって貰わねば、困る」
しかし同時に、どこか縋るような調子を含んでもいる。
「ケッ」
少女を抱き上げるカミサマの肩で、トモダチは面白くなさそうに舌を打った。
「相棒が、それを望もうと望むまいと……かよ」
「その通りだ」
少女に相対していた時とは全く異なる、落ち着いたトーンでカミサマが答える。
「そうかよ」
それだけ言って、不機嫌さを隠そうともせずトモダチは顔を背けた。
「大きくなるが良い、人の子」
砂だらけになった少女の髪を、サラリと撫でるカミサマ。
「人類の、未来よ」
いつの間にかヒルからヨルに変わる時間のようで、タイヨウは傾きながら赤みを増している。
その光が、少女を見つめるカミサマの目をいつも以上に赤く輝かせていた。
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