其の拾捌 何者かの加護
「……そなたらは」
さしもの黒耀が、一瞬言葉を失うほどである。
そこにいたのは、まさかのあの旅芸人一座。
見紫荘に残して来たはずであるし、餓鬼道に繋げていた髑髏本尊も壊したのは感知できたのに、何故か来るはずのない彼らがここにいる。
どういうことだ。
豪胆な白蛇御前も、いつもおしゃべりが止まらない紫乃若宮も、思わず呆然として静まり返ってしまう。
彼らは顔を見合わせ、どうも自分の幻覚ではないぞと確認して、ようやくひゅっと息を吐く。
「霊衛衆さんたち、だっけ? 大変そうだねえ」
陽気な傀儡子の青蓮御前がひらひら手を振って近付いて来る。
うっそりした畜生道の日差しの中でも、華やかな傀儡子の装束が澄んだ精気を放って輝く。
極楽の池のような青い目の輝きが、彼女が極めて落ち着き払っていることを示している。
「おにいさんとおねえさんだ」
「あそぼ、あそぼ」
比羅璃と由羅璃が、それぞれ紫乃若宮と白蛇御前に纏い付く。
紫乃若宮も白蛇御前も、童子たちの頭を撫でてやるに、彼らが絶対的に幻ではないということを確認して、改めて彼らを引き連れて来た大人たち、青蓮御前、そして観音丸を見やる。
「あっ、あのっ、観音丸さん、青蓮御前さん!? あなた方……っ、なんでここに!? どうやって現世から畜生道に渡って来られたんですか!?」
明らかに声が上ずっている紫乃若宮が、誰もが感じていた疑問を投げかける。
青蓮御前、観音丸は、ちょっと楽しそうに顔を見合わせてくすくす笑い合う。
「私どもは、こう見えて仏尊の加護のある身なのですよ。霊衛衆の方々、あなた方に近い存在なんですよ、これでも」
観音丸は、艶然と微笑んでそんなことを告げる。
仏尊の加護。
弁財天の申し子白蛇御前や、大黒天の分霊を宿した黒耀のような存在ということか。
あるいは、ものの例えでなしにそのままその意味である「神の子」紫乃若宮や、ここにはいないが、人外に変じても仏尊と知識に仕えることを選んだ綾風姫のようなものなのか。
「……ということは、どうもあたしらに敵対して、とどめを刺しに来たって訳じゃあないんだな?」
白蛇御前はしきりに形の良い唇を舐めている。
かなり緊張しているようだ。
「一体、何者なんだい、お前ら……? 何でここに?」
と。
彼女の腰に纏わりついていた由羅璃が、つんつんと彼女の袖を引っ張る。
「てんぐのおねえちゃん、つれていかれちゃったんでしょ? たすけないとだめだよね?」
白蛇御前ははっとした顔。
由羅璃はまだ続ける。
「だからたすけてあげるのをてつだうって、かんのんまるとしょうれんごぜんがいったの」
白蛇御前が顔を上げるのより先に、黒耀が口を開く。
「……綾風姫がさらわれたのを何故知っている……?」
「あたしらの本尊の仏がね。まあ、お告げしてきたの。あの天狗の姫様が連れていかれたってね」
青蓮御前が、抱えている箱の中から、白馬の傀儡を取り出す。
都合五体。
ここにいる大人の数だ。
「あの姫様、言ってたじゃない? 自分がいれば世界を自由に移動できるって。逆を言えば、あの姫様がいないと、あんたらは世界の間を渡り歩くことはできないってことでしょ? そりゃあ、狙われそうな話だなってねえ?」
青蓮御前が白馬の傀儡に息を吹きかけると、それは見る間に大きく立派な、本物の白馬となって岩に蹄を打ち鳴らす。
「綾風姫様は、今、阿修羅道におられるはず。そこに連れて行かれたと、本尊のお告げです」
観音丸は、静かにそう断言する。
黒耀との間で、凪いだ視線が交わされ、かすかな風に漣が立つように、お互いの意志が行き交う。
「一緒に、綾風姫様を連れ戻しに参りませんか? ついでと言ってはなんですが、連れて行った不埒者を調伏せねばならないでしょう?」
観音丸に、視線で白馬に乗るよう、促される黒耀と霊衛衆。
「危険だぞ。奴らは只者ではない。邪神の分霊を宿した三兄弟だ。一緒に行けばそなたらも狙われる」
黒耀が静かにそう警告すると、観音丸と青蓮御前が声を上げて笑う。
「わかってるってーそんなこと!! でも私の傀儡があれば、戦力は十分なんだから!! こう見えても、仏尊の加護のある身なの、忘れないでよね!!」
青蓮御前が快活に笑う。
観音丸もくすくす忍び笑い。
「わたくしどもが戦えないと思っておられますか? わたくし、こう見えても何度か『呼ばれざる者』の軍勢と戦ったことはあるのですよ?」
観音丸は、さあ、と手で白馬を示す。
「この白馬なら、六道のどこでも渡り歩けますよ。参りましょう、『呼ばれざる者ども』に、時間を与えてやるべきではありませんね」
黒耀は、白蛇御前と紫乃若宮を振り返る。
「これは、紫乃若宮に下された、八幡大菩薩の託宣と一致しておる。信じるべきと思う」
白蛇御前、紫乃若宮共にうなずく。
「ウソみてーな話だが」
「こういうの、地獄に仏っていうんですよ。しかし、阿修羅道って不穏ですよね!!」
彼らは、それぞれ由羅璃と比羅璃を鞍に乗せ――彼らが離れなかったのだ――傀儡の白馬にまたがる。
黒耀もありがたく白馬にまたがったのを確認すると、観音丸と青蓮御前は、騎乗したまま、白馬の腹を蹴る。
一瞬で、五頭の白馬は、宙を踏んで天空に舞い上がっていたのである。
◇◆◇
「うわああああああ!! なんですかこれ!!」
彩雲の折り重なる空間に、白馬が突っ込んで数瞬ののち。
轟音と共に、輝く巨大な戦輪が、彼らを襲ったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます