第10挑☆酒と涙と親父と娘! 蕾の夢 後

 俺とカイソンは、膳の片づけを手伝った後、家の外に出た。家のそばの畦道に、モコの大きな身体を見つけた。モコの陰に隠れるようにして、蕾が膝を抱えて座っていた。

 俺は、モコの顔を覗き込んだ。


「お前、何喰ってんだ?」


「わっ、びっくりした!」


 蕾は大きな目をさらに大きくして、こっちを見上げた。


「モコ、雑草を食べてくれてるの。これ食べてって言ったら食べてくれる。除草剤よりモコのほうがいい」


 蕾はモコの頭をなでた。なんだよ、あんなに邪険に言ってたくせに、すっかりモコのこと気に入ってんな。


「なあ蕾、俺たちといっしょに、明後日のフェスティバルに行かねえか」


 蕾は笑顔を消して、うつむいた。俺は、蕾の隣にしゃがみこんだ。


「なんだよ、そんなに友達に会いたくないのか?」


「友達なんかじゃないよ」


 即答。藤花との溝は、けっこう深いみてえだ。


「なんだよ、なんでそんなに藤花と会うのが嫌なんだ?」


 蕾は少しの間の後、こんなことを言ってきた。


「チョーは、夢、ある?」


「夢? あるぜ」


「どんな?」


「たくさんの人を笑顔にすることだ。そのために、素晴らしい動画を撮る」


「今はまだぜんっぜん底辺っすけどね」


「うるせえ! そういう蕾は、夢とかあるのか?」


「……あったけど、もう、ないよ」


「なんで」


「だって無理だもん。働いても働いてもお金なんかできないし。遠くに行きたくてもいけないし。やってみたいこと考えるだけむなしいよ。……藤花みたいなお嬢様じゃなきゃ、無理なんだよ」


「そんな、なんでも無理って決めつけんなよ」


「無理なものは無理なの! この国で農家に生まれちゃったら、一生農民なの」


 蕾の瞳から涙がこぼれた。


「蕾……」


「モコ見てたら、バタフライの幼虫ほしくなったけど、やっぱり、飼わない。もともと禁止だし。何より、自由に生きられる可能性を奪いたくない。自由でいられるなら、自由でいたほうがいい。そうじゃなきゃ、可哀そう」


 モコは蕾のほっぺたに触手を伸ばした。蕾の涙を拭いてやっている。蕾はモコの顔に自分の身体をくっつけた。


「蕾、生きているからには可能性は無限大なんだぜ」


「だから、それは……」


「言ってみろよ! 蕾にはどんな夢があるんだよ。言うのだって自由だ」


 俺は蕾の目をまっすぐに見た。蕾はおそるおそる言った。


「……笑わない?」


「なんで笑うんだよ。笑うわけねえよ」


「私……モデルになりたかったの」


 モデルか! たしかに、蕾は顔可愛いし、手足も長いし、いいじゃねえか。


「いいじゃん! 蕾ならなれるだろっ」


「でも、毎日農作業で、モデルになろうにもチャンスなんか……」


「だーかーら、フェスティバルに行こうぜ! 蕾の親父に聞いたよ。藤花、カンダの国ってとこでモデルもやってんだろ? 話聞いてみればいいじゃねえか」


「でも……」


「でも、ばっかり言うな。とにかく、決まりだ。親父にはオッケーもらってる。明日は買い物に出かけて、服かなんか買おうぜ」


「え、そんなお金ない……」


「俺たちがなんとかする! いいな」


 蕾はとまどいながらもうなずいた。よし。こんな14歳くらいで夢をあきらめてちゃ、人生もったいねえ。蕾の親父も言ってたんだ。


「蕾の母親は蕾を産んですぐに死んでしまってね。あの子は小さいころから家のことをよく手伝ってくれたし、今もよく働くんだ。本当は、蕾も都会の学校に行きたかったんだ。でも、情けない話、私にはどうしてあげることもできなくて。でも、親はね、娘に幸せになってもらいたいものなんだよ。叶えてやれるなら叶えてやりたいよ。蕾のやりたいこと、させてやりたいんだよ……」


 親父の娘に対する愛、泣かせるじゃねえか。ここで力になってやるのが、男ってもんだろ!

 蕾が家に入って、寝静まったあと、俺とカイソンは拳を鳴らした。ポワロンが、


「今から、本当にやるの?」


と、呆れたように言ったが、やる。


「ああ。森に戻って盗賊狩りだ」


「片っ端からボコって金を稼ぎましょう」


「どっちが盗賊だかわかんないわね……」


 ポワロンのつっこみは、無視だ。

 なんとなく、モコもやる気を出しているぞ。


「さあて、行くか!」


 俺たちはヘーアンの国に来る前に通った森を目指して歩き出した。



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