其の拾陸 推理
「オン・マカキャラヤ・ソワカ」
黒耀が大黒天神印を結び、同じく大黒天の真言を口にする。
その瞬間、輝く宇宙の闇が、黒耀たち霊衛衆の頭上に覆いかぶさりつつあった巨大鷲のつがいを飲み込む。
あっという間もない。
空を覆う巨大な翼は、更に巨大な輝く闇に飲み込まれ、葬られる。
「あー!! あーびっくりした、心臓に悪いですよ!! 寿命が縮まりました!!!」
そもそも寿命などという可愛いものがあるのかどうかも怪しい紫乃若宮が、烏帽子の下の汗を拭う。
「黒耀がいてくれてよかったですね……やれやれ」
綾風姫が嘆息する。
「こんな油断も隙もない世界で、高橋二郎と引き連れている連中って、何をしているんだよ? そもそも高橋二郎って、こんな奴らを退けられるほど強いのかね?」
白蛇御前がもっともな疑問を口にする。
常に何者かから命を狙われる畜生道に堂々滞在できるくらいの力量を持った者が、高橋二郎に同道しているということは、まず間違いないであろう。
高橋二郎自身は、特に何か霊威を操る力を持っていた訳ではなさそうである。
執権の家に出入りする人間にそういう強烈な力があったなら、霊衛衆は嗅ぎ付けたはずだ。
高橋二郎自身は、一介の御家人であり、それがたまたま「呼ばれざる者ども」の一党に加わっていたというだけのことであろう。
だとするなら、この過酷な畜生道で高橋二郎を護っているのは?
「……考えていたのだがな」
黒耀が、岩棚の上の寒々とした風に吹かれて、ふと呟く。
「あの、見紫兼徳の家でのことだ。覚えているか?」
霊衛衆の面々が顔を見合わせる。
「ああ、奥方のご遺体ならありましたね。しかし、他は」
そこまで口にして、綾風姫ははたと考え込む。
「そうだ。奥方以外のご家族は? 見紫兼徳には、子供が三人いたはずです」
上から、十六の女の子、十四の男の子、十一の男の子。
綾風姫は、そのことを思い出し、そういえばあの家に奥方の遺体以外はなかったと断言する。
「えー……その見紫家の子供たちが怪しいっていうことですか? でも、一番上は女の子、男の子二人はまだ子供ですよね?」
怖気を振るったように、紫乃若宮が確認する。
と、白蛇御前がゆるゆる首を振る。
「いいか、『呼ばれざる者ども』が女の子だからって、あるいは子供だからって、邪神の教えを控えたと思うか? あの家は最初に建てられた時から、『呼ばれざる者』を祀る石室を造りつけていた。その子供らが生まれる前からだろう」
綾風姫が、すぐ後を受ける。
「あの状況から推理するに、見紫家の子供らは、幼い頃から『呼ばれざる者ども』としての英才教育を受けていたと見るのが正しいのではないですかね。父親の見紫より高位の邪教徒と繋がっていた可能性はかなりありますね」
紫乃若宮がむむむと唸る。
「その父親より高位の邪教徒というのは誰なんでしょうね? それだけ修業が進んでいるから、見紫家の子供たちは、この畜生道でも害されない力を手に入れているってことなんですかねえ……寒々しいです」
実の父親を我々への撒き餌にするとか、不人情過ぎて。
これだから邪教徒は嫌ですよ。
紫乃若宮はヤダヤダと身震いする。
「……その子供らが生まれた時から『呼ばれざる者』への信仰を叩き込まれていた生え抜きだとしても、その若さゆえに、『呼ばれざる者ども』の中枢にはなれぬであろう。もっと年季の入った先達が指図しているはずだ」
黒耀が、相変わらず水のように静かな目で、遠くを見やって考えを巡らす。
「……彼奴らが高橋二郎を伴って六道巡りをしているのも、恐らく先達と申し合わせた上での行動なのかも知れぬ」
今まで数限りなく戦って来た「呼ばれざる者ども」の行動は、黒耀の知識に刻み込まれている。
先達と言われる生き残った信者は、いずれも老人とは限らない。
「奴らの中には、『呼ばれざる者』の分霊を自らに宿して、小さな邪神となった者がいる。そのくらいの格の信者に率いられていたなら、実に厄介なことだが」
今考えられる限り、最悪の予想をして見せると、霊衛衆たちは一様にぎょっとした顔を見せる。
「……黒耀が大黒天の分霊を宿して小さな大黒天と化したように、『呼ばれざる者』を宿して邪神そのものになった者……だから黒耀が引っ張り出されるんですよねえ」
やっぱり、このくらいの事件となると、その格の者が首謀者ですかね?
しかし、すると誰なんだろう?
鎌倉近辺でそのくらいの大物信者……
綾風姫が考え込むのと同時に、白蛇御前がはたと振り向く。
「おい、何か来る」
空の一角が、暗く曇っている。
雲が出ているのではない。
何か、蠢く影が……
「えっ、ちょっとヤダ、わたくしあの虫は苦手なんですけど!!」
紫乃若宮が悲鳴を上げる。
一瞬で霊衛衆の頭上に展開した巨大な影は、馬よりも大きなスズメバチの姿をしている。
「……おい。なんだいお前」
白蛇御前が、ひと際大きな蜂にまたがる小柄な影に警戒の唸りを上げる。
「……お姉さんたち、『りょうえしゅう』だよね?」
いかにもいいところの子供という風体の、十を一つ二つ過ぎたくらいの男の子が、巨大な蜂にまたがって、霊衛衆を見下ろしている。
周囲は蜂の羽音で耳がつんざかれるばかり。
なのに、その子供の声はやけに明瞭に聞こえるのが奇妙ではある。
「しんじゃえ」
奇怪な子供が、号令を下すと同時に、スズメバチの群れが一斉に襲い掛かって来た。
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