其の伍 持者と傀儡子と童子二人

「呼ばれざる者ども」とは、かなり前から日本国各地で勢力を伸ばしている邪教集団である。


 こいつらがどこから発生したのか、誰も知らない。

 ただ、その教義の簡素にして力強いこと、そしてそれだけにどうしようもなく邪悪であることがよく知られる。


 ――そして、その「邪悪」は、やろうと思えば誰でもできてしまうということも。


 彼らは言う。

「邪教の本尊に、必ず生贄を差し出せ。さすれば、何でも願いを叶えよう」と。


 本尊は、その信者の身近な者、あるいは彼が尊崇すべき者の髑髏で作られる。

 その髑髏を、交合した男女の和合水――要するに精液と愛液の混合物――を塗り付けて穢した後、更に生贄にした者の血を捧げる。

 とにかく、自らの欲得のため、誰かを陥れて苦悩の果てに命を奪い、それをもって生贄となす。

 そうした犠牲者の魂を本尊は食らう。

 その本尊によって奉じられる神格、それは伝え聞くところによると、黄泉の奥底深くに眠る邪神。

 それに生贄を捧げると、必ずそれと引き換えに願いを叶えてくれるのだ。


 そのいわば邪神との取引というべき簡素かつ邪悪な教えに、傾倒する者は後を断たない。

 単純に快楽を伴う儀式が付属し、また、その邪悪な儀式の効果が覿面であるからだ。

 一つの生贄につき、必ず一つの願いが叶えられるのだ――その願主以外の人間を、最大限害するやり方で。


 無論、このような邪教が跋扈するのは、時の幕府にとって非常な悩みどころであり、歴代鎌倉殿及び執権たちが、代々対策を講じてきた。

 その中で最も有効な対策が、異能集団「霊衛衆」による対抗措置である。



◇◆◇



「あら、あなた方、どこの子? こんなところで何をしているの?」


 綾風姫が、その小さな二つの人影を見咎める。


 窟山の、麓の一角、山中に続く小道があるような場所。

 もちろん周囲は未明の暗さで、霊衛衆でなければ行動など思いつきもしない闇の中。


 その霊衛衆ならではの、夜目の利く面々の目に留まった者。

 それが、この真夜中に場違いも甚だしい、幼い子供たちである。


 山中に分け入る道の前に、男女の子供が二人。

 子供の尼削ぎの髪型に、女の子は黄色、男の子は緑の小袖を纏う。

 そんな子供が二人、真っ暗な山裾の草原で、空から舞い降りて来た霊衛衆を見つめているのだ。


「……妙なことよな」


 黒耀が、神馬から降り立つ。

 その童子たち、六つくらいの子供らを眺める。


 黒耀の目からしても、人間の子供に見えるが、それだからこそ奇妙である。

 こんな時間に、山の入口に子供。

 人外の類だと言われた方が、まだ納得がいく。


「おい、紫乃。このわらべどもは何だい? お前なら見通しているんじゃないのか?」


 白蛇御前が、神馬から降り立つなり、紫乃若宮を振り返る。

 彼も神馬から降り立つところだが、表情が怪訝だ。


「いや、わたくしにも……あの、おふたりさん? あなた方みたいな子供が、こんなところで何をなさってるので?」


 紫乃若宮の、神の子としての天通眼でも見通せないとなると、この子供らは只者ではないということで。


 童子たちは、顔を見合わせて、にい、と笑う。

 と、いきなり身を翻して、山道の方に走り出す。

 途中で一度振り返り、霊衛衆に向けて手招きをする。

 そして、また山道を踏み分けて、あっという間に暗がりの森の奥へ。


「なんなんだ、ありゃあ……。人間にしか見えなかったけど、露骨に怪しいぞ」


 白蛇御前が首を振る。

 困惑しきりといった表情。


「ただの人間にしか見えないのが余計怪しいですけど……。並の人間、まして子供が、こんな時間にこんなところにいる訳ないですからね」


