第29話 お節介ですか?

 沙也さやは立ちあがると、まだちょっと遠くで足踏みしている私の所までやって来た。


「よかった静流しずるちゃん~! 心配してたんだよ、あのまま家出したんじゃないかって」

「家出って」


 ぎゅっと手をつかんで、そのままブンブンと振る。


「……なに、話してたの?」

「えっとね、漫画の話!」

「……私の母親と、なぜ漫画の話を……?」


 十年以上会っていなかったので定かじゃないけれど、多分母は別に漫画が好きなんてこともない。


「アタシが好きだから!」

「そ、そっか」


 こういうなにも考えずに人と仲良くなれる人間こそ、本当のコミュニケーション強者なのかもしれない。


「でもね、本当は……静流ちゃんのお母さんがどんな人なのかなって……それで話に来たんだ」

「どんなって、漫画が好きかどうかってこと?」

「そうじゃなくて~。だってほら、しーちゃん泣きながら病院出てっちゃうし」

「待って、泣いてなかったよね?」


 記憶が改ざんされている。

 私は生まれた時だって涙を流したことがないのに。あれくらいのことで安々と泣いたなんてイメージが崩れるからやめてほしい。


「だからね、もしかしたら……しーちゃんのお母さん、悪い人なのかもって」

「……悪い人だよ」

「しーちゃんを泣かせるような悪い人だったら、せいって反省させようと思ってたんだよ~」

「……せいってなにかわかんないけど、やったの? 反省してた?」


 沙也はにこにこしながら首を振った。


「ううん、せいってしてない。だってしーちゃんのお母さんすごくいい人だもん~」

「……へぇ」

「アタシがね、漫画の話とかいっぱしいても楽しそうにうんうんって聞いてくれて」

「……職業柄かな」

「しーちゃんと一緒だよね。しーちゃんもアタシがどんな話しても、興味ないよーって顔しながら、うんうんって聞いてくれるもん」

「……私は素人だから顔には出ちゃうんだよ」


 しかしどうやら、漫画の話を聞いてくれただけで沙也の中の母評価は高まっているようだった。

 あれ、もしかして尋ちゃんも嫌な話されても嫌って言えないから、沙也とこれだけ仲良くなっているわけじゃ――いや、幼馴染みの闇かもしれない。これ以上は関わらないでおこう。


「えっとさ、沙也。そろそろ東京帰ろうかなって。……それで沙也にも声かけに来たんだけど」

「あのね、しーちゃん」

「なに? ほら、見ての通り私は元気になったよ。別に他の悩みとかも抱えてないし」

「……もう一回、お母さんと話してこよう?」

「…………なんで」

「話しに来たんでしょ?」

「違う、沙也を呼びに来たんだよ」


 私は正直に言ったのに、沙也はにやっと笑った。


「アタシは、しーちゃんがお母さんと話しに来ると思っててここで待っていたんだよ」

「残念ながら私は尋ちゃんに聞いてここに来ただけだから」

「えーっ! でもほら、しーちゃん……今話さないと後悔するよ?」

「しないって……」

「する! 絶対する!」

「……その根拠はなに?」

「アタシはしーちゃんのことをよく知っているからね、根拠はアタシ」


 どん、と彼女は自分の胸を叩いてみせた。

 全くもってなんの信頼もない。それでも、沙也は私に取って一番付き合いの長い友人で、今は付き合ってもいる。


 他の人よりは、その言葉にも多少の説得力があるんだろうか。


「あのね、想像だから……全然違ったらごめん」

「多分違うから、言わなくていいよ」

「静流ちゃんは、寂しかったんだよね」

「……あーもう最初のところから違うな」

「だからお母さんとケンカしちゃった」

「ケンカじゃなくてね、論破かな。私は可哀想な子供として、無責任な大人を言及したの」


 さっきからの会話は、沙也の声は大きいし、私もあえて小さくはしていないから、母には聞こえているだろう。

 私と沙也の会話を聞いて、なにを考えているんだろう。


「ね、アタシもね。……大好きな人なのに、嫌いーっ! ってなることよくあるよ。ほら、漫画のあの~」

「うん、それは重々承知しているけど」


 散々愚痴を聞かされた漫画のキャラ。

 たしかバスケをやっている御曹司だっけか。


「もうね、期待を裏切られてイメージと違うとかわいさ余って憎さ百倍で」

「だからそれが……」

「静流ちゃんにとって、お母さんのこともそれだよ」

「違うって」

「ね、お願い。アタシもあのキャラとまた向き合う! だからしーちゃんもお母さんとちゃんと話してきて!」

「…………その交換条件は割に合わないと思う」


 だいたい、私は沙也にあの漫画のキャラのことをまた好きになってほしいなんて少しも思っていない。


「なんで!? 同じじゃん!」

「……別に私は沙也があのキャラ嫌いでも困らないし」

「ああ~! しーちゃん、アタシのこと独占したいんでしょ~! 安心して、リアルの推しと漫画の推しは別だよ~」

「そうじゃなくて……まあいいや、わかった」


 沙也と話している内に、なんだかある意味でどうでもよくなってきた。

 今更だ。

 もう一回、母と話すくらいやってやろう。


「話してくるから、沙也は……」

「一緒にいるね!」

「二人きりで話したかったけど、まあいいか」


 そういうわけで、母のベッドへと向かった。

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