第5話 魔王軍襲来とその他の視点1

 我が名は魔王軍第八突撃隊隊長のジガンテクス様である。我らが王、魔王様から直々にこの資格を受け、さらに力も少しだけ授かった。

 そして今宵、我は勇者を召喚したというグレイトス王国を襲撃する!


 人間陣営に送った我らの精鋭諜報部隊によれば、数百年に2、3回しか出来ぬ勇者召喚を2度も失敗したそうではないか!

 1度目はやる気のない勇者。2度目は犬ときた。思わず吹き出しそうになった。

 我ら魔王様から力を授かった魔族に、人間など勝ち目は無いッ! どうせ今頃人間らは慌てふためいているところであろう。全く滑稽よ! ガハハハハハ!!


「魔王軍第八突撃部隊、全軍進軍だぁああああ!!」


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 俺はカルド。冬夜の邸宅で暮らしながら親父の手伝いをしている。鍛治師見習いだ!

 今日も冬夜はぐーすか、ぴーすか。最初に毎日叩き起こしてやろうかと思ったが、最初の1日でもう俺をまるで敵かのような目で見るもんだからやめておくことにした。

 でも朝起きたら気持ちいいんだけどなぁ……。朝日すらも浴びたく無い人間なんて初めて見たぜ。


 ついこの前は邸宅に前代勇者の人も来てびっくりしたが……まさか王側付きの騎士に魔王討伐全任せするって聞いた時は、最早流石だなと思った。

 それから毎日その騎士さんは外庭で訓練している。朝から夕方まで。一体いつ休憩を取っているのかさえも分からねぇ。

 いつ魔王軍が襲来してきても良いように。なんてことくらい分かるが……無理は禁物だぜって言いたい。


 騎士ってみんな偉そうなんだよなぁ。あの人は国と民のためなら身を削ることもいとわない。そんな雰囲気だけど、対して俺は平民の中の平民。まだ仕事すらついてねえ子供だ。歳は20歳超えているがな……。

 まぁ、こっちは守ってくれている立場。応援しか出来ねえな!


 そうして冬夜が魔王討伐を騎士に任せて数日後、夕方に親父の店の片付けをしている所だった。重たい鉱石が沢山入った箱を、となりの倉庫に運び入れる時、街の東門方向から轟音が鳴り響いた。まるで家が倒壊する程の大きな音だった。


「なんだ? 今の音……」


「良くあることだろ。カルド! ぼさっとしてねえで早く持ってこい!」


 確かに。家が壊れることは流石に稀だが、冒険者同士の諍いとか。まぁ良く起こる。ただ音の大きさは異常で、俺はしばらく親父の声も無視して東門方面を見ていた。

 しかし次に聞こえたのは悲鳴だった。それも複数の。化け物を見たとかいう程度ではなく、何かに襲われている悲鳴。


「親父! なんかやばくね?」


「クソがよ……。どうせいつもの……こと」


 親父はため息をついて俺の持っていた箱を持ち上げようとした時だった。

 悲鳴はさらに増え、爆音、轟音、吹き上がる煙。その音は確かにこちらに近づいてきていた。


「ったく面倒くせぇなぁ!! また店が破壊されて溜まるかよ! 最後に来たのはいつぶりだぁ?」


「どうしたんだよ親父! 早く逃げるぞ!」


「カルド! テメェは先に逃げてろ! 俺ぁ1度目でブチ切れてんだよぉ! あん時はまだガキだったが、次はやらせねえぞ!」


 親父の様子が変だった。親父がガキの頃ってことは、俺が生まれる前に何かあったのか。

 だがそれはともかく、親父も俺も筋肉はあるけど戦う力は持ってねえ。でも俺が親父を引きずるほどの力も無え。


「あぁもうなんなんだよ! 絶対に死ぬんじゃねぇぞ親父ぃ!」


「誰に口きいてやがるクソガキが! 早く行け!」


 俺は親父をおいて冬夜の家に向かった。あいつはいつも寝てばかりだけど……こんな時くらい役にたってくれるはずだ。


◆◇◆◇◆◇


 そうして20分ほどで冬夜の邸宅に到着。外庭にいたはずの騎士さんは既にいなかった。きっと騒ぎを聞いて行ってくれたのかもしれない。だから俺は叫ぶ。冬夜がいるであろう2階の部屋に向かって。


