第30話 反抗期ですか?
母の顔色が良くなっているように見えた。
すこしは気が休まったのだろうか。私は
「
「……戸籍上の事実なんで、別に嫌とかないですけど」
「ちょっと静流ちゃん~!? ひねくれすぎじゃない、中学生みたいだよ!?」
「はぁ、お母さん。……さっきは、私も感情的になって言いすぎたと、今は少しだけ反省しています」
怒りを抑えようとしているせいか、つい敬語になってしまう。
ただそれが他人行儀に感じたのか、母の表情が曇った。
「反省なんて……悪いのは、私で……」
「そう、それは私もそう思う」
「静流ちゃん~」
「沙也、少し黙ってて。……出て気とまでは言わないけどさ」
なんだか私が悪いみたいになるから、変に合いの手を入れないで欲しい。
「あ、あのね、静流。私……借金してて……それで、今はだいぶ返せたんだけど、当時は本当にもうどうしようってなっちゃって……仕事も見つからなくて、それでほら、キャバクラで働くしかないかなって」
「その経緯はおばあちゃんにも聞いたけど」
「それで……静流や
「……職業差別。別に親がどんな仕事していても関係ない。…………親がいないよりは、私は親がいた方がいい。どんな職業でも」
母に、いてほしかった。そう言ったわけじゃない。
ただの一般論のつもりで言った。だけど母は、
「ごめん……ありがとう……」
そう言って、泣き出してしまった。
結局、母も私と大差ないのかも知れない。
私が母に捨てられたと思って、母を恨んだように。
母は子供から嫌われると思って、逃げてしまった。
でも、子供と同じようなことしているってそれやっぱり親として失格だよね。……まあ、これ以上言っても過去のことだし、許すしかないけど。
「過去のことだから……もういいよ」
「ゆ、許してくれるの?」
「あと三年はネチネチ言い続けると思うけど」
「それって……また、会ってくれるってこと? 母さんと……」
少しだけ、悩んだ。
でも私は結局、うなずいた。
「しーちゃん~、そろそろしゃべってもいいー?」
「わかった、いいよ」
「やった~! 仲直りだ~!」
わざわざ許可まで取ってよろこばないでよ、とちょっとあきれる。
でも沙也のおかげで、私もこれだけ素直に母と向き直れたと思う。
「で、借金っていくらあるの? ……多少なら融通するから、早く返してこっち戻ってきて。別にこっち戻ってきて、東京で働くって言っても止めないけど」
「え。え? ……静流、なに言っているの? あなたまだ高校生よね?」
「貯金あるし……あとまあ」
レコード会社との契約金なんかも勘定に入れれば相当ある。
ただこちらは、まだどうなるかわからなかった。
「足りたなくても、手伝うし」
「……えっと、貯金って変なバイトとかしてないわよね?」
「キャバクラしている親がなに言って……」
「職業差別! 静流がちょっと警察に目を付けられるようなことしてたら、さすがに母さんは怒ります!」
「……そういうことはしてないから。えっと、ほら、睦望が話していたでしょ。音楽やってて」
私は絶句女子のことを簡単に話した。
配信サイトでそこそこ安定して稼げていること、メジャーデビューの話をもらっていること。
「す、すごい……」
「どう? あなたが捨てて、育てもしなかった娘、すごいでしょ?」
「…………ご、ごめんなさい」
今度こそ、本当に良い気分だった。
「それで、この子……沙也はバンドメンバー。……自己紹介はもうした?」
「え、う、うん」
「あっ、そうなのね!」
あれだけ盛り上がっていたのだから、名前くらいは名乗っていただろう。
にしても、ちょっと沙也の表情が怪しかったのと、母もなにか驚いている。バンドメンバーというのは言っていなかったのか? ただの友達って言ったのかな? あれ、もしかして?
「ねえ、静流……あの、母さん少しだけ聞きたいことがあるんだけど」
「え?」
「……そちらの沙也さんとは、お付き合いもしているのよね? バンドも一緒にやっていて」
「えっと……沙也?」
「……だ、だって!! 静流ちゃんのお母さんに隠し事したくなくて!!」
「…………はぁ、まあそういうことになります」
母ならいいか。そう思って、ぐったりした気持ちで肯定した。
「そ、そういうの、大丈夫なの?」
「え、なにが? ……あー……えっと?」
「バンド内恋愛って、問題とか起きない? ほら、母さんも若い頃は部活とか、サークルでそういうことあったけど、ほぼ間違いなく問題になっていたわよ?」
そっちか。
「静流ちゃんのお母さん美人だからすごくモテたんですよね~! 取り合いですか!?」
「あははは、まあそうかなぁ」
なんだか少し自慢げな母と、目をキラキラさせている沙也。
きっと沙也は母の学生時代の色恋沙汰に興味があるんだろうけれど、今はそんなこと聞いている場合でもない。
だって、バリバリ問題が起きそうになっているんだから。
「母さん、私、母さんが母さんでよかった」
「えっ!? ほ、本当静流!? そりゃ……私も若い頃はモテたし、美人だからね。それで静流もちゃんと美人に産んで――」
「そういうのいいから、その部活とかサークルで恋愛して、問題になった時の対処方方法を教えてほしいんだけど」
「…………」
祖母がよく含蓄ある経験話で私を助言してくれていた。しかしロミオとジュリエットは現代ではなかなかファンキーすぎる。
母のように、恋愛関係の警鐘を鳴らしてくれる人間からもアドバイスがほしかった。
「えっとね、対処方法ね。うーん……なるようになるとしか……」
「見損なったよ母さん。短い母への敬意でした。十五秒くらいかな」
「ちょっと、静流っそんなーっ!」
この人、問題しか起こしていないから役に立つ経験とかないんじゃないのかな。
涙目の母をよそに、私は冷静な分析をする。なにか母からもらえる助言は――。
「で、でもね、基本的に、隠し事はよくないわよ! ちゃんとね、早め早めに、みんなに発表する! これが大事だから」
「ほほ~う、聞いたしーちゃん?」
「……役立たないサンプルだから聞いたけど忘れようと思う。信じたら失敗する」
「役立つって~! だってね、静流ちゃんのお母さん今すごく幸せそうだもん~」
「……あのねぇ」
借金して、子供捨てて、一人地元に逃げ帰って、それで再会した子供に泣かされて――。
「そうね、幸せ。今日だけで、人生全部巻き返すくらい幸せねっ」
母が笑う。
沙也の勝手な発言で、母が笑うなら、私も特にこれ以上言うことはないか。
「わかった。少しくらい参考にするよ」
「ありがとう」
「……なんで母さんがお礼言うの」
照れる母に、私はなにかイラッとする。
「そ、それより静流……睦望とは大丈夫なの?」
「大丈夫って? ……えっと」
そうだった。私は睦望のことも母とまとめて蹴散らす勢いで、それからそのまま病室を出て行ってしまったのだ。
睦望だって泣いていた。私は泣いていない。
「……北海道住むって言ってたわよ。……私、ちゃんと二人と母さんと一緒に、東京帰れるの?」
「ま、姉に任せておいてよ」
なんの自信もなかったけれど、沙也を見習って胸を叩いて軽口で答えた。
大丈夫、睦望のことはなにしても論破――じゃなくて、仲直りして、また仲良し姉妹になるから。
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