第2話 少女とトモダチ②

 少女は、無骨なサバイバルナイフをカミサマに向けて突き立てる。


 突進の勢いを殺さず、己の体重も乗せた見事な突きだ。

 少女が握るには随分と大きすぎるように見えるナイフの柄も、しっかりと両手で固定されている。


「はっはっはっ!」


 ナイフが到達する直前、カミサマは半身を捻ってその切っ先を躱した。


 通り過ぎる少女の手を取り、そのまま自身の身体と共に回転させながら抱き上げる。


「またしななかったー!」


 ケタケタ笑いながら、少女はカミサマの硬い胸に頬を摺り寄せた。


「いや、今の突きはなかなか良かったぞ!」


 カミサマが、乱暴に少女の頭を撫でる。


「やったー!」


 三割増しの笑顔と共に、少女はカミサマの側頭部に向けてナイフを振るった。

 首を傾け、カミサマがそれを軽々と避ける。


「しかし、動きが直線的すぎるな」


 首の傾きを戻して、カミサマが数センチ程の距離で少女と目を合わせた。


「せめてフェイントでも入れねば、身体能力が上回る相手には当てられんぞ?」


「んー?」


 カミサマの言葉に、今度は少女が首を傾ける。


「よくわかんなーい!」


 そして、ニパッと笑った。


「はっはっはっ! まだ難しかったか!」


「むつかしー!」


 再びカミサマに頭を撫でられ、少女はケタケタと楽しげな笑い声を上げる。


「さて、人の子よ」


 やや声のトーンを落とすと共に、カミサマは少女を砂の上へと降ろした。


「出会い頭にカミサマをぶっ殺してくるほどに成長していることはよくわかった」


 カミサマにポンポンと頭を緩く叩かれ、少女がくすぐったそうに身を捩る。


「しかし、立派なレディとなるためには身体能力の成長だけでは足りん。いつも言っていることだな?」


「うん!」


 元気よく頷く少女。


「他に、必要なことは?」


「おべんきょー!」


 やはり元気よく、手を上げて答えた。


「その通り」


 鷹揚に頷き、カミサマが指を一本立てる。


「では、問題だ」


 カミサマがそう言うと、少女が今度は神妙な顔で頷いた。


「このセカイに、砂しか存在しないのは?」


「カミサマがぜんぶ、ぶっこわしたから!」


 カミサマの問いに、ハキハキと回答する。


「このセカイに、他に人間がいないのは?」


「カミサマがぜんいん、ぶっころしたから!」


 引き続き、元気よく。


「このセカイで、お前だけが生きている理由は?」


「カミサマの、ひまつぶしー!」


「このセカイで、お前が抱くべき感情は?」


「カミサマへの、にくしみー!」


「このセカイで、お前がやるべきことは?」


「カミサマを、ぶっころすこと!」


 少女は、快活に答えていく。


「はっはっはっ、大正解だ!」


 言って、カミサマは少女を再び抱き上げた。


「お前のパパもママもご近所さんも、カミサマが全て滅ぼしたのだ!」


 かと思えば、そのまま勢い良く真上へと放り投げる。


「憎きカミサをぶっ殺すため、精進するといい!」


 天高くへと飛び上がった少女へと、カミサマが声高に叫んだ。


「しょーじん! しょーじん!」


 軽く十メートルは飛んだ先で、少女はキャッキャと笑っている。


 その身体が徐々に上昇するためのエネルギーを失っていき、やがて落下を始めた。

 このセカイにも重力というものは存在しているのであり、であるからには当然の帰結だ。


 このままでは、少女は地面に叩きつけられて容易く絶命する……かに思われたが。


 少女には、微塵も慌てた様子はなかった。


 それは、この先に訪れる未来が想像出来ない程に幼いからではない。

 この状況を、如何程の脅威にも感じていないがゆえの余裕だ。


 空中で器用に体勢を整えた少女は爪先から地面に接し、素早く足、膝、腰、背中、腕と順に着地することで衝撃を逃していく。

 結局、痛みを感じた様子すらなく少女は見事に生還して見せた。


