第31話 誠実ですか?
祖母に連絡を取って合流する。
「睦望、ごめんね。……お母さんのこと、私が多少間違っていたよ。人間、感情的になるとどうしても論理的じゃない発言をしてしまうね。私も反省して、お母さんとはさっき仲直りしてきたら」
そう言って歩み寄ろうとするが、
「……お姉ちゃん、嫌い」
「え」
言われてしまった。
今まで一度として言われたことがなかったのに。
「もうダメだよ。私はこの北の地で眠るから……みんなは私を置いて帰って……」
「ちょっとしーちゃん! さっきの自信は!? 打たれ弱すぎない!?」
「だって睦望が……」
「あれくらい仕方ないって~」
「でも、ちゃんとお母さんと仲直りして、二人に謝罪したよ? 問題が解決されているのに、なんで睦望は私を嫌うの? ……もともとは私のこと、大好きって将来はお姉ちゃんと結婚するって言っていたのに」
「だってさ~、一度ケンカしちゃったら、そんな直ぐには仲直りできないよ。
私と母のことを言っているのだろうか。
同じにはされたくないが、たしかに一理あるかもしれない。
「沙也は
「そりゃあるよー。だってもうゼロ歳のころからの付き合いだし。幼馴染みなんて、ケンカと戦争の歴史だよ」
「……そういうときってどうやって仲直りしてたの?」
「うーん、気づいたら仲直りしてたかな」
参考にならない。気づいたらなんて待っていたら、このまま東京に帰れなくなってしまう。
万が一にも睦望が北海道に住み着いてしまっては困るのだ。
東京に戻ってレコード会社と――
「ギターかな……。やっぱり、睦望の機嫌戻すには、いつもギターだ」
「でも、置いてきたよね」
沙也の言うとおりだ。楽器は全部東京である。
もちろん北海道にも楽器店はあるだろう。母の伝手とかでレンタルなど出来ないだろうか。
でもあんな自信満々に任せろって言っちゃった手前……。
悩んでいると、さっきから近くで黙っていた
「静流、今は手段を選んでいる場合じゃないわ」
「……そうだけど、嘘以外の私の考えまで読まないで」
「今のはわかりやすい顔だったから」
譜々さんには、結局叶わないな、となんだか思った。普通の子だし、そんなことないはずのに。九割くらいは私が圧勝しているのに、今までの苦手意識もあって、大事なところで負ける気がする。
「演奏するならさー折角だし僕もやるよ。だってギター一本じゃ寂しいでしょ」
「え、ドラムセット用意するのが大変なんだけど」
「わたしもいる」
「ベースも……六弦は無理だよ?」
「普通のベースも弾ける」
私も普段使っている七弦ギターと同じはあきらめている。六弦ギターでも問題ない。
そんなこんなで、母の病室に戻って楽器をどうにかできないかと相談すると、
「ねえ、それなら――」
やっぱり、母を頼るんじゃんなかったと少し後悔する。
でも、私以外のみんなが乗り気になってしまって仕方なく了承した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そういうことで、病院を変えて、まさかの病院ライブのリベンジとなった。
母が私たちのライブを聴きたいと言うのだ。
楽器も用意してくれるし、知り合いも呼んで盛り上げるという。
楽器だけでいい。知り合いなんて呼ばなくて良いよ。
睦望の機嫌を直すためだけの演奏のはずが、なんでこんな大事になってしまったのか。
それでも準備は順調に進んでいる。
ただ問題なのは――。
「……静流、睦望が行きたくないって」
「えええ!? なんで……」
祖母が困った顔で言い、私は頭を抱えた。
そうだよ、私はギター片手に睦望のところへ行って、それで演奏して仲直りのつもりだった。
ところが今は病院で演奏するから来てね。となっている。
これだと、睦望が嫌がったら成立しない。
……やっぱり、母のアイデアなんて採用しなかったら良かった。
「一応、病院には来ているから。……待合室のとこで……静流、話しておいで」
「わかった、おばあちゃんありがとう」
ギター持って行こうかな、と少し悩んだけれど、病院の待合室でかき鳴らすのは無理だ。
待合室の端っこで、睦望が唇を尖らせていた。
「……あの、睦望? お姉ちゃんも、ちょっとこれはどうかなって思っていたんだけど、でもお母さんにも頼まれて……それでここでライブすることになっちゃってね?」
「……」
「お願いだから、睦望にも聴いてもらいたいなー」
「……嫌」
睦望はむすっと、私から視線をそらして、そのまま横を向いてしまう。
「ごめん、睦望。お母さんのこと、本当に反している。……反抗期だったみたい」
「……」
「で、でもさ、ほら、お母さんにも多少反省すべきところはあって、たとえば、もうちょっと子供への愛情とか」
