第13挑☆緊急事態発生! 藤花を救え
私の名前は蕾。ヘーアンの国の農家生まれで、ただの農民の娘。
今日は、旅人のチョー、カイソン、妖精のポワロン、バタフライの幼虫のモコといっしょにヘーアンフェスティバルに来ている。フェスティバルの会場は、私が通っていた小学校のグラウンド。
このフェスティバルは、私の同級生、藤花の誕生日を祝うもの。だから、藤花が来場することは予想してた。
でも、いざ、本人を目の前にしたら、どうしようもなくなった。相変わらず日焼け知らずの白い肌で、遠目から見てもわかるはっきりとした顔立ちで……たまらなく可愛くて。
きれいになってた。
見たこともない、可愛い水色のドレスを着ていた。私の服は、都会で流行っている、都会のみんなが着ているような服。
もちろん、この服だって着られて嬉しい。何より、チョーとカイソンが買ってくれたんだもん。そもそもこの服も着られるはずじゃなかった。すごく大切な服なんだ。
でも、比べてしまった。
やっぱり、藤花とは住む世界がまったく違う。
私は藤花を見ていられなくて、逃げ出した。こんな私を、チョーは追いかけて、そばにいてくれたけど、私はすぐに立ち直れなくて。
何も受け入れられないまま、また、藤花が目の前に現れて。
藤花のマネージャーの男が、私に、モデルは「無理」だって言った。そのショックも冷めないうちに、その男がまさか、殺されるなんて。
マネージャーの男を殺した奴は、藤花をさらって校舎の中に消えていった。チョーが目にも止まらないスピードで、藤花をさらった男を追いかけて行った。
全然、理解が追い付かない。でも、藤花が。
「どうしよう、カイソン、藤花が……」
うろたえている私の肩を叩いて、カイソンが言った。
「大丈夫。チョーさんが助けてくれる」
やたらと自信満々の顔だけど、藤花をさらった奴、あのマネージャーをあっさり殺したよ? 簡単に首を飛ばして……。
いやだ、背筋がぞくぞくする。震えが止まらない。
「カイソン、さっきの男、多分アゲハ陣営のプレイヤーよ」
ポワロンが言うと、カイソンの顔色が変わった。
「え!?」
「以前、会ったことがあるわ。その当時は弱かったけど、今は違うかもしれない」
「以前会ったことがあるって、どういうこと?」
「あなたたちにつくまえに一緒に行動していたプレイヤーが、遭遇しているの。だから、私の中にデータが残ってる。でも、アゲハ陣営のプレイヤーだから、会っていない間の変化まではわからないわ。ムラサキ陣営のプレイヤーなら情報が入ってくるんだけど」
「そうなのか。ポワロン、その弱かったときの情報でいいから、教えてくれる?」
「もちろん。多分、あの緑色の髪の男の名前は
ポワロンが表情を曇らせた。
「なんだよ」
「……関根は弱かったけど、関根のパートナーの
「チョーさん一人じゃ危ないってのか!?」
カイソンは焦って校舎を見上げた。でも、カイソンはチョーみたいに渡り廊下に上ることはできないみたい。
「くそっ、チョーさんで無理なら俺でも無理だ。助けを呼ばないと」
カイソンは私を見た。
「蕾ちゃん、学校なら放送室あるよね。案内してくれる?」
「放送室に行ってどうするの?」
「助けを呼ぶんだよ。放送したほうが手っ取り早く伝わるだろ」
私はうなずいた。
校舎に入ろうとしたとき、カイソンが私の両目を手で覆った。
「もう、見ないほうがいいよ」
きっと、あのマネージャーの死体を見せないようにしているんだ。
カイソンは、
「……お前も来るか?」
と、言った。お前って?
何のことだろうと思ったけど、校舎に入って目隠しが取れたときにわかった。黄羽って男といっしょにいたバタフライがついてきたんだ。
ポワロンが、
「この子はキバネセセリ。レア度は低めだけど、能力は使えるわよ」
と、カイソンに説明している。
校舎の二階の中央あたりにある小さな部屋――放送室まで駆け込むと、カイソンは机の上のマイクの前にかがみこんだ。私がマイクのスイッチを入れて、放送可能にする。
「緊急事態だ。藤花ちゃんがさらわれた。警察でも自衛隊でもなんでもいいから、助けに来い。犯人は校舎の中だ!」
カイソンの声が学校中に響き渡った。少しして、誰かがバタバタと廊下を走ってくる音がした。
勢いよく放送室のドアを開けてきたのは。
「えっ、えっ」
びっくりしすぎてすぐに声が出てこない。カイソンは、
「なんだ、助けが来たと思ったら弱そうなのが来たぞ」
とか言ってるけど、何言ってるの! 確かに、ただの太ってるおじさんに見えるかもしれないけど、明らかに高級そうなスーツ着て、金縁メガネをかけているでしょ。一般人には見えないでしょっ。
「貴様、今の放送はなんだ。藤花がどうしたんだ!」
「だから、放送した通りだよ。藤花ちゃんがアゲハ陣営のプレイヤーにさらわれたんだ」
「なんだと!」
「
放送室に、黒服の男たちがなだれこんでくる。
「貴様ら、すぐに藤花をさらった奴を見つけてぶち殺せ。ただし、藤花に傷一つでもつけたら死刑だからな」
「は、はい!」
黒服の男たちに指示を出した大熊に向かって、カイソンは呟いた。
「なんだ、この偉そうな奴」
「か、カイソン~っ」
だから、どうして気づかないのよ!
