其の弐拾弐 邪神の砦

「ふうん。あなたは幻術にかからないんだな」


「当たり前です。私は、修業を積んだ天狗ですよ」


 その若造の声に、綾風姫はそう応じる。

 次いで、更に辛辣に付け加えたのが。


「あなたがもう少し興味深い方だったら、この幻術にも興味を覚えたでしょうが。今までいくらでも見て来た『呼ばれざる者ども』に毛が生えた存在でしかないじゃないですか」


 そんなの、到底優遇する気になれませんよ。

 綾風姫がそんな風に応じると、彼女を巻き上げている布が、ぎゅっと締まって彼女を締め付ける。


「ねえ、にいさま。もうあきた。ころしちゃおうよ、このおんな」


 玉座と言うべき豪勢な椅子に、座っている若者の隣に、こっちははっきり子供である男の子が、やけに物騒な言葉を放る。


 煌々と灯が灯された砦らしき部屋の、一室にいるのは、旗を巻いたような布でぐるぐる巻きにされている綾風姫。

 そして、彼女を尋問している様子の、十代半ばの若者と、似た風貌の、十になるやならずの子供。

 石造りの異国風の砦は豪勢であるが、その床の上に奇怪な紋様が描かれていて、妙に神経に障る。

 しかもその上に、旗でぐるぐる巻きにされた綾風姫が転がされているのだ。

 その旗にも、血で滲んだような奇怪な紋様が描かれている。

 おぞましく、修業している身だからこそ、嫌悪感が募るその文様は、まさしく「呼ばれざる者」の教えを図にしたものだ。


「まあ、待ちなよ、旗丸。この人にはまだ使いでがある」


 端正な顔立ち、上品な貴公子風のその若者は、恐らく弟であろう似た子供を押しとどめる。


「ねえ、綾風姫さん。あなた、霊衛衆での待遇に満足してる?」


 いきなり尋ねられて、綾風姫は眉を顰める。

 いきなり何だ。


「悪くない待遇ですよ。霊衛衆というのはね。女だろうが関係なく重大事を任せてもらえますし、私の知識も力も必要とされますからね」


 少なくとも、気色悪い旗でぐるぐる巻きにしたりはしない同輩と働いていますよ。

 綾風姫は揶揄を込めて次なる言葉を投げる。


 無造作に話しているようだが、綾風姫は慎重に慎重を重ねて応対している。

 この二人は知っている。

 見紫兼徳の三人の子供のうち二人。

 鬼取丸おにとりまる旗丸はたまるだ。

 末子の旗丸が、この奇怪な旗を操っている。

 そして、真ん中の子供で長男の鬼取丸が、この砦の主らしい。

 まだ十四であるのに、大したものだ。

 かなりの術の使い手と見える。


「あなたなら、重大事も任せてもらえるだろうね? でも、重大事って言っても、あくまで霊衛衆、下っ端の、怪しげなもの専門の者たちの間では、っていう条件がつくんだ。そうだろ?」


 名前と違って優し気な目鼻の鬼取丸が、そんな風に突っ込んで来た。

 綾風姫は、抜け出す隙を探しながら、慎重に応じる。


「御家人たる者、任せられたお役目というのがありますよ。私と同輩の役目は、悪いモノや、あなた方のような邪教徒の問題に応対することですからね」


 鬼取丸はけろけろ笑う。


「ほおら、下っ端だ。あなたは天下を取れるくらいの腕前なのに、下っ端に甘んじている。甘んじさせられているんだろう?」


 綾風姫は翼をぎしぎし言わせる旗の圧力に負けないように気を貼り、少しずつ術の手を伸ばしながら、静かに応じる。


「霊衛衆は、執権様直属。下っ端という訳ではありませんね。私自身も執権様にご進講させていただくこともあります。それに、私が天下を取れるなら、私の同輩たちも大体同じですよ。ただ、それには興味がないんです、私たちは」


 霊衛衆は、何せ忙しい。

 まさにこいつらのような邪教徒、そうでなくても人の集まる鎌倉に寄って来る様々な怪しげな事象の応対に忙殺される。

 天下を取ることを考えている暇などどこにあろう?

 こんなことを話したことはないが、同輩たちも天下が欲しいなどという風情を醸し出していたことはない。

 そもそも、人にある程度尊崇されるような権威なら、全員が持っている。

 仏尊を宿した者、神の子、仏尊の申し子、そして仏法を護持する天狗。

 誰もが、下に置かれない存在なのだ。

 今更追加の、しかも世俗の権威など。


「でもさ、今回みたいに、執権のわがままで、あなた方はこんな遠くまで使いに出され。嫌にならないの? 他人を使って悠々としていられるはずはずなのに」


 多分、並みの人間だったら、一も二もなく丸め込まれる幻術が、この鬼取丸の声にはかかっているのだろうな、と、綾風姫は術の流れを感知しながら判断する。


「あなた方が騒ぎを起こしておいて、他人事みたいによく言いますね。こちらからも伺いますが、あなた方の長姉の、榊姫はどこにおいでなんですか? この砦にはいないとするなら、どこか他の場所に?」


 気にかかっていたのはこれである。

 彼らは三姉弟のはずだ。

 一番上、十六になる榊姫がいないのはおかしい。

 気配を探っても、どうも他の邪教徒の気配がしない。

 この砦には、榊姫はいないのではないか。

 綾風姫はその可能性に思い至り、それが指し示すところを理解しようとしている。


「ねえさまがきになるの? おしえてあげようか、なかまになるんなら」


 旗丸がニンマリした笑顔を向ける。

 なるほど、と綾風姫は判断する。

 わざわざ特別な情報だと、別置しておかなければいけないのが、榊姫の動向という訳だ。


 と。

 その時。

 大音声と衝撃が、砦全体を震わせたのだった。

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