第六章 事件、再び
第23話 お手柄、私立探偵
翌朝。
二度目の十二月六日を迎えた。
赤い壁紙と絨毯で囲まれた部屋に暖炉の燃える音が響く。
一番暖かいところに設置されている肘掛け椅子に身を納め、埋もれるような格好で新聞を広げた。
ざっと読み、もう一度読み、最後に熟読をして――顔をあげた。
僕の顔は笑顔だ。
見出しには、こんな文字が躍っている。
『お手柄私立探偵! 連続心中事件を食い止め被害者救う』
記事では私立探偵の活躍により、連続心中事件を引き起こしている犯人グループの一人を逮捕したと書かれている。
蘇りについては言及されていない。
もちろん、僕が蘇りについて公言していないからだ。
故に連続心中事件は、複数の人間が起こした愉快無理心中として報道されていた。
「いやあ探偵様のおかげで妹が無事に帰ってこられました! 本当にありがとうございます!!」
「私からも礼を言わせてくださいっ本当にありがとうございました……!」
ソファに並んで座った依頼人兄妹が深々と頭を下げた。
イライザはばつの悪そうな顔をして「おかげで目が覚めました。私はなんで、あんな男に唆されて死のうとしていたのか……」と頬を赤らめた。
言葉を続ける。
「ニックは、古い子爵の家柄だと言っていました。かなり資産があると言っていて、実際に羽振りもよくて……私は子爵だと信じ込みました。有り余るお金で私に夢のような時間を与えながら、いつも『お金があっても心が満たされるのは君といるときだけだ』と言って。結婚を申し込まれましたが、数日後には『父から反対され、好きでもない女との結婚が決まった。あんな女と一緒になるくらいなら、君と天国で一緒になりたい』と。それで、それでっ……」
最後のほうは嗚咽によってかき消されてしまった。
顔を覆って泣き崩れるイライザを兄が横から抱きしめている。
「きっと他の女性もそうやってたぶらかしたんでしょう」
僕は新聞を折りたたみながら兄弟に向き直った。
「いるんですよ、たまに。女の人が自分に夢中なことを確認するために、心中をけしかける人間が」
これはニックから直接聞いた話だったが、自分の考えっぽく述べてみる。
僕の言葉にイライザが泣きながら顔をあげた。
「ニックもそう言っていました。『本当は君なんか愛していない。君は騙されて犬死にするんだよ』って」
本当にそんなことを言ったのか……。
あまりの性格の悪さに絶句する。
と、
「あと『僕は死なないんだよ、何度でも蘇るんだよ』とも言っていました。これはよくわからなかったんですけど――」
ぴたり、と新聞を畳む手が止まった。
ゴクリと生唾を飲む。
「それは、変なことを言いますね」
言いながら、口の端をわずかにあげた。
僕はちゃんと笑えているだろうか。
わざとらしくなっていないだろうか。
「そうですよね。あのときは混乱して信じてしまいましたけど……あり得ないですよね」
イライザはふふっと笑って、指先で涙を拭った。
僕はほっと胸を撫でおろす。
このとき僕の頭の中では、ワトソンの言葉が再び再生されていた。
――知ってます? この間なんて殺人事件の犯人として、吸血鬼と噂のある
十九世紀ロンドンは科学が物を言い始めた時代だ。
未だにオカルトが幅を利かせているとは言え、ワトソンやレストレード警部のように非科学的なものに懐疑的な人間も少なくはない。
そんな中で『連続心中事件の犯人は蘇っている』などと言ったらどうなるか。
気が狂ったと思われて精神病院あたりに一生隔離されるか、もしくはオカルト信者達に教祖様扱いをされてしまって、探偵としての信憑性を失うことになるだろう。
そもそも、さすがのオカルト信者達も蘇りなどは信じてくれないかも知れない。
だとするならば、世間にはニックを『単なる連続心中事件の犯人』とだけ伝えておき、その手法はぼかしておくのが無難だ。
しかし再びニックが蘇って事件を起こしては元も子もないので、レストレード警部には『ニックが自殺しないように監視して欲しい。たとえ死んでも、その死体から目を離さないでくれ』と口を酸っぱくしていっておいた。
胡乱な視線を向けられたが、実際に警察は赤毛のニックが引き起こした二十一件の心中事件を知っているので『二十一人目が監視下にあるとき二十二人目のニックが現れるかどうかを検証したい』とごり押ししたらところ一応聞き入れてもらえた。
「あれ、そういえばワトソンさんは?」
兄のほうが今更気づいたというようにあたりを見回した。
「ああ、ニックにイライザさんへ二度と近づかないよう念書を書かせると言って警察署に行きました」
混乱を呼ばないように、ワトソンには蘇りについて言わなかった。
なのでニックが牢屋から出たときのために、イライザへの接近禁止を約束させると意気込んで出て行ったのだ。
『無理心中未遂だと下手したら数年で刑務所から出てきそうですからね。金持ちだし賄賂を積まれても厄介です』
――そう言いながら誓約書を作成するワトソンに、かなりの申し訳なさを覚えた。
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