第3話 少女とトモダチ③
お前にトモダチを与えよう、と重々しい声でカミサマは言った。
「トモダチ?」
少女が、疑問を表情に浮かべる。
「トモダチって、なぁに?」
「お前と共に笑い、お前と共に泣き、お前の隣に生き、お前と共には死なぬ。そんな存在だ」
カミサマの声は、引き続き厳かな調子だ。
「わーい、ふわっとしててぜんぜんわかんなーい!」
対照的に、どこまでも軽く少女はケタケタと笑う。
「うむ、そうだろうそうだろう」
満足げに、カミサマが二つ頷いた。
「だから、これから学ぶが良い」
そして、少女の目を覆い隠していた手をどける。
「此奴と共にな」
カミサマが視線を向けた先。
カミサマの右肩に、いつの間にか何かがいた。
先端が少し曲がった、黄色い嘴。
全体的に緑色を基調としている中、嘴の他に目の周りと羽の先端も黄色い。
本来まん丸いはずのその目は半分閉じられ、やたらと目つきが悪く見えた。
まるで寝癖のように、頭の上で三本ほど毛が逆立っている。
「ほぁ……」
突如現れたそれ……トモダチを見て、少女は目と口をまん丸に開いた。その顔に浮かぶのは、ただただ驚き。
「はっ!?」
と、少女が突然表情を引き締める。かと思えば、家まで一直線に駆けて行った。
──ドタドタバタン!
家の中から騒がしい音が聞こえる。
しばらくそんな音を響かせた後、再び少女が駆け出してきた。
その小脇には、大きな本が二冊抱えられている。
「とりっ!」
カミサマの前まで戻ってきた少女は、抱えた本のうち一冊をトモダチの方に向けた。
本の表紙には、『世界の鳥図鑑』と書かれている。
「とり!? とり!?」
興奮した様子で図鑑の表紙とトモダチを何度も見比べる少女。
「おぅ、嬢ちゃん」
その視線の先で、トモダチがパカリと口を開いて声を発した。
「しゃべった!」
流暢に喋り始めたトモダチに、少女は先程と同じくらい目を見開く。
「そりゃ喋るさ。なにせオレは、嬢ちゃんのトモダチだからな」
どこか得意げなトモダチには目もくれず、少女は猛烈な勢いで図鑑をめくり始めた。
その手つきには微塵も迷いがない。
図鑑はあちこちが擦り切れており、何度も何度もめくられた跡が見て取れた。
やがて目当てのページを探し当てたらしい少女が、開いた図鑑を再びトモダチに向ける。
「オカメインコ!」
そこには、トモダチにそっくりな鳥を写した写真が印刷されていた。
「なるほど嬢ちゃん、確かにオレの姿はそのオカメインコとやらにそっくりかもしれねぇ」
トモダチが、ゆっくりと首を横に振る。
「だが、オレは……」
「オカメインコだから!? オカメインコだからしゃべるの!?」
何か言いかけているトモダチを遮り、少女はお構いなしに捲し立てた。
「あぁ確かにオカメインコも喋るだろう。しかしオレは鳥野郎共とは一線を画する知能を持ち、嬢ちゃんに叡智を授けるべく……」
「コンニチワ、ってゆって! コンニチワって!」
「はいこんにちは。それでオレは、嬢ちゃんを一人前にするために……」
「コンニチワー! コンニチワー!」
「はいはい、だからこんにちは。そうじゃなくて……」
「コンニチワー! トモダチー! オカメインコー!」
「聞、け!」
痺れを切れしたかのように叫び、トモダチがカミサマの肩から飛び立つ。
その身体が一直線に飛翔する先に存在するのは、未だ興奮しっぱなしな少女の頭部だ。
ゴツン、と大小の頭同士がぶつかった。
「ふにゃ!?」
大きく仰け反った後、頭を押さえて蹲る少女。
「ふぇ……」
弾ける笑顔から一転、その目に大粒の涙が浮かぶ。
「はっはっはっ! 泣くな、人の子よ!」
頭の上で重ねられた少女の両手に、カミサマが更に手を重ねた。
「お前は、このカミサマを殺す程の強い女にならねばならんのだ! 泣いてはいかんぞ!」
「ふぐ……」