 綾風姫がこういうからには、天狗の悪戯ではないようだ。

 すると、あの子供らは何者なのか。


「……どの道、窟へは出向く予定だったのだ。この道を行けば、窟に辿り着くであろう。行くぞ」


 黒耀が、神馬を山裾に置いたまま、配下たちを山中に誘う。

 彼の黒衣が、闇の中でますます黒い。


「ああ、やだ、悪い予感がしますよ。何ですかあのお子様たちは!?」


 この先に仲間が待っていてざくりっていうんじゃないでしょうね、と紫乃若宮がきゅうきゅうと文句をまくしたてる。


 霊衛衆は、黒耀を先頭に、山道に分け入る。

 猟師が使う道、もしくは、山中にあるという窟の祭祀の際に使う道なのであろう。

 細いが踏み固められた道が、蛇行しながら山中に伸びている。


「む」


 黒耀が足を止める。

 続いて、背後の霊衛衆の面々も止まらざるを得ない。


「えっ……何だい、獅子!?」


 白蛇御前が、黒耀の横から首を出して、その光景に息を呑む。

 そこにいたのは、あの子供たちだけではない。

 その子供たちがまたがる、白い大きな生き物がいたのだ。

 童一人につき一頭、計二頭の、それは獅子に見える。

 夜闇の中に白い炎のように発光する、巨躯の獅子。

 馬に迫るほどに大きい。

 うねるたてがみが太陽にも似る。

 その背中に一人ずつ、あの不思議な子供たちが乗っている。


「あのー、これって……綾風さん」


 困惑しきった紫乃若宮が、知恵一番の天狗、綾風姫を振り返る。


「日本に獅子はいませんよ。それに、この獅子は、生き物ではありませんね」


 綾風姫は、翡翠の翼を広げて警戒気味である。


 と。

 獅子どもが咆哮する。

 鮮やかな白い巨躯を翻し、その獅子どもは木々を飛び越えるようにして、更に山奥に消える。


「……綾風姫」


 黒耀が、獅子の飛び去った咆哮を睨んだまま、背後の綾風姫に問う。


「はい?」


「……あの獅子は生き物ではないと言ったな?」


「ええ。恐らく作り物です。見事な細工ですね」


 綾風姫は、冷静に応じる。


「多分、腕利きの傀儡子(くぐつ)がいますよ」


「傀儡子か。なるほど」


 黒耀は首を傾げる。


「行くぞ。案内してくれるというなら、応じねばなるまい。まだ敵と決まったものでもない」


 淡々と口にし、黒耀は更に進む。

 霊衛衆の面々は、顔を見合わせて、結局後に続く。



◇◆◇



「おや。これは珍しいお客様です。鎌倉からおいでになったのですか?」


 山中にぬっと威容を見せる、その窟の手前。

 簡素な祠のあるその場所に、四つの人影が見える。


 うち、二つはさっきも見た、あの男女の童子。


 そして、もう二つは、男女を判じて良いものか。


 一人は、胸に長い水晶の念珠を下げた、旅装束の、一見女に見える姿。

 だが、誘いかけるように座ったその女の、はだけた胸にはふくらみがない。

 いでたちからするに、間違いなく、女装した男の占い師――「持者(じしゃ)」である。

 話しかけたのは、この者のようだ。


 もう一人は、更に風変わりである。

 長い巻き毛を頭巾で覆い、焚火の火の中にきらめく瞳は瑠璃のような紺碧である。

 目鼻立ちが非常にくっきりとしており、異国の仏像のような壮麗さ。

 手にしている白く塗られた獅子の傀儡は、もしやさっき童子たちを運んでいた獅子であろうか?

 どうもこの者は、異国の血を引く「傀儡子くぐつ」である。


「お互い事情があるようですね? こちらへ来てお聞かせ願えませんか?」


 傀儡子が、好奇心を含んだ声で、そう呼びかけて来たのだ。

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