第3話 悪魔の囁き
「断る」
「いやそこを何とか……! 頼めるのはもう冬夜殿しかおらないのです!」
「よし、話は終わりのようだな。メイドさん、この人を外に連れ出してくれ」
僕が部屋の外にいるかも分からないメイドに話しかければ、扉越しで「かしこまりました」という静かで淡々とした声が聞こえれば、扉から一気にぞろぞろと僕の知らないさらに多いメイドが入ってきた。そしてそのメイドはすぐに僕の目の前にいる女騎士の身動きが取れないように捕まえると、颯爽と部屋の外へ引きずっていく。
「ちょ、離してくれ! お願いだ冬夜殿! このままだと我が王国、世界は滅んでしまう!」
「僕は別にそれでも構わない。ゆっくり出来るなら、楽を選ぼう。だが最後に一つだけ聞きたい事がある。前代の勇者は今どこにいる?」
「はっ! その手が! い、いやしかし! 前代の勇者の話はもう、すうひゃく」
女騎士は何かを言い切る前に、大勢のメイドによって外へ連れ出され、勢いよく部屋のドアが閉まる。
ふむ。さて、今の話はほんの数分前を遡る。
僕はルーカスと一緒に二番目の勇者召喚式を見に行った。だがそれはただの犬を召喚するという大失敗を犯し、王は次の勇者を年内に召喚する力は無い。という訳でしばらく動かなくなってしまった。
そこで、側付きの騎士が何を考えたのか、召喚式を見る大勢の国民から僕を見つけ、僕は素早くその場から逃げるように家に帰ったが、案の定家まで騎士は来てしまった。
最初は外に出てこいと煩かったが、なんとか家に入れることに成功し現在に至る。
話の内容は一言で言うと、勇者に戻ってくれとのこと。断るに決まっているだろう。どんな報酬、例え元の世界に戻してくれようとも絶対にやりたくない。
というか僕は元の世界では死んでいるんだ。わざわざ復活してまで生きたくない。今回は異世界で復活をしたが……それは僕に芽生えたほんの少しの興味にすぎない。
「さて、今日も予定はないし。あの騎士から逃げるのに疲れたから寝ようかな」
そう僕がソファーから立ってベッドに向かおうとした時だった。今回は部屋に王族のラフィネが入ってきた。
「今日も怠惰に寝るのは私が許さないわ!」
「今日は疲れたから寝るねぇー。おやすみぃー。多分夜に起きるからそれからぁー」
「ちょ、まっ、えぇ……?」
僕はラフィネのかなりどうでも良い言葉を無視してベッドに寝転がり、すぐに眠りに落ちた。
─────────Status ────────
───────── Skill ────────
・アップスリーパー
・コミュニティバースト(New)
「人脈は如何なる武器とどんなに恐ろしい兵器にも勝る強い力となる」と、ある賢者が言い残した言葉の通りに、彼は人の輪を真なる力へと変えた。
◆◇◆◇◆◇
静かに目を覚ます。時間はカーテンを恐る恐る少しだけ開けば、綺麗な三日月が浮かぶ夜になっていた。かなり良く寝た気がする。疲れていたからだろうか。
確か寝る前誰かと話していたような気がする。うーむ。
「なんかどうでもいいことだったような……」
「どうでも良く無いわよ!」
「やぁおはようラフィネ。なにか要か?」
「全く、また真昼間に……。今回は夜に目覚めたから許してあげる。それで、単刀直入に聞くけど。貴方、勉強はできるかしら?」
「そこそこだけど、とりあえず先に断っておこう」
「話は最後まで聞けえぇー!」
ラフィネは何に怒っているのだろうか。王族なのは知っているが、初対面も偉そうだった。別に嫌いにはならないが、こうも理由も分からず怒鳴られるのは正直言って不快だ。
「あたしに勉強を教えなさい。城に私の専属のメイドや執事もいるんだけど……どいつもこいつも言葉が難しすぎるのよ。勿論、貴方がこの世界のことを殆どが知らないのは分かってる。でもそれで良いのよ。あたしが勉強に必要な物を全て持ってくるから、あたしに勉強を教えるために、今から世界の勉強をしなさい」
「ふむ。なるほど。それならば尚更のこと断ろう。僕は面倒ごとが嫌いなんでね」
「だーかーらー! 貴方もこの世界きてもう2日目でしょう? 知識は早めに蓄えた方が良いんじゃないの??」
「面倒だ。知識なんて散歩しているだけで蓄えられるもんだ。わざわざ勉強する必要はないだろう。学校で学ぶ知識の8割は役に立たないとも言われるんだから」
「え……そうなの?」
