其の弐拾伍 青蓮御前の正体と鎌倉

「青蓮御前殿。そなたは」


 黒耀が、まじまじと青蓮御前を見つめる。

 碧い水瓶を手に、彼女は悪戯っぽく。


「観音丸だけが、仏尊の化身じゃないよ。まあ、あたしは、勢至菩薩せいしぼさつの化身だね」


 龍のような水が消え、飲まれた邪神兄弟が、光になって天に昇る。


「別名、ちょっと大したもんだ菩薩―。このくらいは、できる訳」


 さえずる青蓮御前に、霊衛衆の面々は息を呑む。

 黒耀は、丁寧に彼女を拝する。


「今は、我々の正体より、大事なことがありますよ」


 ふと、観音丸が口を挟む。


「鎌倉にお戻りになった方がようございますよ、霊衛衆の皆様。牙弥様を父王の元に送り届けたら、我らは見紫荘に一端戻り、そこの無事を確認したらその足で鎌倉に」


 間違いなく、それが一番ようございます。

 観音丸は、穏やかに、だが断固として言い切る。


「あんたらはどうするんだい」


 白蛇御前が旅芸人一座、もとい、仏尊の化身とその侍従一行を見据えながら尋ねる。


「鎌倉に付き合うに決まってるじゃーん」


 青蓮御前はきゃらきゃらと笑う。


「多分まずいことになってると思うよー」


 と、その言葉を聞いた紫乃若宮が声を張り上げる。


「ああっ、そうです、まずいですよ!! 鎌倉殿が!!」


 霊衛衆は、一斉に紫乃若宮に視線を向ける。


「若王子さん、鎌倉殿がどうなさったんですか? まさか曲者に?」


 綾風姫が空の風に吹かれながら、紫乃若宮を問い詰める。

 現在の鎌倉殿、幼名三寅みとらと呼ばれた、藤原頼経ふじわらのよりつねは、現在でもわずかに十歳。

 御所の奥深くに護られているはずだとはいえ、霊衛衆抜きの御家人たちが、「呼ばれざる者ども」の使うモノに襲われたら、どこまで護れるのかは、はなはだ疑問。


「ええと、ええとですね」


 紫乃若宮は、胸に手を当ててぜいぜいと。


「命を取られた訳ではありません。でも危ない目には遭っておられます。多分御所に曲者が」


「鎌倉へ戻るぞ」


 黒耀が、天馬の馬首を巡らせる。


「鎌倉殿をお護りし、鎌倉が火の海になり果てるのを防ぐ。行くぞ」



◇◆◇



「うらあ、くらえこの!!」


 白蛇御前のりんが、若宮大路に蠢くそのモノを撫で斬りにする。

 巨大な単眼を持つ、人間の首に無数の足が生えたようなモノが、ぴかりぴかりと目を閃かせ、滅びの輝きを放っていたが、白蛇御前の輪に縦真っ二つにされる。

 そのモノはそのまま塵の山となって崩れ、空気に溶けて消える。

 その後から、部屋一つくらいはありそうな、巨大なエイが炎を纏って踊りかかる。

 それは平べったい体の前に、生白い人間の顔を持っている。


「一体、幾つモノを解き放ったのか。きりがありませんね」


 綾風姫が、虚空に大輪の蓮の花を現出させる。

 その蓮の花は、ひらりひらりと無数の花びらを舞い落す。

 花びらに触れたモノは、一瞬びくりとして硬直した後、光の粒となってさらさらと消えて行く。

 極楽浄土のように無数の花びらが舞う中にで、霊衛衆と旅芸人一座は、その辻子の入口に到達する。


「あ、中にいますよ~~~、物凄くいますよ~~~……」


 紫乃若宮が怖気を振るった顔で、少し先に見える豪壮な御所を示す。

 今や鎌倉は、そこここにモノが満ちている。

 御家人たちは御所に馳せ参じる者も、一族を護って戦う者もあるが、流石に生身の人間の力では厳しい。

 霊衛衆と旅芸人一座は御所に向かう道すがら、倒せるモノは倒したが、それでも湧き出すモノはきりがない。

 まずは頭を叩こうと、恐らくこの鎌倉襲撃の首謀者がいるであろう、宇都宮大路の御所に向かったのであるが。


「ふむ。御所にもモノの群れを突っ込ませたか」


 黒耀は、御所の門の上を飛び越えて跳ねかかって来たそれのモノを迎え撃つ。

 黒いウナギのような細長い胴体の、前後に一つずつ髪の逆立った人間の頭が生えている、一丈ほどのモノ。


「オン・マカキャラヤ・ソワカ」


 輝く闇は球体となって、そのモノの片方の口から飛び込み、一瞬で筒に紙を押し込むようにそのモノの体を裏返して吸い込む。

 一瞬でそれは消え去る。


 そこここに、傷ついた侍たちが倒れている。

 踏み込んだ霊衛衆、特に黒耀は、真言で傷を癒してやりながら、御所内を浄化しようと試みる。


「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」


 黒耀は、入ってすぐのところに倒れていた、見覚えのある顔の御家人を助け起こす。

 血塗れだったその御家人は、薬師如来の真言により瑠璃の光が差し込むと、にわかに息を吹き返す。


「しっかりせよ。鎌倉殿と執権様はいずこか」


 黒耀は、その御家人を揺する。

 彼は目を白黒させて飛び起きる。


「鎌倉殿……あっ!!」


「我らが来たからには、もう大丈夫だ。鎌倉殿と執権様は」


 黒耀になおも問われて、その気の毒な男は呼吸をどうにか整える。


「執権様が、モノを引き連れた女を追って奥に」


 霊衛衆も、覗き込んでいた旅芸人一座も顔を見合わせる。


「モノを引き連れた女……もしや、若い女だったか? 婿を取るくらいの年の?」


「ええ……ええ。そうです、綺麗な、頭に榊の枝を差した若い女なんですが、モノを人の手下みたいに引き連れていて」


 ああ、と綾風姫が嘆息する。


「間違いなく、榊姫だと思います。鎌倉殿を襲ったのですね」


 行きましょう、と先に立って歩き始めると、白蛇御前がその前に盾のように立ち、黒耀が並んだ。

 ケガから救った御家人には、大人しくしているように言い渡す。


 そして、御所の次の広間にいたのは。


「執権様……泰時様!?」


 黒耀が、息を呑んで、倒れ伏す主を助け起こそうとしたのだった。

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