「愛情? ……お姉ちゃんさ、バンド内でなにしているの? 寝取ったり、二股したり……しているんじゃないの?」
「えっ!? な、なんで……そんなことは……」
「やっぱり」
かまをかけられた? 睦望がそんなことをするなんて思っていなくて、つい顔に出しすぎてしまった。
いや、そもそも、こっちに来る直前にいろいろバレかけていたのか。睦望は私に似て賢いからな。あれくらいでもわかっちゃったか。
「……しかも、それを黙っている。お母さんより、よっぽど悪いことしているよね?」
「そ、そうかな? だってほら、親子と友人関係だから……その……」
「不誠実には変わりないと思う」
「…………」
マズい。論破するつもりもなかったのに、妹相手に論破されそうになっている。
ここかコミュニケーションの円滑さにおいて表面的役職がもたらす効果を説明するべきだろうか。本当に友人であるということよりも、周囲があの二人を友人だと認識することが大事であると。
――って、それだとダメだ、隠している私が悪いことになる。
睦望に嫌われたことが、だいぶ心の傷になっているみたいで、どうも考えがまとまらない。
でも、なによりも、睦望が言っていることは間違っていない。
私は不誠実だ。
愛だなんだと語れるような人間じゃない。
「わかった。睦望……もう一度だけ、チャンスをくれないかな? ……私の誠意を見せるよ。睦望にだけじゃなくて、みんなに」
私がそう言っても、睦望はそっぽを向いたままだった。
だけど、来てくれる。
そんな気がした。
時間も場所も伝えてある。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私は、病棟のデイルームに用意してもらった簡易ステージ……今度こそ、本当にただ場所を空けただけ……に立っている。
ギターを背負って、マイクの前で、観客……入院しているみなさんや、その知り合いの方々を見渡した。
睦望はいる? ……見当たらないけど、隠れているだけだと信じる。
本当なら、ただ演奏して、それだけのつもり。病院で派手なパフォーマンスなんて必要ない。
だけど一曲終えて、歓声も冷め止まないうちに、私は一つ待ったをかけた。
「ここで、聴いてくれているみなさまには無関係で恐縮ですが……個人的な……いえ、私たちウェイブダッシュガールズ……絶句女子にとって大事な電話をさせてもらえないでしょうか」
観客は、状況が飲み込めていないけれど、なんだなんだと盛り上がっているようだ。
逆に、本当になにが起こるのかとほかのメンバーたちが驚いているのがわかる。
「……都内の某レコード会社のプロデューサーさんに、電話します。実は、メジャーデビューのお誘いをもらっているのですが、とある条件を提示されていて……」
メンバーが少しざわついている。なにをするかわかったのか。
「私は、メジャーデビューしたさに、その条件を当然のように飲み、他のメンバーにも強要しようとしていました。……ですが、私はその条件をやっぱり守れません。だからその電話をします」
説明はこれくらいでいいか。私は、電話をかける。
出てくれるか? これで不在だと、パフォーマンスもなにもない。
「……
よかった。出てくれた。
「はい、そうです。メジャーデビューの件で……その一つだけ言わなくちゃいけないことがありまして」
電話越しで、大辻さんが怪訝な反応をしているのがわかった。
私も正直、今回ばかりは深呼吸が必要だった。
マイクに入るようにして、大声ではっきりと言う。
「恋愛禁止の件っ、申し訳ありませんが守れません! 私は、メンバーの一人と交際していますし、他のメンバーともとても親密で、友情以上に特別な関係があるとおもっていますっ!!」
もちろん、それが恋愛とは、私も思ってはいない。
ただそれは、私の心持ちでしかない。周囲や、あるいは相手がどう思っているのか。
それを鑑みれば、私はこれを恋愛だと言うべきだと判断した。
そして、大辻さんに、正直に伝える。
これが私に出来る誠意だった。なによりも、ずっと騙して利用してきたメンバーたちにできる、最大限の誠実さだった。
「静流ちゃん~っ!!」
「……静流、わたしと特別な関係……っ」
「え、僕とシズって……付き合っていたの!? 最近の大人は付き合う前に告白しないって聞いてたけどそういう――」
「嘘つきにしては、がんばったわね」
メンバーたちの様々な反応をよそに、大辻さんから言葉にならない悲鳴みたいなものが返ってきた。
「えっと、そういうことで、すみません」
申し訳ないが、そのまま切る。
「えっと、電話は以上です。……そういうことで次の曲やらせてもらいます。これは母への復讐を歌詞にした曲で――」
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