第6挑☆敵か味方か!? ムラサキ陣営の二人
ボクの名前はシロ。ファイナルレジェンドバタフライファンタジーⅩの世界に来てから5年くらい旅しているプレイヤーだ。
このゲームの世界に来たとき、ボクは11歳だった。だから、本当は16歳になるはずなんだけど、この世界では年をとるということがないみたいだ。身長も伸びないし、体重も増えたり減ったりしない。髪型も変わらない。
基本の見た目は変わらない代わりに、ステータスだけが上がっていく。武具なんかもいろいろ変えられるから、ファッションは、少しは楽しめるかな。
ボクは今、クマノ村っていう小さな村に来ている。一年中春みたいな気候で、のどかで小さな村だ。クマノ村の周りは森で囲まれていて、森のなかにはバタフライもいる。っていっても、ノーマルばっかりだけど。初心者が冒険をスタートさせるにはうってつけの村って感じ。
こういうところからスタートできるプレイヤーはラッキーだよな。ボクなんか、最初、氷に覆われた酷寒の大地に放り出されて、本当に大変だったから。最初だから装備もカスだし、寒くて死にそうだったけど、なんとか生きて別のフィールドに移動した。
たぶん、一人じゃ無理だった。ボク一人じゃ、最初もそうだし、ここまで生き延びることもできなかったと思う。
でも、一人でできることも増やさないと。じゃないと、ボクは、この世界でも存在価値を見失ってしまう。
つい先日、アゲハ陣営のプレイヤーから、最上級レジェンドバタフライを見つける手がかりをゲットしたんだ。そのプレイヤーが言うには、クマノ村のハヤタマって酒場に、最上級レジェンドバタフライの居所が記された地図を持った人間が現れるらしい。
それも、今夜。20時ころ。
だからボクは、その地図を盗むために、クマノ村にやってきた。小さな村だから、ちょっと歩いたら、村のすみっこに酒場ハヤタマを見つけた。小さな村には似つかわしくない、広めの酒場。こんな村だから、楽しみが酒くらいしかないのかもしれないな。
きっと、村人たちが一堂に集まれるように作ったんだろう。店の外壁には、村のイベントのポスターが貼ってあるし。
あれ、ちょうど今夜、村の女の人が酒場で歌を披露するみたい。村一番の歌姫、ねえ。こんなところで一番って言われても微妙だな。
けれど、このイベント、20時開始だな。ちょうどいい。みんなが歌に注目している隙に、ターゲットの人間を見つけて、さっさと地図を盗んでしまおう。
ボクは歌が始まる10分前の、19時50分ころにこそっと酒場の中に入り、店の中を見回した。地図を持った人間は、顔に大きなアザがある男だって聞いている。
照明は焼けたような黄色とオレンジ色で、人の顔が見にくい。
どこだ。あんまり時間はない。顔にアザのある男……。
ん?
ふと、ボクの目に留まったのは、照明の色に染まったTシャツを着た男の二人組。広い背中に、「
うわー、初心者二人組か。すっごい、ダサすぎて目立ってる。高校生か大学生くらいの人たちかな? 最近こっちの世界に来ちゃったのか。アゲハ陣営とムラサキ陣営、どっちのプレイヤーなんだろう?
いやいや、あんな初心者にかまっている場合じゃない。顔にアザのある男は……いた! カウンターの端! まだ一人で飲んでいる。待ち合わせの人間はまだ来ていないみたいだな。
絶好のチャンスだ。
ボクは、顔にアザのある男の後ろに忍び寄った。男がグラスからちょっと目を離した隙に、睡眠薬を盛る。即効性の睡眠薬だ、少し飲めばすぐに落ちる。
顔にアザのある男が睡眠薬入りの酒を飲んだ。すぐに意識が飛び、身体が前かがみになる。テーブルにうつぶせになる前に、ボクは男とカウンターテーブルの間に身体を滑り込ませ、男の態勢が崩れるのを防いだ。
地図、地図、地図。ボクは男の衣服のポケットを探る。
あった! ジャケットの内側のポケットから、古びた地図を取り出して、ボクは自分のウエストポーチの中に入れた。
あとは、男の身体とテーブルがぶつかって音が立たないように、そっと男の内側から出て……と。
「おい」
ひっ。
男から離れたところで、突然声をかけられた。誰!?
「お前、こんなところで何してんだ?」
振り向くと、あの、「
「え、あの……」
「お前、未成年だろう。こんな酒場に一人で何やってんだ?」
赤茶色の髪の、ガタイの良い男が訊ねてきた。地図を盗んだところ、見られた!?
ボクは警戒しながら答えた。
「な、何してたっていいだろ! ボクの自由だ」
「いや、こんな子どもが酒場を一人でうろつくなんて、ダメだろ」
「でも、チョーさん、ここゲームの世界だからアリなのかもしれないっすよ?」
黒髪の男のほうが口を開いた。
「現実の法律は、ここでは関係ないんじゃないっすか」
「でもよ、こんな可愛い子どもが一人でウロウロしていたら危なくね?」
か、可愛いって……。ボクは顔が熱くなった。
「なあ、お前、父ちゃんか母ちゃんは? どっから来たのか?」
「う、う、うるさい!」
ボクは男二人組を横切り、酒場から飛び出した。
いったいなんだよ! あの、ガタイのいい奴。チョーさんって呼ばれてたな。この世界で見知らぬ子どもの心配をするプレイヤーなんて、初めてだ。
……いや、初めてっていうか。
ボクは森の中に少し入ったところで、太い木の幹に手をつき、足を止めた。乱れた呼吸を整えていると、木の陰から声がした。
「地図は手に入れたのか」
低く凍てついた声。ほとんどの人間は、この声だけで凍り付く。ボクも最初は怖かった。今でも怖いときがある。
ボクはウエストポーチの中から地図を取り出して、声の主に渡した。目の前に現れた、身長2メートルの大男は、黒いマントから腕を出し、太い指で地図を開いた。鋭い眼光で地図をじっと見た後、視線をボクに向けた。
「よくやったな、シロ」
ボクは少しほっとして、口元が緩んだ。
でも、それは束の間だった。
大男の眼光が鋭さを増し、ボクの後方を睨みつけた。
「おーい!」
この声!
