其の拾 約束と地下世界
「何だい、これは……領主の屋敷の地下にこんなものが」
白蛇御前が、その地下に続く階段を覗き込む。
地面までは木製の階段で、地面から下は、石段が地下深くへ伸びている。
地下には見たところ石室があるようだが、どのくらいの広さなのか、ここからは見て取れない。
そればかりか、石段の入口に、小さな机があり、そこに、恐らくはまだ新しいであろう、髑髏本尊が絹に乗せられて置かれている。
恨めしそうな空っぽの眼窩の髑髏は、霊衛衆と旅芸人一座を無言で睨む。
「……恐らく、『呼ばれざる者ども』が本尊を祀る時に使う部屋だと思います。鎌倉の山の中で、こういうのを作っていた者がいましたね」
綾風姫が、端麗な目元を険しく歪める。
「うわ……邪神を祀る専用の石室まで造ってあるってことは、ここの領主の人って、この屋敷を造る以前から『呼ばれざる者』の信者だったってことですよね。鎌倉殿の臣下が古株信者だったなんて」
ほんと、邪教はどこま広がっているんですか。
紫乃若宮が口元を袖で押さえながらこぼす。
「ほら、覗き込むんじゃない。転げ落ちたら大変だよあんたら。……それにしても、ここが餓鬼道と繋がっている出入口な訳?」
青蓮御前が、思わず石室を覗き込もうと前に出かける由羅璃を引っ張って引き戻す。
隣で同じように比羅璃を押さえている観音丸が大きく溜息をつく。
「わたくしの占いで、地面の下……って出て、何のことかなって思ってたんですけど、こういうことですねえ」
「……この髑髏本尊は、間違いなく、時実様の髑髏から作られたものではない。時実様の御首はまだ無事であろう。我らが追って来るのに、髑髏本尊を仕上げる時間はなかったであろう」
黒耀は、その髑髏本尊を暗く澄んだ目でじっと見据える。
全員の目が、黒耀に注がれる。
「……恐らく高橋が、こちらの屋敷に元からあったこの髑髏本尊を使って、餓鬼道への通路を開いて逃げ込んだのであろうな」
と、霊衛衆が顔を見合わせる。
「えっ、ちょっと待ってくださいよ!! すると、餓鬼道に入って高橋を追って行かないといけないってことですか!? ええ!? 餓鬼って汚いじゃないですか、ヤダーーー!!」
早速悲鳴を上げる紫乃若宮だったが、誰も彼に賛同できる者はいない。
高橋が逃げ込んだ以上、時間を置かずに追跡し、北条時実の首を奪還しないことにはまずいことになる。
「仕方ねえだろう。あと、ついでにこの入口を塞がないと、この荘は全滅だし、隣の綾風の故郷だって大変なことになるぞ。塞ぐ時間がかかればかかるだけ、餓鬼は這い出して来やがる。諦めな……って言ってる先から!!」
白蛇御前が、石段をずりずり這いあがって来た死灰色の餓鬼を、戟で粉砕する。
一団で上がって来たようで、少し小柄な餓鬼が塊で這いあがって来るのを、別の手に持つ宝珠で焼き払う。
と。
黒耀が、旅芸人一座を振り返る。
「そなたらに、頼みがある」
旅芸人一座の大人二人は、思わず顔を見合わせる。
「なーに、男ぶりのいい兄さん。ついてきてほしいの?」
わくわくした顔の青蓮御前に、黒耀は静かに首を横に振る。
「逆だ。我らがこの石室に入ったらこの髑髏本尊を壊してほしい」
黒耀はぬらっとしている髑髏本尊に顎をしゃくる。
青蓮御前と観音丸は、思わず顔を見合わせる。
「あの、お待ちください。そんなことをなさったら、あなた方が餓鬼道に入ったまま、戻って来られなくなるのでは?」
観音丸が、髑髏本尊と霊衛衆を交互に見る。
隣で青蓮御前も納得いかない顔だ。
「そうだよ。あんたらのお役目って、その殺された偉いさんの息子の首を取り返すことなんじゃないの? 戻って来ないといけないんでしょ? あんたらの主さんのところへ」
青蓮御前は、断固拒否の構えだが。
「ああ、そのことなら大丈夫ですよ」
綾風姫がふふっと軽く笑う。
「私は天狗ですから。無限の距離や異なる世界の間でも、誰かを連れて飛翔できます。要するに、私がいればどこからでも戻って来られるんですよ」
青蓮御前が、ほへっと変な安堵の溜息をつく。
「ああ……そう……なの?」
「そうそう。さて、そうと決まったら行くか」
白蛇御前が、八つの武器を改めて構えて、先頭に立って、石段を下りようとする。
「わー!! 行かないと駄目ですかあ!?」
「行かないなんてできる訳がないでしょう!! ほらっ、行きますよ!!」
「……行くぞ」
嘆く紫乃若宮を、両脇から綾風姫と黒耀が腕を抱えて石段を下りて行く。
「……では、頼む。一応、荘の中も見て回って餓鬼が隠れていないか確認してくれ」
黒耀が振り返り、目で髑髏本尊を示して、観音丸と青蓮御前に依頼する。
更に童子の比羅璃と由羅璃を見やり。
「……安全だとわかったら、そなたらは早めにこの荘から離れた方がいいやも知れぬ。餓鬼道での用が済めば、我らは鎌倉に戻るゆえ、何かあったら鎌倉に来ると良い」
黒耀が、紫乃若宮の片腕を抱えたまま、地下の暗がりに消える。
しばらく息を詰めていた旅芸人たちの耳に、完全に霊衛衆の足音が届かなくなる。
異なる世界に踏み込んだのだと、観音丸には理解できる。
◇◆◇
「……そろそろ、壊しちゃっていいかなあ」
霊衛衆の気配が消えると、一転、青蓮御前はのんびりした口調で、首にかけた箱の中から、獅子の傀儡を取り出す。
見る間に木製の獅子は、本物よりも巨大な獅子に変ずる。
「ええ、大丈夫でしょう」
観音丸がうなずくと、獅子のたくましい前肢が、置かれた机ごと、髑髏本尊を粉砕する。
石段の奥底の、無限の暗闇が薄れる。
差し込んで来た朝の光の中で、うっすらと石壁が窺える。
さっきまで、無限の穴倉であったのに。
何より、霊衛衆の気配はまるでしない。
誰もいないのだ。
「あのおにいさんたち、どこへいったの?」
「がきどうからはかえってこれるの?」
比羅璃と由羅璃が、こわごわ石室を覗き込む。
「さあて」
観音丸は、ぞっとするような、妖艶な表情を見せる。
何もかもわかっているかのような表情。
「どうでしょうねえ?」
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