目尻には、今にも零れそうな程の涙が溜まっている。しかし、それが溢れ出す手前で。
「ん……!」
鼻を啜って、少女は手の甲で溢れかけていた涙を拭った。
口を引き結び、強い光を宿した目でカミサマを見上げる。
「うむ、それで良い!」
満足げに頷き、カミサマは乱暴に少女の頭を撫でた。
「お前にはこれから、様々な困難が待ち受ける」
断定口調。
まるで、そうなることがわかっているかのような口ぶりだ。
「しかし、泣いてはいかん」
一転して、少女の頭を撫でる手つきが優しげなものとなる。
「泣きたい時こそ、笑うのだ」
その声色も、諭すような柔らかいものだった。
「さすれば力が湧いてくる」
同時に、世界の深奥を語るかのような厳格さを備えているようにも聞こえる。
「良いな?」
見下ろすカミサマの目と、見上げる少女の目が真っ直ぐに交差した。
「ん……!」
少女が小さく、しかし力強く頷く。
「うむ、カミサマとの約束だ!」
少女に向けて、小指を差し出すカミサマ。
「やくそくー!」
少女の顔に、笑顔が戻った。
未だ涙目ではあったが、満面の笑みと共にカミサマと小指を結ぶ。
「あぁ、そうこなくっちゃな」
そんな少女の前に、トモダチがスタッと降り立った。
「いいか嬢ちゃん。確かにオレぁ嬢ちゃんのトモダチとして創られたが、誰とでもすぐに慣れ合う安いトリじゃねぇ」
「こうきゅうとりにく?」
滔々と語るトモダチに、少女が首を傾ける。
「肉でもねぇ」
少女に背を向け、顔だけ振り向く形でトモダチは目をキラリと光らせた。
「嬢ちゃん、オレに釣り合うようないい女になりな」
キメ顔であった。
「うん、わかったー!」
少女が元気よく頷く。
「てい!」
と同時に、トモダチに向かってサバイバルナイフを突き立てた。
「うぉ!?」
間一髪、トモダチは横にスッテプしてナイフを躱す。
「な、なんだいきなり!? 殺す気か!?」
「ふぇ?」
声を震わせるトモダチに、少女が目をパチクリと瞬かせる。
そして、ニコリと笑った。
「そうだよー」
「穢れ無き笑顔!」
トモダチが、羽を広げて器用に頭を抱える。
「はっはっはっ、人の子にとってはそれがコミュニケーションだ。壊されないように自ら気を付けるが良い」
カミサマは、我関せずとばかりにその様を見守っているのみだ。
「ケッ、厄介な教育方針しやがって」
カミサマに一つ悪態をついてから、トモダチが少女の方へと向き直る。
「まぁいい。どうせ今の嬢ちゃんじゃ、オレを捕らえることは出来ねぇしな」
そして、小馬鹿にするようにフッと笑った。
「うー? なんでー?」
気分を害した様子はなく、しかし不思議そうに、少女が首をかしげる。
「それを今から教えてやるよ」
言って、トモダチは走り出した。
「ほら、捕まえてみな!」
トテトテトテ。
短い足で砂を蹴る様は、愛らしくはあっても決して速くはない。
「おいかけっこー!?」
笑顔を輝かせ、少女もトモダチを追いかけて駆け出した。すぐに追いつき、トモダチを捕まえるべくヘッドスライディングで飛びつく。
「……あれ?」
しかし、交差させた少女の手の中にトモダチの姿はなかった。
「ヘイ、こっちだぜ嬢ちゃん」
少女を挑発するようにお尻をフリフリさせながら、トモダチは背を向け走り続けている。
「まてまてー!」
キャッキャと笑いながら、少女がまたそれを追いかけた。
「えい!」
少女の手をトモダチがすり抜ける。
「てい!」
少女の振り下ろしたナイフを、振り返ることもなくトモダチが避ける。
「やぁ!」
飛びついた少女の頭上をヒョイと跳び越え、トモダチが逆方向に走り去る。
一人と一羽は、ひたすらそんな応酬を繰り返していった。
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