其の肆拾伍 追跡
「うわわわ、ほんとにいたっ!!」
「何を抜かしてやがる、お前が託宣したんだろ!!」
「遊んでないで……ほら、捕まえますよ!!」
この邪神の島に来る時に使った、弁財天の船に、紫乃若宮、白蛇御前、綾風姫は乗り込んでいる。
目の前には、板状の翼の逆巻丸が全速力で飛んでいる。
既に島から離れて、海の上だ。
かなり後ろに置いて来ることになった邪神の島で、黒耀が一人、道震と戦っている。
しかし、いかに黒耀が強くとも、道震を完全に倒すことはできない。
道震は、この逆巻丸に命を預けることにより、肉体と命を分離して存在させ、肉体が不死身と化しているのだ。
即ち、黒耀を助け、道震にとどめを刺すためには、逆巻丸を仕留めて、どこかに持っているはずの道震の命を破壊することが必要である。
「行けっ!!」
綾風姫が、逆巻丸の真正面やや上方から、巨大な鎖で作られた網を創り出す。
一瞬で逆巻丸は網に絡め取られたのだが。
「ちっ!! 駄目か!!」
白蛇御前が舌打ちする。
逆巻丸は、その身を霧に変えて、網をすり抜けたのである。
「ちっ!! なら、こうだ!!」
白蛇御前が、輪を構えて
その聖なる刃は、逆巻丸の翼を切り裂いたが。
「なんだこいつ……!?」
白蛇御前が苦々しい表情を浮かべる。
切り落とされたはずの翼は、瞬時に再生し、逆巻丸は一瞬落ちた体勢を挽回し、ひと際高い空へと駆け上ったのである。
「おい。おめえら。随分強気だなあ」
逆巻丸が、霊衛衆三人の頭上から嘲り声を浴びせかける。
その身の周辺に、何か黒っぽい、鳥のようなものが姿を見せる。
いや、鳥ではない。
鳥の形に似た、大きな刃物だ。
何の支えもなく、宙に浮かぶどころか、ひとりでにくるくると回転して獲物を狙っている。
そんなものが、十、二十、もっとか。
「ほれ、こいつで死にな!!」
轟音を立てて、千鳥に似た刃物の群れが、霊衛衆の船に降り注ぐ。
四方八方から降りしきる刃物の嵐が通り過ぎた後、そこには何もない……はずであったが。
「けっ、
逆巻丸が忌々し気に唾を吐く。
弁財天の船の周りを、輝く、ところどころに宝珠が飾られた網が取り巻いていたのだ。
それは、通常の網ではありえない。
天部の王帝釈天の持ち物、世を示す無数の宝珠が輝く鎖によって繋ぎ合わされた「帝釈網」。
通常はその写しが、寺院の本尊の頭上を飾っていることが多いが、これは写しでなく、帝釈天から借り受けた本物である。
「そら、これで死ね!!」
悪役みたいな掛け声を発しながら、白蛇御前が再び輪を放つ。
邪神の刃は決して通さぬ帝釈網だが、弁財天の力を宿した輪は外へと通し、更に力を与える。
それは咄嗟によけた逆巻丸の胴体を、それでもかすめて血をしぶかせたが、もちろんその傷も逆巻丸の再生力で瞬時に治癒する。
「この人、人外ですよ。元々、どこかの法師に使われていたのですが。その法師が堕落して、『呼ばれざる者』に与したんですね。その人もその時に」
紫乃若宮は、帝釈網に護られながら、視線は嫌悪を込めて逆巻丸に据えられている。
「主が堕落したら離れればいいだけなんですけど、この人は、『呼ばれざる者』に主以上に傾倒したみたいですね。その主を殺害して、道震に鞍替えしたんですよ」
その光景がはっきり見えているのか、紫乃若宮は袖で口元を覆って厳しい表情を見せる。
「そんなことまでわかるのかヨ。大したもんだな。流石鎌倉を護る八幡大菩薩の御子の弟だけあるぜ」
逆巻丸は、ひらひらと飛んでいた千鳥型の刃物を、今度は巨大な蛭のようなべたべたした生き物に変える。
それが、輝く帝釈網に取り付き、何とか内部に潜り込もうとする。
「逆巻丸。今すぐ、道震の命を封じているものを渡しなさい。道震を庇っても、良いことはないですよ」
綾風姫が、鋭い声音で迫る。
逆巻丸はけたけた笑う。
「そうかよ。俺は、道震にいい目を遭わせてもらったがね。前の主人は気の利かない奴だったが、道震は楽しませてくれる」
「アホか。おめえを利用するためにいい顔してるに決まってるだろ」
呆れた白蛇御前の頭上、帝釈網に取り付いた巨大蛭が、透明な炎を上げて瞬時に消えて行く。
空気中の何かと結びついたように、塵も残さず消えて行く。
「うるせえな。いつもおめえらは神だか仏だかの力を嵩にいい気になりやがって!!」
逆巻丸は、悲鳴のような叫びを上げると、帝釈網の頭上から、まるでとんでもなく巨大なぼた雪のように、巨大蛭が降って一面を埋める。
弁財天の船が、まるでモノの塊のようになった、その時。
どん!!
という衝撃と共に、逆巻丸の背後から何かがのしかかり、空中で彼は驚いて飛び上がる。
「おっ、道震の命ってのは、これに隠してあるのか」
逆巻丸の背後からのしかかったのは、いつの間にか空中に躍り上がっていた白蛇御前である。
彼女を抱えているのは、綾風姫。
白蛇御前は、逆巻丸の腰に下げた、金属の筒を毟り取る。
その瞬間。
絶叫と共に、逆巻丸の全身が燃え上がったのであった。
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