第2話 一番面倒なこと

 翌日、僕は何故か朝に目を覚ました。その原因は、カルドが大声で起こしてきたことだった。


「起きろおおおぉ!! ハッハ! 良い朝だな冬夜! いつまでも寝てちゃ身体が鈍るだけだぞ〜?」


「何かと思えばカルドか。済まないが僕は昼まで寝ると決めたら寝ることはやめない。君が元気なことは十分なことだが、睡眠を邪魔されるのは頂けないな」


「え、あぁ、ごめん」


「ありがとう。それじゃまた昼に会おう」


 カルドは一気に落ち着いた表情で申し訳そうに謝ってくれた。やはり優しい。僕の元気な人間のイメージは、相手がどんな状態でも気合いでなんとかしようとするからな。

 ただ謝ってもらいたいほどでもないことは事実。僕はあらゆることに興味がないが、無理矢理起こされたから「謝れ」なんて言う人間ではない。まぁ、申し訳なさを少しでも感じてくれるならそれで十分か。


 そう言って僕は再度ベッドに横たわり、残り数時間の睡眠のために、目を閉じた。


◆◇◆◇◆◇


 数時間後の真昼間、僕は目を覚ました。朝無理矢理起こされたからか、多少寝起きは悪かった。さて、今日はなにをしようかと考えていると、約束したつもりは無いが、また大声でカルドが部屋の扉を開けて来た。


「また昼間に来てやったぜ冬夜。おはよう!! もう朝じゃねえが、起きたら1番に体を動かすことはいいぞ〜。という訳で、親父の手伝いをお前も手伝ってくれ!」


「何を手伝って欲しいか分からないが、先に断っておこう」


「いやせめて聞いてくれよ……」


 確かカルドの親父さんはどんな仕事をしているかは聞いていない。しかしカルドの体付きの良さは手伝いのおかげだと自分で言っていた筈だ。ならば力仕事だと容易に予想出来るだろう。

 ならば尚更やりたくない。僕には物理的に力が無い。どうせ役に立てることもないだろう。


「まさか、自分には力が無いからとか言うんじゃ無いだろうな? なら安心してくれ。簡単な仕分けの数合わせとかやってもらうだけだから、要は記帳の仕事。それくらいは良いだろ?」


「ふむ……。だがそれはこの邸宅から出ないといけないことだろ? それならばもう一度断ろうと思う」


「それは……当たり前だろ? え?」


 俺は思ったはずだ。この邸宅は広すぎて移動すること自体も面倒だと。興味のないことなら尚更に。

 友達の手伝いさえも面倒だなんて薄情な人間だと思うだろうか。好きに思うと良い。そういう人間に育ってしまったのだから。


「仕方が無い……この邸宅にいつのまにかいるメイドに力自慢の人間を雇うように言っておこう」


「あぁ、まぁ、それは助かるが……。あんた変わった人間だなぁとは昨日の昼で思ったけど、まさかそこまで動きたく無いとは驚いたぜ」


「ありがとう。友達の特権なんて使わずに納得してくれて」


「……? あぁ、おう」


 友達が出来たのは今回が初だが、たとえ暗い部屋の中と布団の中で暮らしていたとは言え、完全に外部情報を遮断していたわけでは無い。興味は無くとも、ネットサーフィンという方法で、目についた情報を見回していれば勝手に知識がつくものだ。


 そして友達に関することで知っていることは、"友達の特権の行使"である。簡単に言えば、相手の意思関係なく、「友達だから」と言って無理矢理承諾を得る方法だ。

 全くくだらない。僕ならそれを言われたら即絶交してしまいそうだ。


「それじゃあ、親父さんの手伝い。頑張ってくれ」


「おうよ!」


 そう言えばこの邸宅にいるメイドとは、謎である。おそらくは王が一緒に雇ってくれたのだろうが、今のところは頼めば何かしらやってくれるだけの存在だ。

 さてそんな訳だが、実のところ、外に出たく無いのはそうなのだが、いかんせんやることなど全く思いつかない。そう、暇を潰せるほどの趣味が無いのだ。


「……。寝るか」


 今日は昼起きて、カルドの頼みを断った。終わり。それしかやっていない。まぁ、そこまで悩むことでも無いので、自身の決めた行動には従おう。

 そう僕は再度自分のベッドに向かおうとすると、次はルーカスが部屋に入って来た。


「やぁ冬夜。またこれから寝る気かい? 自由を謳歌するために、いつまでもぐーたらすることは悪くは無いが……、ただ目的もなく外へ出てみることも、新たな興味を作るきっかけにもなったりするもんだ。実は今日は王城で新しい勇者の召喚式があってね。良かったら一緒に観に行かないかい?」


「へぇ……昨日の今日でもう新しい勇者か。そんなにこの国は焦っているのか?」


「ふむ……我々国民には詳しいことは知らないが、最近王都の外が騒がしいことは事実のようだよ。でも、僕は外へ出て戦うことも出来ないからね。そんな事情を知ることも出来ないんだが」


 ルーカスは肩を竦めて残念そうにする。これもまた分からないな。何故身を危険に呈してまでそれらを知ろうとするのか。戦う力が無いならそれで良いじゃ無いか。力がなくともどうしても知りたいなら、やはり人を雇うのが最も安全で確実だ。

 それはそれとして、少しは勇者の召喚式に興味があった。何せそれのせいで僕は異世界に召喚されたんだ。どんなものなのか気になるのは仕方が無いことだろう。


「ならば行こう。勇者の召喚式に」


「それがいい。じゃあ準備が終わったら外に来てくれ」


「分かった」


 しかし歩くのは非常に面倒。ここでも限りなく楽をさせてもらおう。僕は必要最低限のポケットに入れられる程度のお金を少し持ち、自分の部屋を出て玄関に行くと、出口前にいるメイドに話しかけた。


