其の陸 旅の一座との出会い

「わたくしは、この一座の、まあ、座長でしょうか。持者で、観音丸(かんのんまる)と申します。お見知りおきを」


 持者の観音丸が、艶然と微笑む。

 派手な小袖の上に、巫女の千早を羽織り、胸に水晶の長い数珠を掛けている。

 髪は巫女のそれのような垂髪で、手入れがいいのが焚火のまだらの薄明りでもわかる。

 体つきを見れば細身の男であるが、目鼻は化粧もあってか艶麗で、じっと見ていたくなるような蠱惑に満ちている。


「……そなたらは、旅芸人か? 何故このような場所にいる?」


 黒耀は、静かな、だが断固として反論など許さない響きの声で、観音丸を詰問する。

 旅芸人の一座が、こんな山中の祠にいるのはおかしい。

 すぐ麓に人里があるのだ。

 旅芸人として貴重な娯楽を山里で提供すれば、地頭か名主(みょうしゅ)の家にでも、何日かの宿を乞うくらいは許されるであろう。

 何故、そうしないのか?

 わざわざ、「呼ばれざる者ども」の出入りの疑いのある山中の窟に寝泊まりしているとしか思えない。

 どういう経緯でそうなったのか。


「よーしよし、行けー」


 派手な頭巾の傀儡子が、黒耀の問いの返答とばかりに、何か小さな生き物を足元に放つ。

 ぽてぽてといとけない足取りですり寄って来る、小さな白い影は……子犬だ。

 三、四匹いるだろうか。

 まるっきり白い毛玉といった風情で、警戒心を抱くのは難しい。


 それを放った女は、異国的なくっきりした顔立ちの、美貌の持ち主である。

 霊衛衆の目には、この闇の中でも、極楽の池かと思わせるような、瑠璃色の瞳が焼き付く。

 釈尊の瞳というのはかくもあろうか。

 いかにも旅芸人風の、花菱に鳳凰の派手な小袖に袴、共布の頭巾。

 大きめの抱え箱を脇に置いている。

 悪戯っぽい表情で、彼女は傀儡の子犬に注視する霊衛衆を見守っている。


「ああ……もふもふしてらあ……」


 白蛇御前が、足元に這って来た子犬を、思わず抱き上げる。

 子犬はくんくん鳴きながら、白蛇の顔を舐める。


「ちょっと、白蛇さん!! 丸め込まれないでください!!」


 紫乃若宮が、思わず噛み付く。


「全くアナタ、人間なら平気で輪切りにするのに、こういう小さな生き物には弱いんですからどういうことですか」


「いえ、でも、これは確かに見事ですよ。白蛇さんが傀儡とわかっても心惹かれるのも道理。並みの人間だったら、そもそも傀儡だとすら気付きますまい」


 綾風姫が、足元に来て尻尾を振る傀儡であろう子犬を、鋭い天狗の目で観察する。


「……傀儡として作られた生き物は、普通はこんなに真に迫ってませんよ。どこか動きがぎこちなかったり、そもそも見た目が不自然だったりいたしますからね。これほど生身の生き物にそっくりな傀儡など、私は見たことがありません」


 綾風姫は、こちらは白蛇御前とは違う理由で、思わずその傀儡の子犬を抱き上げてしげしげ観察する。

 どこからどう見ても、人工物の不自然さがないと確認すると、すっかり舌を巻いた模様。


「でしょう? 天狗のお姉さん、私の傀儡は見事でしょう? これでもだいぶ修業してこうなったんですよ。さっきの獅子もなかなかだったでしょ?」


 その派手な傀儡子は、そう口にして嬉し気に微笑む。

 言葉も特に不自然ではない。

 恐らく子供の頃から日本にいるのだろうと、黒耀は見当をつける。


「……見事な傀儡子殿じゃ。そなたは何者じゃ」


 黒耀が水を向けると、傀儡子は箱の中から何かの傀儡の元になる人型を取り出して太陽のように微笑む。


「私は、傀儡子の青蓮御前(しょうれんごぜん)。生まれは遠い海の向こうのそのまた西の国なんだけど、もう故郷のことはよく覚えてないなあ」


 しれっとそんなことを口にして、青蓮御前は、背後で固まっている、童子二人に目をやる。

 流石に幼子二人は眠そうで、小さな体を寄せ合っている。


「この子たちは、旅の途中で拾った子でさ。戦で頼れる当てもなくしたみたいだ。名前は、男の子は比羅璃(ひらり)、女の子は由羅璃(ゆらり)と呼んでいる」


 二人の童子は、大人たちのやり取りにあまり興味がないようで、布を被ってうつらうつら。


「……旅芸人であらせられるか。鎌倉には寄られたか」


 占いを生業とする持者と、傀儡術を生業とする傀儡子が、組んで全国を回る。

 その旅の途中で、みなしごを拾って雑用に使っている。

 特に怪しいところはない。

 だが、引っ掛かるのは。


「わたくしの占いに出ていたんですよお。鎌倉から人が来るってね?」


 観音丸が、首の数珠を両手で支える仕草をする。

 恐らく、彼はこうやって占いをするのだろう。


「あなた方、もしかして、鎌倉のお偉方のお使いですか? そういうのも出ていたんですけど」


 観音丸に更に畳みかけられて、黒耀はますます怪訝な顔を見せる。

 確かに、占いの達者なら、ある程度の未来予測や看破は可能であろう。

 妙なのは、旅芸人一座は、霊衛衆の素性を大まかにでも見抜いていそうな様子であるのに、肝心の霊衛衆が、彼ら旅芸人一座の素性を見抜けないこと。

 託宣の神の御子である、紫乃若宮の力が役に立たない。

 親や姉と違って完璧ではない紫乃若宮であるが、それでも並みの人間の素性を見抜けないなどということはあり得ぬ。

 すると、答えは一つ。


 この旅芸人一座の面々は、只者ではないということ。


「まあ、そちらにお座りなさいな。鎌倉の話でも聞きたいなあ」


 青蓮御前が、倒木と岩を指し、座るよう促す。

 黒耀は霊衛衆に目配せし、その倒木の一角に座る。


「何で子供さん連れのあなた方が、こんな山の中で野宿なさってるんです? 麓の見紫荘の方々で、どなたか泊めてくれなかったんですか?」


 紫乃若宮が、岩に座って、早速詰問する。


「ああ~……そのことなんですけど」


 観音丸は、青蓮御前と顔を見合わせて溜息をつく。


「どういうことじゃ」


 黒耀は、すっと黒々とした目を細める。


「あの人たちさあ……」


 青蓮御前が振り向く。


 彼らの背後の、怪物の口のような窟。

 その奥から、何かを引きずるような音が、ずるずると聞こえて来たのだった。

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