 その生物が存在する世界であれば、まるで『猫』のようだと評されたことだろう。

 生憎、このセカイにそれを見たことがある者は誰もいなかったが。


「はい、しつもん!」


 クルンと回転して立ち上がった後、少女が何事もなかったかのように手を挙げる。


「受け付けよう」


 カミサマがそう答えると、首をかしげた。


「パパ、ママ、ってなーに?」


 その頭の上には、疑問符が沢山浮かんでいるように見える。


「お前にとって一番大好きな存在で、お前のことが一番大好きな存在のことだ!」


 カミサマの答えに、その疑問符がますます増えた。


「カミサマのことー?」


 なんとなくそうでないことはわかっているらしく、少女の問いかけはどこか自信なさげだ。


「はっはっはっ、愚か者め! カミサマはパパでもママでもない!」


 ビシッと、カミサマがその固い指で己を指した。


「なぜならば、カミサマはお前にとって憎むべき敵なのだから!」


 次いで、同じ指で少女を指し直す。


「そうなのかー」


 指された少女は、神妙な顔で何度も頷いた。

 理解していないであろうことは明白であった。


「それはそうと、だ!」


 少女に理解させることを早々に諦めたらしきカミサマが、話題転換の言葉を口にする。


「人の子よ、今日はお前の誕生日だったな!」


「たんじょうびー?」


 今度は何の事かわかっていない感じを全面に出しながら、少女は傾ける。


「カミサマからプレゼントが貰える日のことだ!」


「ぷれぜんとー!」


 意味がわかっていない様子は相変わらずながらも、少女の笑顔が輝きを増す。


「して人の子よ、何歳になったのだったかな?」


「さんさい!」


 指を三本立て、少女がそれを勢い良く突き出した。


「はっはっはっ、それは昨日までのお前だ!」


 グシャグシャ、カミサマが少女の頭を撫でる。


「今日からのお前は、もう一つ歳が増えるのだ! 三に、一つ足すが良い!」


「うー?」


 不思議そうに、少女は付き出した手を引き戻してまじまじと見た。


「えーと」


 一旦、その手をグーに戻す。


「いち、にー、さん」


 それから、一本ずつ指を立てていった。


「よん」


 先程よりも一本多く指を立てたところで止める。


「よんさい!」


 そうして四本の指が立った手を、再びカミサマに向けて突き出した。


「その通り!」


 パン!


 いつの間にかカミサマが手にしていたクラッカー四本が、一斉に派手な音を鳴らした。


「人の子よ、四歳の誕生日おめでとう!」


「おめでとー! おめでとー!」


 クラッカーから飛び出してきた色とりどりの紙片が舞い落ちるのを捕まえようとはしゃぎながら、少女がカミサマの言葉を復唱する。


「はっはっはっ! 人の子よ! おめでとう、に返すのは、ありがとう、だ!」


「ありがとー! ありがとー!」


 やはり意味はよくわかっていなさそうだが、とにかく少女は楽しげである。


「ではお待ちかねの、プレゼントのお時間だ!」


 クルンと身体を一回転させ、オーバーアクションで少女へと手を突き出すカミサマ。


「わー!」


 少女がパチパチパチと拍手を送る。


「さて」


 カミサマは声量を落とし、どこか神妙な声色となった。


「お前が産まれた時、カミサマはお前にセカイを与えた」


 少女に向けて突き出している手を、グーに握る。


「一歳の誕生日には、生きる場所を」


 次いで一本立てた指で、少女の後ろに建っている家を指した。


「二歳の誕生日には、知識の礎を」


 二本揃えた指で、家の中に積まれた、絵本から専門書まで幅広く揃っている本の山を。


「三歳の誕生日には、戦う力を」


 三本指で、少女が右手に持つナイフを指し。


「そして四歳の誕生日となる今日」


 四本の指で、少女の視界を遮る。


「カミサマは、お前にトモダチを与えよう」

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