第27話 心配してますか?
病院に戻ると、待合室に
どうやら座って本を読んでいる。私に気づいて、顔をあげたところを見るにあまり集中はしていなかったみたいだ。そもそも私が戻ってくるのを待っていたのだろうか。
「
「うん、心配かけたね。ごめん、でも吹っ切れたから」
「それならいいんだけど」
「だから早く帰って、また音楽やるつもり。えっと、他のみんなは?」
見当たらないけど、北海道観光にでも行ってしまったんだろうか。
私もラーメンくらい食べて帰ろうかな。
「……静流、お母さんと十年以上会っていなかったのよね? それで、もういいの?」
「え? あーそっか。譜々さんにもこの話はしてなかったんだっけ」
彼女なら今更隠すことでもないかと、私は音楽をやっていた本当の目的を話した。
母への復讐のこと、それから改めてそのために手段を選んでこなかったこと。
譜々さんは黙って聞いていたけれど、私の話が終わると複雑な表情を浮かべた。
「……復讐って、それは満足したの?」
「まあ、弱り切ったところにボロクソ言ってめちゃくちゃ泣かせてきたからね。すっきり」
「……相変わらず人間のすることじゃない」
「復讐は人を鬼に変えるから」
でももう鬼はお終いだ。
「それで、帰るって言っていたけど……このまま帰るつもりかしら?」
「うん。……
「本気?」
「もちろん。嘘だったら譜々さんわかるでしょ? どう、嘘ついてる?」
正直な気持ちだ。譜々さんにも私の本音が伝わるだろう。
「……泣かせて満足って、あきれたわ。じゃあ今までやってきた音楽ってなによ。そのためにバンドって」
「私だって、あの人がどこにいるかわからないと思っていたから……まあ、それにしてもバンドで有名になるって冷静になると非効率だったかもね。もっと簡単な方法はあったかも。でもさ、いいじゃん、芸術で成功するって。才能ある感じで、見返すのにちょうどいいかなって」
「はぁ、静流ってもうちょっと頭がいいと思っていたわ」
病院で人の胸をもむ人に頭が悪いと言われるのはイラっと来た。
でも、振り返ってみるとたしかにバカらしいのかもしれない。バンドで復讐しようって思ったのも、最初は小学生のときだ。あのときの私には、それしか方法が思いつかなかったのだけれど、ずっとそれ以外のことを考えてこなかったのは……あまり賢いとは言えないな。
「見損なった? ……今度は、音楽をちゃんと楽しんでやるつもり。だからまた譜々さんと一緒にバンドしたいけど……もう私とはやらない?」
「……前向きに検討するわ」
「ふーん、つれないね」
復讐を果たして、なにがなんでも成功したいという気持ちが薄れたからだろう。もし譜々さんが愛想を尽かすならそれでも仕方ないと思った。
だけど、譜々さんとのバンドが楽しかったのはやっぱり間違いない。メジャーデビューだって、あきらめるつもりはなかった。
「譜々さん、お礼ならまたたくさんするからさー。人目のないところだったら、もう少し私もいろいろお礼できるし」
「……吹っ切れたって言っていたけど、自棄になったの?」
「そんなことないけど」
「……まあ、他の三人を説得できるならあたしもちゃんとやるわ」
煮え切らない答えだったが、とりあえずはそれで満足する。
ただどうも私が気持ちを新たにまた音楽を頑張ろうというのは、好意的に受け取られていないようだった。
「それで他のみんなは?」
「……
「あいつめ」
譜々さんは他のメンバーがここに戻って来るかもしれないからと、もう少しここで待機してもらうことにする。
私は斎君を探して、看護師の多そうな場所へ向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
復讐のことは、他のみんなには伝えていない。
だから母のことがどうなろうと、みんなには関係ないはずだ。私の気持ちさえ整理が付いて、またやろうってなるなら、みんなもついて来てくれる。
単純に、そう思っていた。
斎君は、やっぱり看護師のお姉さん二人の間でにやにやしていた。さっきまで私のことを心配していた人とは思えないな。
このままこの病院に入院して頭を調べてもらった方がいい。
「斎君?」
「あー、シズ! 元気になったの!?」
「まあね、だからもう帰ろうかなって。……斎君はこっちに永住する?」
「しないよ! シズと一緒に帰るよ」
斎君がそういうと、お姉さんたちが「えー」と残念がる。ほら、お姉さんたちのために北海道に住みなよ。ここなら寒いし永遠に頭冷やせるよ。
けれど斎君は案外あっさりと看護師のお姉さん二人に別れを告げた。
「シズ、さっきよりは表情も悪くないけど……まだなにかある?」
「ないけど」
「ふーん、そうかな? なんか無理している気がするな」
「……無理なんてしてないよ。ちゃんと前向きにまた頑張ろうって思っているから」
私がそう言っても、斎君は「うーん」と納得出来なそうだった。
なんなんだ。斎君には復讐の話なんて一切していない。それでなにが気になるのか。
「えっとね、さっきシズが、なにがあってあんな暗い顔になっていたのかはわからないし、聞かないけど」
「けど、なに? それさっきも言ったよね。……今度は一緒に帰ってくれるんでしょ」
「うん、一緒に帰るよ。でもさ、もっと僕のこと頼っていいからね。いつでも大歓迎」
「……ありがと」
両腕を広げる斎君に、私は言葉だけで感謝する。
「えーっ、今の飛びついて僕の胸で泣くところじゃないの?」
「もうすっかり立ち直ったから大丈夫みたい。気持ちだけ受け取るね」
「そんなことない! まだシズの心は病み上がりだ。誰かに癒してもらう必要がある。その誰かは僕だ!」
「……必要ないって」
それくらい心配していたというこなんだろう。
たしかに路上でドリルぎゅんぎゅんするまでは、自分でもどうかしているんじゃないかって落ちていた。
だけど、今は本当にすっきりしている。
「だけど、バンドやるには斎君が必要だから。またよろしくね」
「それはもちろんだけど……んー、バンド以外でももっと必要とされたい」
「斎君とはなるべくバンドだけの付き合いでいたいな」
「え、僕と付き合いたいって?」
「耳も診てもらった方がいいね」
そうは言っても、こうやって気楽に話せる相手は貴重な気もした。
バンドがなくても、私は案外斎君のことが好きなのかも知れない。
「さすがにここで抱きつく気にはなれないけど」
私はそう言って、斎君の腕をそっと抱き寄せた。
「シズ? えへへ、もっといいのに」
「……さっきの看護師さんと、連絡先もう交換済みだったんでしょ?」
ぎゅっと腕をつねった。
「なっ、なんでっ!! ここはシズのおばあちゃん、入院してないでしょ!? 禁止じゃないはずだ」
「……それは、そうだけど」
でも、母がいる。多分二、三日で退院するだろうし、母を家族とも思っていないけれど。
「……私以外の女の人と連絡取らないでほしいから」
「し、シズっ!? 本気っ!? ねえ、僕のこと本気なの!?」
「いや、ただ斎君の連絡先をずたぼろにしたいだけだけど……」
「ひどすぎるよっ!!」
私の中で、少しだけ引っかかっているものがある。
それは確かに間違いない。
……ちなみに、それは斎君のことではない。
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