第32話 どうなりました?
そして、母の退院を待ってから東京に帰ってきた。
まさか
ただすべてが順調だったかというと、そんなことはない。
まず
「ちょっと来須さん、さっきのどういうこと!?」
とめちゃくちゃ怒られた。
しかし、私は事実を伝えたのだ。正直にもう一度いって、それから謝る。事務所にも今度行って、正式に面と向かった頭も下げるといった。
「それよりまさか……えっと、恋愛禁止の守れないからってデビューしないつもりじゃないよね?」
「それは、条件だったので……守れない以上は……」
「……えー、社内で検討した結果、ラブラブなガールズバンドは恋愛禁止には該当しないことになりました」
「……それ、本当に社内で話し合いましたか?」
私の疑問に、大辻さんのなんとも言えない声が返ってくる。
「そもそもバンド内でそんな乱れた風土を想定した恋愛禁止じゃないし……あれを一般的な恋愛と定義して良いのか……」
「…………そうですね」
私も恋愛だとは思っていない。あくまで定義の話で、そう判断できるというだけのことだ。
つまり恋愛であったとしても、大辻さんが禁止したい恋愛とは別のものだった。
「正直、いきなりあんな電話しててきて、しかも爛れたメンバー関係聞いて事務所としてもどうしようかって話にはなった。リスクがあるんじゃないかって」
「ごもっともとだと」
「……ただまあ、えっと
「え、いますけど……なんでそれを」
あの電話から居場所が特定されるようなことはない。病院でライブをしたけれど、SNSに投稿した人がいたのか?
「検索してみて、バズってるから。……路上ライブでドリル奏法する謎の美少女って」
「え?」
「……来須さんはもっと良識あるタイプだと思っていたけど、やっぱりバンドやっている人間は……まあ、売れるなら文句はないし、これだけバズったならこっちもありがたく宣伝に使わせてもらうけど」
状況が飲み込めず、とりあえず言われたとおり検索してみた。
私の映った動画が、勝手にあげられている。先日の路上ライブでギターを借りて弾いた動画だ。あの時の私は我ながら底だったのもあって、なんでこんなことをしたのかと不思議似思えてくる。
演奏もあまり聴けたもんじゃなかったけれど、コメントはにぎわっていて再生数も見たことのない桁数だった。
「そういうことだから、ちゃんとうちでメジャーデビューしてもらうからね」
「……もちろん、その……そう言ってもらえるなら、ありがたいですけど」
母の借金はだいぶ返済されていて、私の貯金だけでもなんとかなった。
だけど家族四人、睦望の将来の学費などもろもろ……母の再就職までは私がなんとか支えたい。
そう思うと、メジャーデビューの話はとてもありがたかった。
ということで、メジャーデビューの話はこんな具合。
もう一つの重要事項だった
「お姉ちゃん、……睦望は引きました」
「あ、あれ?」
睦望な部分をがんばってアピールしたはずが、妹のしらーっという顔が私の胸をえぐる。つらい。
「……正直に、ちゃんといろいろなことと向き合ったんだけど」
「正直に言えばいいってものじゃないよね? よくないことを正直に言ってもそれは、隠さないで認めたっていうことがいいことなだけで、よくないことはよくないことのままだよ」
「……自供すると司法取引が成立して減刑されるんだよ」
「考慮した上で内容がすごくて、隠し事するという悪さだけの方がマシな場合もあるみたい」
残酷なことを言うが、反論も出来ないのがなおキツかった。
睦望も成長したんだね。今ならケーキも二つ三つ平然と食べそうだよ。
「でも、お姉ちゃんはお姉ちゃんだもんね。……睦望は、お姉ちゃんがクズでも……嫌いじゃないよ」
「本当に!? 嫌いって言ったのは撤回してくれる!?」
「うん、ごめんね。……お母さんのこととお姉ちゃんのこと……本当はどっちもすっごく大好きだよ」
「ちなみに、比べると若干私のが上じゃない? 十年間ずっと私は一緒だったよ?」
「……お姉ちゃん」
勝敗をはっきりしておきたかったけれど、睦望の視線が冷たかったので今回のところは引き分けにしておく。だが、母にはいつか上下をわからせるつもりだ。
「それからお姉ちゃん」
「え、なに? やっぱり私の方が――」
「睦望はお姉ちゃんが寝取ったりとか二股したりとかしてても、別に嫌いにはならないけど……バンドのみんな、泣かせないようにね? ……刺されてもしらないよ」
「…………最近は一応、雑誌をお腹に入れるようにしてます」
私になにかあったら、睦望を泣かせてしまう。
母に不戦勝を与えるわけにもいかないし、できるだけ気をつけるつもりだ。
ということで、妹との仲直り。
ついでに祖母は、
「……
「手段を選ばなかった結果、気づいたらああなってた」
「ま、半端にやるよりずっといい。さすが私の自慢の孫だ。派手に女遊びした方が音楽にも色気が出る」
「女遊びしているつもりはないんだけど……」
それに芸術と女遊びをつなげる考え方もさすがに今の時代どうなのかと思う。
しかし、私の味方は今や家族には祖母だけである。もっと言って、私は悪くないと。バンドって普通あれくらいやるって。
ちなみに、新しい家族……と言っていいのか、戻ってきた家族と言ってあげるべきか。
母はまだ目に大粒の涙を浮かべていた。
「静流、なんで……お母さんへの復讐を歌詞にって……どういうこと? やっぱり、まだ私のこと怒っているの?」
「え、いや……ほら、お母さんと仲直りしたし、あの曲は歌い納めかなって」
「……あの歌詞聞いてたら、また罪悪感がどんどん戻ってきて、お母さんライブの後半全然楽しい気持ちに戻れなかったんだけど……」
「良い曲は胸に来るからね」
絶句女子は泣かせるタイプの曲はあまりないけれど、メジャーになったらそういう曲の方が売れるかもしれない。私バラードとかは歌えないからどうしようかな。
「で、でも、すごかったよ。静流の歌、ギターも……お母さん、あんまり詳しくないけど、聴きに来てくれた友達もすごかったって褒めてていて……」
「自慢の娘?」
「うん」
母はうるんだ目元のまま、微かに微笑んだ。
十分泣かせたから、これからはもう少し笑顔にしていこうと思う。
ということで、家族関連は概ね円満、また仲良し来須家としてやっていけそうだった。
ただいろいろ勝手にやってしまったライブで、バンドメンバーたちは――。
今まで私が散々迷惑をかけられてきたし、今回くらいは許してくれると思っていたのだけれども……。
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