第4話 全て任せた
僕は朝に目を覚ました。しかし何故か僕のベッドのすぐ横で、椅子に座りながら静かに寝息を立てるスティカがいた。またサイドテーブルには分厚めの本が5冊以上重ねて置いてあり、スティカの手元には読んでいる途中だったのだろうか。開きっぱなしの本があった。
さて、確か僕は昨日の夜にスティカに本の読み聞かせを頼んでおきながら、本を取って戻ってくる前に先に寝てしまったのだが。そこには"寝ながら学習"するという本来の目的あった。
さて本当に学習出来ているのか頭をひねってみよう。
「昨日の知識皆無と何も変わらないな。駄目だこりゃ」
結果、なにも学習してなどいなかった。
僕が参考にした寝ながら学習法は、最低でも1週間は掛かるらしい。読み聞かせは確かに一番楽な方法ではあるが……こうも一日でも実感が無くては続ける気すら起こらない。毎度スティカを呼ぶのさえも面倒になりそうだ。
勝手に部屋に入ってくる皆との会話の合間にでも聞くとしようか。
そう僕が思考しているとスティカは目を覚まし、やはり虚な目でベッドに横たわる僕の顔を見つめれば、すぐに状況を理解したのか素早く本を片付けようと動く。
「ん……? ……あぁ。申し訳ありません。どうやら読み聞かせ中に寝てしまったようです。すぐに本を片付けます」
「いや良い。疲れているだろう。本はまぁ……うむ。スティカも休んでくれ」
「かしこまりました。ありがとうございます。しかし本は片付けさせて頂きます。例え命令でもこれだけのことを途中で放棄する訳にも行きません。それともご自分で本を読まれますか?」
「読まないな」
「そうですか。それでは」
そう言えばスティカは颯爽に僕の部屋を出て行く。いつもこんな感じなのだろうか。まぁいいか。
さて、今日はまだ朝起きてスティカの寝顔を拝んだだけであり、ベッドから体を起こしてすらいないのだが……。
「今日は二度寝しても良いだろう……」
しかしそれは毎度のことながら扉をノックされる音に邪魔されるのだった。勿論これを無視しても構わないのだが……反射的に返事してしまう。ならば来た客人を目の前に寝こけることが多いか。
「入れ」
「お邪魔します」
また誰か友達が来たのかと思えば、全く聞いたことがない。爽やかそうな男の声だった。そして扉から入って来たのは、茶色の短髪で片丸眼鏡をかけつつ、片手にとても分厚い本を一冊抱えた魔術師のようなローブきた若く見える男だった。
「初めまして。私は貴方と同じ転生者であり、前代勇者でもあった
僕はベッドから身体を起こせば、向かい合わせのソファーにゆったりと座り込み、自分も軽く名乗る。
が、歳が120とは人間の歳を超えているじゃないか。名前は同じ日本のようだが……。
「ほう同じ転生者とはな。僕は寝巻冬夜。失礼だが君は人間か?」
天津と名乗る男も僕に続いて向かいのソファーに座れば話を続ける。
「あぁ、済まない。良く言われる。私は異世界転生で赤子から始まってね、仕事は錬金術師をしている。そして15の時に死さえも癒すと言われる永遠に幻とされた秘薬、エリクサーの調合に成功した。自分で言うのはなんだが天才というやつだ。つまり今の私は不老不死。だから若い姿のまま120歳というわけだ」
「エリクサーか。聞いたことはあるな。治せない病は無いと言えるほどに完全無欠の秘薬。古代でも創作の中でも、全ての生物が喉から手が出るほどに欲し求めた究極の回復薬だったか……。まさかこの異世界にきてそれをついに実現してしまう者と会えるとは。……ふむ。それで、そんな偉人が僕に何の用だ?」
確かさらっと前代勇者とも言っていたはずだ。恐らくあの王の側付き騎士が探してくれたのだろう。まさかまだ生きているとは思っていなかっただろうがな。
しかしそれで全く僕に会いに来た理由が思い浮かばない。どうせその騎士にもう一度魔王を倒してくれと言われた筈だからだ。
「いやはや、勇者に選ばれたのに、楽に生きることしか欲がない。むしろ勇者の使命を最初から放棄したという者が現れたというニュースを聞いてね。面白そうだとすっ飛んできた訳だよ。そして来てみれば本当だった。私が貴方の部屋に入れば、貴方はまだ寝ていたのだから」
「そうだな。君と出会った今でさえも魔王討伐なんて心底面倒だと思っている。この先もやる気が一切起きる気配はない。それで、用はそれだけか?」
「そうそう。私もここで暮らすことにしたんだ。王にも許可は取ってあるし、既に私専用の錬金部屋も作ってくれた。それと私のことは天津ではなく、アルハイルと呼んでくれ。この世界に合わせるために改名したんだ。いくら不老不死でも、転生前のこととか、記憶まで完全に保持している訳ではない。ならばもう私は異世界の人間も同然だろう?」
既に王の許可を取ったと言うが、そもそも僕はもう勇者では無い。王国の一国民だというのにどうして王の許可が必要なのだろうか。まさかとは思うが……いいや。王は僕が国民になることを初めに許してくれたんだ。疑うことは止めよう。