「冬夜ぁああああ! 起きろおおおぉ!」


 そうすれば大きな窓ガラスに嵌められた、小さな窓を開けて冬夜が顔を出してくれた。


「やぁおはようカルド。どうしたんだそんなに血相変えて……」


「襲撃だ! 普通なら常駐している冒険者がやってくれるが、今回は魔族かも知れねえ!」


「あぁそれね。知ってるよ。さっきセルディナが街の方に向かってくれたから……安心しても良いんじゃ無いかなあ」


 俺は呆れた。まさかここまで怠け者だったなんて。でも、だからこそ勇者の使命を放棄したんだろうなとも少しだけ同情する。

 勇者は何かをすればそれらの責任は全て勇者にのしかかる。俺もガキの頃にちょっとだけ勇者に憧れる時期があったが、圧倒的な力で魔族を薙ぎ倒す勇者に。何故か強過ぎるだの、怖いだの身勝手な主観を押し付けられて追放された勇者を何度か聞いたことがある。


 しかしそのほとんどは国民の言葉だ。ここの国の王様は、勇者の使命放棄を許してくれるほどだぞ? 先代の王様がどうなのか知らないけど。だがそれに比べて冬夜は最早全てを諦めている。でも薄情ではない所が良いんだよな。


「心配はしないのか……? 魔族の強さは魔物の比じゃない。人間が勝てないと言われているのはその強さ差が大き過ぎるんだよ。数日鍛えた騎士さんくらいで太刀打ち出来るのか……?」


「うーん。もしこれでセルディナがやられたら運の尽きってことかなぁ。でもいくら心配した所で僕らが出来ることは何もないでしょ。カルドは応戦しにいく? 勝てない相手だと分かっていても? 僕なら決してそんなことやらないな。それは無駄である以上に無謀だからだ。そして最後に面倒と付け足しておこう」


 なんか冬夜と話していると緊迫感がどんどん消えていく。今頃親父は騎士さんと合流して魔族に向かっているかもしれないのに。どうしてかこのままここで待っていても良いかもと思えてしまう。


「大丈夫だと良いなぁ……」


 でもやっぱり、冬夜の言う通りだ。今親父を心配して、騎士さんに応戦したとしても、勝算は0に等しい。

 だからただ東門で戦っている冒険者や騎士さんには願う言葉しか思いつかなかった。


「さて! 防衛線でも貼っておくか!」


「防衛? 僕は手伝わないよ?」


「言わなくても分かってるから、冬夜はゆっくりしててくれ」


◆◇◆◇◆◇


 一方グレイトス王国東門。

 王国騎士セルディナ。


「はぁ……っはぁ……っ! くそ、私はこの国を守らなければならない。民を守るのだ!」


 私は魔族相手に苦戦していた。周囲は火の手がみるみると広がり、抑えきれなかった無数の魔族が街中に侵入。救助活動は絶望的、冒険者も参加しているが運悪くも手練れは全員出払っている。


 魔族の襲撃はあまりにも早過ぎる。つい数日前が勇者召喚の儀だったのだ。もし召喚が成功していればこんなことにはならなかったが、まるで魔族は失敗したことを聞いてすぐに動き出したように思える。まさか街に魔族が紛れ込んでいたとは考え難いが……そうならばこれは王国の警備の緩さによる大失態ということになる。


「だがそんなこと誰も想像できる訳が無いだろう……! 魔族共!! もうじきこの街に勇者が帰ってくる。殺されたくなければここから立ち去れぇ! だが私は一匹とも逃すつもりは無いッ!!」


 私は力いっぱいに叫んだ。勇者が帰ってくるなど嘘。前代勇者は戦えない。当代も戦う気すら無い。もし本当に魔族が勇者召喚を失敗していることを知っていれば、私は全ての魔族にただ挑発しただけになるだろう。


『え? 勇者って今回はいないんじゃなかったか?』


『まさか前代勇者が生きてるのか!?』


 下級魔族が狼狽えている。しかし、そんな私の言葉は恐らくこの軍の隊長らしき魔族の出現で掻き消された。


『狼狽えるんじゃねえ! あいつの言っている言葉は全て嘘だ! そんなに先に死にてえんなら俺様が直々にぶっ殺してやるよぉ!』


 魔族の隊長と思わしきものは、人間の体形を遥かに上回り、真っ黒な肌に巨大な黒い羽根、そして豚のような顔に渦巻きの角が生えていた。

 それは叫ぶと周囲の下級魔族は一斉に気を取り直した。


「くっ……。お前が隊長かぁ!! わざわざ挑発にのって顔を出してくれるとはな。ここで討伐してくれる!」


 もうただの悪あがき。なんてことは分かりきっている。だが私はここで諦めるわけにはいかないのだ。絶対にこれ以上被害を大きくさせてはならない。


『ギャハハハハ! 俺様を討伐ぅ? 人間ごときが調子乗ってんじゃねぇよぉ!! 』


「うおおおおぉ!」


 私は決死の覚悟で剣を魔族の隊長に向かって振り下ろす。分かってはいたが全くの無意味だった。剣は魔族の体を傷付けることさえも許さず、強靭な体によって弾かれ、私は体勢を大きく崩す。