勿論これは僕の私論である。というか僕は小学校すらまともに卒業していないのだから、高校までの知識なんて学んでいないものと同じだ。でも、僕は普通にこうして生きているし、会話も出来ている。やはり情報の海と呼ばれるネットは素晴らしかった。
どんなに興味がなくとも、目に付く文章を読み込むだけで必要最低限の知識は見につくのだから。
「あぁ、そうだ。だからラフィネもいっそのこと勉強なんてやめてしまえ。適当なことをして、適当な本を読み漁るだけでも良いんだ。それだけで良い」
「それってもしかして貴方の世界では当たり前のことだったりする?」
ラフィネはやはり子供か。僕の言葉を急に興味津々に聞き始めた。ならば堕とそう。僕という存在まで。
「当たり前なんてくだらない考えを当てはめるのもやめて良い。自分の考えに正直に生きるんだ。そうすれば……僕みたいな人間が出来るという訳さ」
「む、最後の言葉には納得行かないけど……、良い生き方じゃない。あたしは城で王の娘だの、王族として威厳だの、散々言われてきたけど、これから自由に生きるわ! 強制されている勉強なんて捨ててやる!」
そう言いながらラフィネはとても大事そうな本を僕の前に破り捨てた。これがどういう問題を引き起こすかなんて、全く興味が無い。
「よし、これで話は終わりだな。これからは僕のプライベートな時間だ。部屋から早く出ていってくれ。あぁ、床に散らばった紙は片付けるように」
「ふふふ、分かったわ。これからの生活が楽しみだわ」
ラフィネは薄気味悪い笑みを浮かべながら、紙をかき集めて部屋から出て行った。
こうして悪役令嬢とやらが出来上がるのだろうか……?
さてラフィネによって知識の蓄え方を少しだけ考えていた。散歩するだけでも良いとは言った、適当な本を読み漁るだけでも良いとは言った。しかし僕は歩くのも読むのも面倒。当たり前だがこの世界にネットも無い。
もし、今回のように誰かと話す機会が会った時、元の世界では特に問題はなかったものの、ここ異世界で常識の違いによる会話の食い違いがあった場合、面倒ごとになることが予想できる。
しかも僕自身のストレスにも繋がる可能性だってある。知らないことをつらつらと述べられるのは、聞かなければいいと思えば解決するものの、"人の話を聞こうとしない"ことでさえも、勝手に耳から入ってくる情報に理解できない物を脳に保管しておくのもストレスが溜まるし、それを排除しようとするのも疲れる。
全く、興味が無い。面倒だと散々言っている僕だが、脳が勝手に処理しようとすることに関してはどうしようもできない。
そしてこれらの問題を解決する最も楽で、体を動かす必要が無い方法とは、そう。読み聞かせである。
確か少し前に元の世界で『高速学習』を名目に、寝ながらでも脳が自動的に学習するという根拠も特によく分からない。ある有名人もこれで言語を学習したという宣伝によって、一時期流行った物がある。
ならば絵本の読み聞かせと同じ方法で、適当な書物を読んでもらうだけでも学習出来るのでは。と思った次第だ。
ならば早速呼ぼう。
「メイドさん。ちょっと頼みがあるんだ」
この人はいつでもどこでも側にいるのだろうか。呼べば1分もしない速さで来てくれる。茶髪のショートボブで茶色の瞳、特に盛りどころも無い普通の体型。しかし何故かいつも光の宿っていない虚な目で、口調も淡々としている。
「本の読み聞かせをして欲しいんだ。絵本では無い。本当に適当な小説や図鑑でもいい。この世界のことが知れればいいんだ」
「かしこまりました。此処の書斎にある本をいくつか持ってきます」
そう言えばそそくさと僕の部屋を出ようとするメイドを直前で呼び止める。
「ちょっと待って。その前に君の名前を教えてほしい。いつもメイドさんって呼ぶのもアレだから。ただ君が今のままでも構わないなら良いが……」
「いえ、私以外にもメイドはいますので、名前で呼んで頂ければ助かります。私はスティカとお呼び下さい。それでは」
「ありがとうスティカ。それじゃあよろしく頼む」
そうすればメイドはまた僕部屋を素早く出て行った。うむ。メイドとして所作は申し分ないが、あの目が元からならば仕方がない。……。駄目だ一瞬でも解決策を練ったが、人間関係ほどに面倒なものは無い。どうせ自分から話してくれる日があるだろう。
「寝るか……」
読み聞かせを頼んだが、勝手に読んでくれればそれで助かる。今日はもう寝てしまおう。
僕はスティカが来る前にベッドに横たわり寝息を立てた。
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