「メイドさん、馬車を雇ってもらえるかな」


「かしこまりました……。観光用の最上の馬車を呼んでおきます」


「ありがとう」


  僕には金がある。それは勿論ここに住む前に王から貰ったお金なのだが……。確か白金貨1000枚だったか。これがどれだけの金額なのかは分からないが、白金とはプラチナのことだろう? ならばそれ相応の価値があるはずだ。まだ金庫の場所とか皆に伝えていないが、いずれは借りたお金を記帳させるシステムでも作ろう。別に返さなくてもいいお金だが、金銭問題による仲の分裂だけは避けたい。


 そうして僕は邸宅を出れば、すぐ目の前には豪華で煌びやかな装飾がされた。まるで王族が乗り込むための馬車が待機しており、一緒にいたルーカスはすこし驚いた表情をしていた。


「ルーカスも貴族なんだろう? これくらいは普通なんじゃないのか?」


「まさか。別に遠出するわけでもないのに。しかもこれ王族が街を観光するための馬車じゃ無いか」


「ほう。つまりわざわざ街を観光する馬車はみんなこれだと?」


「いいや。外から来た馬車ならこれに限らないけど……」


「なるほどな」


 まぁいい。さっさと乗って召喚式に行こうか。僕は先に馬車に乗り込むと、ルーカスは続いて乗り込む。すれば、ルーカスは慣れた手つきで内側から壁をノックして御者に出発の合図をする。


「王城の召喚式会場まで頼む」


 そう言えば御者は無言で、馬車を走らせた。馬車の乗り心地は悪くもなく、良くもなくといった所で、やはりこれが現代日本との技術の差かと思った。

 僕は車に乗ったことがある。なにも、生まれた頃から引きこもっていた訳ではないからな。ずっと前、幼少期の記憶くらいはあるものだ。そこで比較すれば、この馬車は内装の綺麗さに気持ちが高揚しながら、ガタガタと揺れる車体に少しだけ気持ち悪くなる。程度だ。


 そうして馬車から眺める新たな街の眺め方に感動しながら、目的の勇者召喚式の会場に辿り着いた。高級馬車はそれに乗っているだけで資格があるのか、人だかりとは別の、空いた特待席のような場所で下ろしてくれた。

 召喚式は王城のすぐ外で行われ、自分からは人だかりのある空いた中央の空間を上から見下ろす視点で、大きな魔法陣が描かれていた。


 僕が召喚された時はすぐに王宮の中だったというのに。何か扱いが違うのだろうか?

 しばらくすれば王城からいつか見た王が現れ、大声で全員に聞こえるように叫ぶ。


「皆の者、良くぞ今回の勇者召喚式に参った! これは今年で最後の召喚式である。今や我が王国、いや世界は魔王の危機に瀕している。これが失敗すれば最早後は無いと言えるだろう。しかし! だからこそ皆に祈ってほしい。我が世界を救ってくれる勇者の召喚を!」


 この世界における勇者とは一体どんな存在なのか。王が叫べば、周囲の人だかり否、国民達は王の声に応えるように叫んだ。その雰囲気は最早宗教じみており、召喚の成功失敗に関わらず狂ったように叫ぶ人間も少なからずいた。


 そして魔法陣は怪しく光り始め、すぐにその場を埋め尽くすほどの眩しい光を発した。そうしてそこに召喚されたものは……。


「ワフ!」


 それはあまりにも滑稽で、思わず僕でさえも吹き出しそうになる。人間ですらなく、まさか犬だとは。

 当然の如く、その場の民衆とまた王も唖然とした表情で、ただただ静寂に包まれる。


「ヘッヘッヘ……ワオオォン!」


「あちゃあ〜これが運が悪かったわね」


 いつからそこにいたのか。僕の記憶では馬車にはルーカスと僕しか乗っていなかったはずだが、いつのまにか背後にいたステアが呆れた表情を見せていた。


「勇者召喚式とか異世界では大袈裟な儀式として取り上げられているけど、そこには私たち神様がとても強く関わっているのよ。おそらく今回は獣好きの神にでも当たったのでしょう。大体ああいうのは勇者の旅を経て、守護獣になるか神獣に昇華されることが殆どなんだけど……、今回ばかりは……ただの犬かも」


 その話を横で聞いていたルーカスが笑い出す。


「はっはっは! どうやら僕らの命運はここで尽きたのかもしれないね。今ここにいる元勇者は、元と呼ばれるほどの活躍は無く、むしろ放棄した。まぁ、それが自身の命を大事にするなら正しい判断ではあるんだけど。まさか犬とは。冬夜、良かったらペットとして迎えてあげたらどうだい?」


「ふむ。それはルーカスが飼いたいだけでは?」


「確かにそうだ。あの犬を迎えればきっといい癒し要素になってくれるはずだ。どうせ君は面倒だというだろう。僕が声をかけてくるよ」


「あぁ、頼んだ」


 さて今だに静寂に包まれながらも変化を見せない召喚式だが、僕の目には不審なものが写っていた。

 王が最後の最後という召喚が大失敗に終わりわなわなと震える横で、側付きらしい騎士が何かを探すような動きを見せていると、僕と目が合った瞬間に動き出した。


 僕は嫌な予感がしたのでルーカスとステアを置いて颯爽と馬車に乗りこみ、少し強めにノックする。


「今すぐに、大急ぎで家にお願いします」


 御者は僕の言っている言葉の意味をどう受け取ったのか、また無言ですぐに馬車を走らせてくれた。

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