『雑魚が……』


「間に合わなっ! がはッ!?」


 私の体格を拳一つで超える巨大な一撃は、身体が粉々に吹き飛ぶかと思った。しかしそれは何故か手加減されていたようだった。


『口ほどにも無え……人間共は勇者がいないとこんなにも弱えのか? 呆れた。やっぱりテメェは最後に殺してやる。だから……先ずはこの街を蹂躙してやろうぜぇええ! 野郎共! 勇者はもうどこにもいねえ! 好きに暴れ回れえええぇ!』


「ふざけるなぁ……っ!」


 最悪だ。私があまりにも弱過ぎるせいで、魔族に手加減されるなんて。体が激痛で動かない。このまま目の前で民たちが殺されるのを見るしか無いのだろうか。

 魔族は隊長の声を聞けば、東門から様々な方へと拡散していった。


◆◇◆◇◆◇


 1時間後、王国外れ。冬夜邸宅。

 カルド。


「なんか街の方の騒ぎが大きくなっているようなって……な!?」


 俺は目を疑った。時間が経つに連れて街の火の手は大きくなっているように見えていたが、ついに下級らしい魔族の集団と、それらとは桁違いに体の大きい魔族がこちらに向かって来ているのが見えた。

 つまりそれは先に冬夜の家から向かって行った騎士さんの負けを確定していることだった。


 一応予想はしていた。だから俺はここに防衛線を貼るためにルーカスと作戦を練っていた。と言ってもその方法は至極単純。

 俺が魔族を抑えている間に、ルーカスの持つ上級魔法で消し飛ばす。それだけ。


 何故こんなことを考えたのかと言えば、ルーカスは読書好きと言って良く魔導書を読んでいたから。なんて、俺は魔導書とか読んだこと無いし理解も出来ないが、分かるのは魔法を使うために必要な物だってことくらいだ。


「ルーカス! 準備だ!」


 俺は家の中にいるであろうルーカスに叫ぶ。返事は無かったが俺の声なら聞こえている筈だ。


「親父は自分の店だけど……俺は友達を守る! 掛かってこいやぁ!」


『ガハハハハ! 人間のガキが一人だと? さっきのクソジジイと比べるまでもねぇ! 捻り潰してやれ!』


 魔族は人間の力を遥かに超える。だがそれはあくまでも力だけであり、歴代勇者の中には、最後は負けたけど単純な筋肉で捻じ伏せた人もいると聞いたことがある。

 あのデカブツは無理でも、周囲の下級魔族なら、行けるかもしれない。


『ヒャーハハハ! 死ね人間!』


「死ぬのはお前らの方だぁっ!」


 俺は正面から向かってくる下級魔族に対し、自分から仕掛けに首根っこと頭を両手で掴めば、力任せに変な方向にへし折ってみる。

 結果はなんと意外と簡単にゴキッと良い音が鳴り、下級魔族程度なら急所を付けば一撃で倒せることに驚く。


「は! ま、マジかよ……! 試して見るもんだなぁ!」


 人間は魔族に勝てない。そんな常識がこうも簡単に覆せるなんて。思っていた以上に呆気ないことに一瞬手を止めるが、冬夜の邸宅を破壊しようと四方へ拡散していく魔族たちを見てすぐに気持ちを切り替える。


「うおおおぉ! この先には行かせねぇ!」


 だが流石に一人では抑えきれず、どうしても俺を無視して邸宅の中へ入っていく魔族もいた。確か今家にいるのは、ルーカスとアーフィ、メイドのスティカと前代勇者のアルハイルさんだったっけ。

 外の魔族をある程度倒したらすぐに行く! どうか持ち堪えてくれ!


