第11挑☆すれ違う友情……蕾と藤花

 私の名前はつぼみ。ヘーアンの国の農家に生まれた、14歳。朝起きて、朝ご飯作ってお弁当作って掃除して、一日農作業して、夜ご飯作って。お風呂の準備して、入って、寝る。毎日その繰り返しだった。


 今日、変な旅人たちがやってきた。バタフライの幼虫を連れて歩いてた二人組。妖精もいるし、プレイヤーなんだなってことはわかった。二人とも背中に初心者って書いてあるから、まだこの世界に来て日が浅いんだろうなって思う。


 この世界のことや、プレイヤーのこと、バタフライのこと、最低限の知識は小学校で習った。

 小学校まで、片道5キロ。田んぼの畦道を歩いて通った。小学校の周辺には野菜屋さんや果物屋さん、お肉屋さんがある。お肉はめったに買えないけどね。

 それに、服屋さんとか、美容室もある。……今着ている服は、小さいころ着ていた服を縫い直して作ったものだし、髪も、伸びたら自分で切ってる。都会で流行っている服とか、可愛いヘアスタイルとか、憧れるけど、私には無理。

 何万回とあきらめてきたの。私は貧しい農民の娘だから。


 ……藤花とうかは、日焼けなんか知らないような白い肌をしていた。切れ長の目に、高い鼻、品の良い唇。顔そのものが小さくて、首が長くて。背が高くて、手足も本当にすらっとしていて。同じ人間とは思えなかった。

 小学六年生のときに、そう、気づいた。


 小さいころは、そんなこと気にしたことなかったけど。藤花が学校まで当たり前に車で送迎されていても、何にも気にならなかったし。きれいな服着てたって、可愛いリボンつけていたって、いいなあとは思ったけど、藤花本人を特別に思ったことなんてなかった。

 ううん、特別な友達だとは思ってた。大切な友達。

 藤花は、優しくて、頭が良くて。私の知らないこと、なんでも教えてくれた。いつもにこにこしていて、怒ったところなんか一度も見たことない。


 毎年、私の誕生日にはプレゼントをくれた。藤花とおそろいのリボンや、可愛い時計。甘い香りのするリップクリーム。私は、藤花の誕生日に何か買うことはできなかったから、いつも野の花を摘んで花飾りを作ってあげた。藤花はいつも満面の笑顔で、「ありがとう」って言ってくれた。

 二人で将来の夢も話し合った。

 私が、


「大きくなったらモデルさんになって、たくさん可愛い服を着たいんだ」


って言ったら、藤花は、


「蕾ちゃんは可愛いから絶対になれるよ!」


と言ってくれた。私は嬉しくて、


「藤花だってすっごく可愛いよ! ねえ、二人でモデルになろうよ」


って誘った。


「ええ~、私になれるかな……?」


「藤花ならなれるよ。いつか、いっしょにランウェイ歩こうよ!」


「うんっ」


 二人で約束した。

 学校のカーテンをはがして、身体に巻き付けてドレスみたいにして遊んで、先生に怒られたりとか。体育館のステージでモデルっぽく歩いてみたりとか。

 お互いの髪を結って遊んだりもした。藤花の髪は柔らかくて、みつあみをよく作った。


 本当、毎日いっしょにいた。ずっといっしょだって思ってた。

 でも。

 小学六年生の、あの夏の日。藤花が私に言った。


「あのね、蕾ちゃん。私、今度、カンダの国の雑誌モデルすることになったの」


「え……?」


「パパがカンダの国の記者と話をして、その雑誌編集者の人が私のことを気に入ってくれたみたいで」


 雷に打たれたみたいだった。

 モデルになるのはもう少し先の話だと思っていたし、先に藤花がモデルになるなんて。しかも、パパって……。

 藤花は、自分のお父さんが大統領だってことを自慢することは一度もなかった。大統領の娘だからって特別扱いしないでほしいって言ってた。なのに、モデルになるのに、パパの力を使ったの?


 結局、藤花は特別な子だったんだ。私とは違うんだ。私は小学校を卒業したら、農作業して稼がなくちゃならない。お金を稼いで、貯めて、都会に出ようって思ってたの。

 藤花はそんなことしなくていい。パパの力で簡単に都会に行ける。モデルにもなれる。


「蕾ちゃん……?」


 そんな、申し訳なさそうな目で私を見ないでよ。私に悪いって思うの? 私は、そんな簡単にモデルになることができないから? 農家の娘だから? 私のこと見下しているの?

 急に、心の中がぐちゃぐちゃになって、藤花のことが強烈に憎らしくなった。だから、私は。

 藤花が泣いた。それを見たのが、藤花の顔をちゃんと見た、最後。


 あのときのことを思うと、今も、胸が苦しくなる。私はとても最悪な人間で……でも、藤花だってずるいって思う気持ちも消えなくて。

 小学校を卒業してから農作業を手伝うようになって、家計の苦しさを実感した。利益のほとんどを大統領が奪っていくこともわかった。こんなんじゃ、一生、この国からは出られない。モデルなんて夢のまた夢。

 藤花は、この現実を知っていて言ったの?