「なんだ? この私に向かって偉そうな奴とは、無礼な能無しが」
「はあ?」
「見たところ、下賤な初心者プレイヤーか。ならば、知らなくても仕方がないかもしれないな。私はこの国の大統領、大熊だ。その役に立たない脳みそに刻んでおくがいい」
「うーん、チョーさんだったらぶん殴ってる。俺もぶん殴りてぇ」
カイソン、笑ってるけど額に青筋が浮かんでいるわ。
「こんな田んぼの肥料にもならない奴に時間をかけている場合ではない。私も藤花を探しに行かなくては」
大統領が出て行くと、カイソンは私に向かってにっこりと笑った。
「ねえ、あいつ殺していい?」
「ダメよ! 一応大統領なんだから。カイソンが殺されるわよっ」
「暗殺して証拠残さなきゃいいんでしょ~」
……チョーのほうが無謀で、カイソンのほうがストッパーかと思っていたけど、わりと似た者同士なのかな、この二人。
「とりあえず、俺たちもチョーさん追いかけよう」
カイソンが言うと、私は「うん」と言って、放送室を出た。
チョーたちを追いかけて廊下を走っているとき、ふと、カイソンが話しかけて来た。
「俺とチョーさん、今は二人で貧乏やってるけどさ、俺ってもともとは医者の息子なんだよね」
「え……?」
「実家はまあまあ金持ちなの。今は関係ないけど。……昔は、医者の息子だからって、猛勉強させられてたし、ピアノ、バイオリン、水泳、習字、空手、サッカー、……あとなんだっけ。とにかく週七日習い事して、なんたら教室ってのがあったら参加させられて。遊ぶ暇なんてなかったから友達もろくにいなくて。てか、みんな、俺に近づきにくかったんだと思う。見てくれも悪くないから、なーんか特別扱いされちゃって」
……少し、藤花と似てる。
「でもさ、チョーさんだけは、誰に対しても態度が変わらないんだよ。俺に遠慮なくケンカを売って、殴れるのはチョーさんだけだった」
「殴れる?」
「一回派手にケンカしたからね。俺が負けて、それ以来舎弟ポジ。でもなんか、それが楽しいんだ」
カイソンが何かを思い出したように笑った。こんな笑顔見たら、誰だってわかる。カイソンは本当にチョーのことが好きなんだね。
「まっすぐにぶつかってきてくれる人ってさ、珍しいし、大切だよ。蕾ちゃん、藤花ちゃんも、蕾ちゃんと向き合いたいんだよ」
「え……?」
「藤花ちゃんは、今も蕾ちゃんのことを大切に思っているよ」
カイソン、藤花と何か話したのかな。
……藤花は、今も私を大切に思っている?
私は。
……私は、藤花をうらやんでばかりで。でも、藤花から受け取った優しさも忘れられなくて。
何より、私は藤花をひどく傷つけた。そんな私が、まだ、藤花の友達でいられる?
「……カイソン」
「ん?」
「チョーに殴られたとき、痛かった?」
「あれは痛いってもんじゃないね。顔面陥没したかと思った」
「チョーにやり返そうって思わなかったの?」
「やり返すも何も、殴り合ったからさ。お互い全力でぶつかったんだから、恨みっこなしだよ」
カイソンの言葉はまっすぐだ。本当に、なんのわだかまりも残ってないんだ。
私は、藤花にひどいことを言うだけ言って、藤花の言葉、聞いていないな。
……聞きたい。藤花の言葉。
このまま会えなくなるのは嫌だ。
私たちは階段を駆け上がり、屋上に出た。そこに、藤花を抱えた男がいた。その男の前に立っているのはチョーだった。でも。
コンクリートに向かって、血を吐いてた。
カイソンの叫び声が響いた。
「チョーさん!!」
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