 しかしそんな願いは魔族を倒しながら、俺を無視する魔族を目で追っていく中で、ただ一匹だけ宙を飛んで2階の大窓へ突進するデカブツの姿によって潰えることを知る。


「その部屋は……!!」


◆◇◆◇◆◇


 同時、冬夜。


「ふわぁ〜あ……なんか外が騒がしいな。ついに来ちゃったかなぁ……」


 僕は部屋の外から聞こえる、せっせと何かしら防衛とか誰かと話すカルドの声を聞きながら、窓の外には興味は一切もたずに。そろそろ寝ようかと思っていた。

 だがそれは勢いよく窓を巨大な何かに破壊されることで阻止される。

 バリーン! と耳をつんざく音と、凄まじい突風により様々な家具が吹き飛ばされ、それと合わさって滅茶苦茶にガラスの破片が僕を襲う。


「っう……うわぁ。異世界にきて初めての怪我がこれとはなぁ……なんだかとてもショックだ」


『グハハハハ! 貴様がここの家の主かぁ? 俺様がこの部屋に突っ込んだ瞬間、血相を変えるクソガキの顔が見えたからなぁ?』


「もしかしてカルドのこと? あれ……カルドって21歳って聞いてたんだけど。まぁいいや。さてと、ちょっとベッドが乱れちゃったけど寝れないほどでもないかな」


 僕はやっぱりどうしても眠たいのでもう一度ベッドへ向かうが、鼓膜が破れかねない大声でさらに阻止される。


『俺様を無視するとは良い度胸じゃねぇか!! 魔族を目の前にして狼狽えねえってことは……テメェが勇者召喚に失敗した原因かぁ? なら真っ先に殺すべき人間じゃ無えかよぉ? おぉん?』


「勇者召喚に失敗か。まぁ、そうといえばそうかも知れないな。でも、殺すから好きにしてくれ。今はそういう気分じゃないから」


 殺すとか殺されるとかどうでもいい。死んだら死んだで、それで良いかなと思っているし、とにかく今は寝たいんだよ。ふわああぁぁ……。


『テメェ……怯えるどころか興味すら無えだとおおおお!!? 俺様をこけにするったあ、今すぐぶっ殺してやる! 死ねえええええ!』


 ふと上を見上げれば、巨大な化け物が僕に向かってどでかい棍棒を振り下ろす瞬間だった。あれで殴られたらかなり痛そうだ。

 僕は目を瞑る。が、もう僕は死んでもいい頃の筈なのに何故かなんの痛みすら来ないことに薄らとゆっくり目を開ければ、寸前でカルドが両手で棍棒を受け止めていた。


「うおおぉあああっ! 冬夜ぁ……! お前は自分がいつ死んでもいいとか思っているらしいが……俺たちはお前に死なれると困るんだよおおぉ!」


『あっ!? テメェ! ってなんつー力だ!?』


 カルドはどこから出しているか分からない程の馬鹿力で、到底持ち上げられるはずもない化け物を棍棒ごと体を持ち上げ、割れた大窓の外へぶん投げた。


「ルーカス! 今だああああ!!」


「全く、忙しくて準備に集中出来なかったよ。だが、時間は十分だ。ライトニング・スペリオル!」


 大窓が派手に割れていたおかげで外の音が良く聞こえた。真下の階の大部屋にいるであろうルーカスが叫ぶと、投げ飛ばされた化け物の上空がピンポイントに黒雲が立ちこめると、次の瞬間。聞いたことも無いほどの爆音と共に、強力な閃光により僕の視界は真っ白に。わりと長い間見えなくなる。


『ぎゃああああああッ!!』


「ルーカス! 大丈夫か!?」


「ははっ、まさか戦闘の上位魔法を一度使っただけでこの様とは。知識がいくらあっても身体が耐えられない」


 なにかルーカスにあったようだ。それはそれとして、視界がようやく開けば、外庭に一つ。真っ黒に丸く焦げた地面に先ほどの化け物が黒い煙を上げながら倒れていた。あれほどの雷撃を食らって原型を留めているとは……。


『この俺様が……人間の雑魚どもに……やられるとは……。だが、俺様が倒れた所で……魔族は止まらな……い』


 だが最後の一言を残して化け物は息絶えた。また化け物の言う通り、周囲で暴れていた小さな化け物立ちは狼狽えるどころか、怒り狂う。


『人間殺す! 人間殺す! うがあああ!』


「畜生! 隊長クラスが死んだってのにまだやるのかよコイツら!」


「済まないが……僕はこれ以上戦える体力はない」


 駄目だ。もう眠気が酷くなってきた。化け物に二度も阻止されるなんて思わなかった。早くベッドで寝ないと床で寝ることになってしまう。

 僕はうとうとしながらベッドに向かうが、ベッドに身体を寝かせる直前で、膝から崩れるようにして上半身だけを仰向けにベッドへ。ぶっ倒れた。


「すっげぇ! アーフィって……」


 アーフィも来てくれたのか? あぁもう意識が……。そこで僕の意識も途絶えた。



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寝るだけでレベルアップ〜世界の危機だけど面倒なので強そうな人に全任せして最後まで楽に生きようと思います〜 Leiren Storathijs @LeirenStorathijs

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