「蕾ちゃんなら絶対にモデルになれるよ」


 なんて。

 あの無邪気な笑顔が、私の心に突き刺さる。ずっとずっと、傷つけてくる。藤花に悪意なんてないとわかっているのに。ねえ、私がこんなに苦しんでいるなんて、藤花は知らないでしょ。何も知らないで、きれいな服着て、メイクして、モデルしているんだよね。

 もう二度と「モデルになれる」なんて言わないで。もう二度と、会わないで。

 そうやって、一生懸命、自分の気持ちを閉じ込めていたのにな。

 チョーは、私がモデルになりたかったことを言ったら、


「いいじゃん! 蕾ならなれるだろっ」


って、言った。すごくまっすぐな目で、ちっとも疑っていない様子で、言ったの。

 明日、服を買いに行こうなんて言ってたけど、そんなお金、あるのかな。あの二人、初心者Tシャツに短パンに草履だったけど。

 ふふっ。あの二人のこと思い出すと、なんだか笑える。モコも可愛くて優しくて。バタフライの幼虫って害虫としか思ってなかったけど、なんだか見る目変わったなあ。周りの農家のおじちゃんやおばちゃんにも、モコのことは許してあげてって言わなくちゃ。


 ……チョーとカイソン、なかなか家に入ってこないな。私、眠たくなってきちゃったよ。お父さんも寝ているし、先に寝ていようかな。







 朝、目を覚ましてびっくりした。チョーとカイソンが家の中にいたのはいたんだけど。


「ど、どうしたの!? その恰好!」


 チョーもカイソンも血まみれなんだけど!! シャツも短パンもところどころ破けているし、ボロボロ。


「夜、何があったの!?」


 チョーは後ろ頭をかきながら笑っている。


「ちょっと悪者退治をな」


「チョー、腕、怪我してる」


「怪我っていってもかすっただけだ。たいしたことねえよ」


「カイソンも足に怪我っ」


「俺もかすっただけ」


「もー! 二人とも服脱いで!」


「え!! セクハラ!?」


「違うわよ、いいから水浴びて身体洗ってきて!」


 チョーとカイソンは後ろを向いてシャツと短パンを脱いで、外に出て行った。うちのお風呂は外にある。もうお湯は抜いちゃってるから、備え付けの水道の水で洗ってもらうしかないけど、身体をきれいにして、傷の手当てをしないと。


 二人が水を浴びている間に、私は二人の服を洗濯した。外の物干し竿に服を干していると、パンツ一丁の二人がてくてく歩いてきた。

 ……って、さっきはボロボロの恰好だったから気にならなかったけど、正面からほぼ裸の男が近づいてきたら、もう。

 私は慌てて家の中からタオルを持ってきて、二人に投げつけた。


「お父さんの服出してくるから、とりあえずタオルで身体隠してよ!」


 もう、なんか恥ずかしい! 絶対、顔が赤くなってる。チョーとカイソンに見られてないかな? 本当、恥ずかしいよ、もう。

 チョーもカイソンも腹筋割れてた。チョーは本当にマッチョって感じだけど、カイソンは細身の筋肉質な男って感じ。どっちも良い身体してた。


 ……って、私、何考えてるんだろ! ふだん、お父さんとか、おじちゃんばっかり見てるし、あんな体格の良い若い男なんてこの辺にいないし。そう、珍しいの! 珍しいからドキドキしたの! セクハラなんかじゃないもん。

 ……お父さんの服、二人には絶対に合わないな。どうしよう。

 私は下を向いて、なるべくチョーとカイソンを見ないようにしながら言った。


「二人に合う服がないから、洗った服が乾くまで、タオル巻いててくれる?」


「仕方ねえな。まあ、こんだけ晴れてりゃ、すぐ乾くだろ!」


「蕾ちゃん、洗濯してくれてありがとう」


 思わず二人の顔を見てしまった。チョーのくったくのない笑顔と、カイソンの優しい笑顔。なんだかやっぱり恥ずかしくて、すぐにうつむいてしまった。


「服が乾いたら、買い物行こうぜ。蕾が通っていた小学校の周りに店があるんだろ?」


「なんで知ってるの?」


「親父さんから聞いた。美容室もあるんだろ? 髪も整えてもらえよ」


「そ、そんなにお金ない……」


「ある! 悪党どもからぶんどった……いや、頂戴した金が」


「けっこう稼いだっすよね。運よく、けっこう金持った奴らに遭遇できましたから」


「蕾、何も心配いらねえよ。明日のフェスティバル、思い切りキメていけよ」


 ……二人とも、昨日の夜にお金を稼ぎに行ってたの?

私のために?

 私は泣きそうになったけど、それより、笑ってみせた。


「ありがとう。チョー、カイソン」


 チョーもカイソンも笑った。


「いいってことよっ」


「私とフェスティバル行くんなら、二人ももっとかっこいい服着てほしいな」


「それは……できたらな」


 チョーの目が泳いだ。そこまでの余裕はないのかも。

 人のこと優先して、自分のことは後回しなんて、本当に変な人たち。

 でも、すごく、嬉しいよ。

 ちょっとだけ、明日のフェスティバル、楽しみになったよ。チョー、カイソン、ありがとう。



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