「アルハイルね。分かった」
「さて、僕はそろそろ部屋に戻ろうと思うが……恐らく私をまた呼びに来た例の騎士が貴方の元にくる頃だろう」
例の騎士。今回の魔王を倒してくれる勇者をどうにか探そうとしている人か。ふむ。これから何度も会うかもしれないとは多少考えていたが……恐らくこの世界で生きている元勇者は僕とアルハイルの二人しかいない。
もう諦めてくれないかな。
そうアルハイルが席を立とうとした時、僕の部屋の扉が強く何度もノックされる。
「冬夜殿! いらっしゃいますか!? まさかまた寝ているのですか!?」
「噂をすればだ……。私はちょっと様子を伺おうか。貴方がどれだけの怠け者なのか。個人的に興味がある」
「怠け者とは失礼だな。なにも目的が無ければ動く必要なんて無いだろうに」
「その発想がそう言われるんだよ。セルディナ! 入ってきていいよ」
アルハイルが扉を叩く者に向かってセルディナと呼へば、扉越しからは何かに驚く声が聞こえ扉が開かれる。入ってきたのはやはり昨日会った女騎士だった。
「アルハイル様!? どうして貴方がここに……」
「あれ? 言ってなかったっけ? ここに引っ越すことにしたって」
「君はセルディナと呼ぶんだな。さて話は分かっている。さっさと終わらせようか」
アルハイルとセルディナはそれなりに深い関係なのだろうか。対するアルハイルの語調が少し柔らかい気がする。
それはさておきだ。こんなところで談笑されては困る。話を早く終わらせて僕は寝たい。
だから僕はふと一つの案を考えた。
「話が分かっているなら早いですね。冬夜殿! もう一度お願いします! どうか勇者に」
「断る。だから僕は考えたよ。魔王の討伐、君がやれば?」
「「は……?」」
僕はセルディナがお願いごとを言い終える前に断り、そして勇者の使命とやらを全て押し付けた。それを言えばセルディナと、何故かアルハイルも同時に唖然とした表情を見せる。
「な、なにを言い出すと思えば……それは私が勇者になれと申しているのですか?」
「違うな。君が魔王を倒せば? と言っているんだ。僕は魔王とか勇者にそもそも興味が無い。アルハイルも協力的では無いんだろう? それってさ、もういつ魔王軍が攻めてきて国が滅ぶのも時間の問題ってことだろう? もうお願いするのは止めて。君がやればいいじゃ無いか」
「そんな……しかし! 魔王には勇者の力が必要不可欠であり! 我々ただの人間には、魔王に勝ち目は無いと、歴史が証明しているのです!」
確か王様も歴史が証明している。そんなことを言っていた気がする。全くくだらない。歴史は変わるものだろう? そんなもの証明なんかにならない。
「歴史歴史って……そんなこと言うなら尚更断ろう。ならば歴史は間違っていなかったと言いながら、国が滅ぶのを待てばいい。僕はそれで構わないんだから」
「国が滅ぶ……? 私が拒否することで? そうだ。アルハイル様はなんとも思わないのですか? 魔王軍によって世界を支配されても……」
「私に話を振るな。まぁ酷いことを言うが、私はここの国民ではない。国が一つ滅んだ所で、また他所に行けば良い」
「アルハイル様まで……」
セルディナはアルハイルの言葉を最後にしばらく俯き、じっくりと黙った後。真面目な表情に変わる。
「分かりました。このことを王に報告します。そして私が魔王を倒しましょう。国と民を守るために。魔王に人類の力は敵わない? 違う! それは我々が弱いだけだ! そんな歴史など私が塗り替えてやる! 」
「うむ。良い意気だ。ならばセルディナの部屋と訓練部屋を用意するように頼もう。じゃ、頑張ってくれ!」
「はい!!」
そう言えばセルディナは自信に満ち溢れた表情で大きな返事をしてから、僕の部屋を出て行った。そしてその終始をセルディナの隣に座って見ていたアルハイルは、拳で口を抑えながら笑い堪えていた。
「いやはや、前言撤回しよう。貴方はなんて面白い男なんだ。何物にも興味が無く、死様さえもどうでも良く考える。だからこそ薄情で、てっきりセルディナのことを突き放すかと思いきや……。むしろ鼓舞させるとは。でもそういう意図は勿論無いんだろう?」
「全く無いな。むしろ今回に至ってはくだらな過ぎる言葉にため息をついていたところだ」
これで僕が抱えていた物が全て解決に向かうだろう。
「そうか。良いものを見させてもらった。それじゃあ、私は大抵一階の部屋にいる。いつでも会いにきてくれ。薬くらいなら簡単に作れるから」
そう言えばアルハイルも僕の部屋を出て行った。
……。なぜかとても頭を使った気がする。人の説得なんて二度とやりたくない。次からはアルハイルのいう通り突き放してもいいかもな。
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