振り向くと、さっき酒場で声をかけてきた初心者二人組がいた。
「お前ら、なんでっ……」
「なんでって、逃げるからだろ」
「俺は、チョーさんが追いかけるからついてきただけっすけど」
ふいに、チョーの顔が険しくなった。ボクの隣の大男と睨みあっている。
「おっさん、あんた、誘拐犯か」
「いきなり無礼だな。シロ、この者たちはなんだ?」
ヤバッ。
ボクは焦って説明した。
「いや、知らないっ。こいつらが酒場で声をかけてきたんだ」
「何か話したのか」
「何も話していないよ」
「そうか」
大男はボクの前に進み出た。
「お前たち、新しいプレイヤーか」
「なんだよおっさん、人にもの訊くときは名乗ってからにしろや」
いや、お前もボクに名乗らなかったじゃん。
ボクは心の中でつっこんだ。大男の気配から察するに、チョーに対してそんなに怒ってはいないみたい。警戒はしているけれど、冷静だ。
「俺は
「えっ、パートナーって……」
「俺もシロもプレイヤーだ。お前たちも現実世界から飛ばされてきたのだろう。それで、どちらの陣営だ?」
「陣営?」
チョーが首をかしげると、横にいる黒髪の男が答えた。
「ムラサキツバメ陣営か、ベニモンアゲハ陣営かってことっすよ、多分」
「ああ。そういうこと。俺たちはムラサキツバメ陣営だ」
この二人、ムラサキ陣営なんだ。昨日、プレイヤー数が50名になってたのは、この二人が来たからか。
稲妻はクッと笑った。
「お前たちみたいなのが、大日影の代わりか」
チョーはムッとした顔になった。
「なんだよ、なんか文句あんのかよ」
「いや。我々もムラサキ陣営のプレイヤーだ。つまり、仲間ってことだな」
「仲間……」
チョーはなんだか不服そうだ。横の黒髪の男が、チョーに代わって稲妻に話しかけてきた。
「あの、この人はチョーさん、俺はカイソンといいます。同じムラサキ陣営なんだったら、次にどこ目指したらいいかとか、なんか教えてくれませんか? なんだったら、いっしょに行動するとか」
「あいにくだが、そんな暇はない。連れて行く気もない。せいぜい生き延びるんだな」
稲妻はマントを翻し、森の奥に向かって歩き始めた。ボクは慌てて稲妻の後についていく。
「待てよ!」
チョーが大声で引き留めて来た。稲妻が立ち止まったので、ボクも立ち止まって、チョーのほうを見た。
「おっさん、どうしてこいつを一人で酒場なんかに行かせたんだ?」
「どうしてとは、なんだ?」
「こいつは子どもだろ! 子どもを夜の酒場に一人で行かせるなんて危ねえだろ!」
稲妻は冷たい声で答えた。
「プレイヤーに大人も子どもも関係ない」
「なっ……」
稲妻はチョーたちのほうに振り返った。
「そんな甘い考えではすぐに死にそうだな。まあ、窮地のときにはコスモス美人族を使って俺たちを呼ぶがいい。気が向いたら助けてやる」
稲妻が言うと、チョーはむきになって、
「誰がてめーに助けなんか頼むかよ!」
と、怒鳴った。稲妻はまた、クッと笑うと、チョーたちに背中を向けた。もう、振り返らない。
チョーたちも、これ以上ボクたちにはついてこなかった。
森の奥深く、木の根元にボク一人が入れるくらいの穴を見つけて、稲妻は「今夜はここで眠ろう」と言った。
ボクは木の根っこでできた寝床に入った。稲妻は焚火を焚いて、倒木の上に座ったまま瞼を閉じている。
「……変な奴らだったな」
ボクは小さく呟いた。稲妻から返事はない。
本当、変な奴らだった。とくに、チョーという男。ボクのこと、子どもだからって心配していた。
ボクのこと可愛いって言った。そんなこと言われたの、生まれて初めてだ。なんで、そんなこと言ったんだろう。ボクの何を、どこを見て可愛いなんて思ったんだろう。
始まりの酷寒の地でボクを助けてくれたのは稲妻だ。稲妻がいたから、ここまで生きてこられた。ボクは別に、元の世界に戻れなくたっていい。いつ死んでもいい。でも、稲妻の役には立ちたい。恩があるから。
でも、稲妻は、ボクのことを可愛いなんて思っていないと思う。子どもだから助けたわけでもないと思う。
稲妻が必要としているのは、利用できるバタフライ。つまり、ボクのバタフライだけ。本当は、ボク自身はいらないんだと思う。ずっと、足手まといだって思われてる、きっと。
……考えるの、やめよう。考えたって、無駄なんだし。
チョーって奴が変なこと言うからだよ。でもきっと、チョーだって、少ししたらボクのことなんか忘れるんだ。
ボクだって忘れよう。あんな初心者、きっとすぐにゲームオーバーだ。この世界は、そんなに甘くないから。現実の世界と同じくらい、甘くないから。
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