第26話 路上演奏ですか?

 ふらふらと病院を出ようとしていると、待合室にいた四人が呼び止めてきた。


「どうしたの静流ちゃん? お母さん、大丈夫だったの? 睦望むつみちゃんとおあばちゃんは?」


 沙也さやが不安げな顔で聞いてくる。


「ごめん、今は一人になりたい」

「お、お母さんになにかあったの?」

「……大丈夫、あの人は…………まあ、元気そうだったよ」


 元気と言うにはほど遠かった上に、さらに塩を塗り込んできた。

 それでも面倒で、そういえば解放されると思ったから、それだけ言って沙也を振り払った。


「静流さん、どこに行くの?」


 それなのに、次はひろちゃんが私の腕をつかんだ。


「どこって、コンビニかな。のど渇いちゃって……温かいお茶……とかさ」

「お茶ならある」

「……ごめん、一人になりたいから。コンビニは適当に言っただけ」


 尋ちゃんがじっと私を見つめてくる。それでも腕を振り払った。


「シズ、なにがあったかわからないし、一人になりたい気持ちもわかるけど」

「けど、なに?」


 斎君が私の前を塞ぐ。


「……その顔じゃ、行かせられないよ。心配だ」

「余計なお世話。私は一人でも大丈夫だよ」

「待ってって」


 斎君をかわして、横をすり抜ける。


「静流」


 譜々ふふさんが、私を呼んだ。呼んだだけ、私は足を止めもしない。


「……そんなまともに嘘もつけないんじゃ、重傷ね」

「うるさい」


 嘘をつく気力なんて、わくはずもなかった。



   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ずっと、母への復讐が私の原動力だった。そのために道徳に反したこともどれだけしただろう。さっきの四人だって、騙して利用してきた。傷つけもして、先程だって言い争いになりそうなところだった。


 もうこれ以上騙す必要だってない。

 音楽で成功することも、必要なくなったから。

 母に復讐して、睦望にはすっかり嫌われた。


 ろくな準備もしてこなかったから、服装もそのままだ。街を歩いているだけでかなり肌身に染みる。


 早く帰りたい。でも帰ってどうする。

 もうバンドやる必要もない。メジャーデビューもどうでもいい。


「…………」


 路上ライブをしている子がいた。

 女子高生……いや、女子中学生か? 小さいのに、一人で路上での演奏なんて。

 でもこういうのは大概誰も聞かない。

 曲の善し悪し、演奏の上手い下手じゃない。


 だって考えてもみてほしい。歩いている人たちは、たいてい理由があって、目的があって歩いているのだ。足を止めて音楽を聴く暇なんてない。それも、よくわからない人間の演奏なんて。

 スマホを使えば、いつだってプロの曲が、流行の曲が聴ける。


 外でわざわざ知りもしない素人の演奏を聴く人間なんていないんだ。


「……しかも、下手だし」


 よく路上ライブをしようなんて思ったな。とあきれてしまう。

 下手なギターで、そもそもチューニングも怪しい。

 あと安物だな。ギターも、エフェクターも、アンプも。


 さっき通りすがりの工事現場で聞こえた電動ドリルの音の方がずっといい音だったくらいだ。キュイイインという一定の回転音は、どこか耳心地がいい。


 そうだ。ドリルで頭に穴を開けてもらおう。そしたらもう余計なことを考えなくていい。ロボトミー手術というやつだ。

 工事現場に引き返していると、路上ライブの前に人が集まっていた。物好きがいるものだ。と、よく見ると柄の悪い感じの男だった。


 ちゃんと聞いてないが、「なあ、そんな下手なギターしてないで、俺らと遊ぼうぜ」とかなんとか言っている。

 あきれたけれど、下手なギターを弾くよりくだらない恋愛遊びの方が余程生産的なのかもしれない。


「やめてくださいっ! ちょっと、ギターにさわらないでっ!」


 女の子が嫌がって抵抗している。……誰か、助けに入る様子もない。はぁ、ドリル借りてくるか。


 工事現場に戻って、目に付いた作業着の人に声をかける。


「さっきドリル使ってませんでした? あれってマキタですか? ハンディの?」

「え? ドリル? マキタって……あーメーカー? 確かそうだったかな」

「ですよね。音でわかります。……ちょっとだけ、借りてもいいですか?」

「ドリルを? 別に良いけど、お嬢ちゃん……ドリルでなにする気だい?」


 頭に穴開けてきます、とは言わずににっこり笑っておく。顔のいい女子高生なのを利用させてもらった。


 ドリルを片手に路上ライブのところへUターンすると、まだ女の子は無事だった。キュインと軽くトリガーを引いてドリルを回す。


「はいはい、面白いもの見せ上げるから、つまんないことはやめてね」


 ナンパ男たちを押しのけて、女の子の前に行く。


「ギター貸して、あとピック一枚ちょうだい」

「え? え? あなた、誰ですか……なんで、ギターって……しかもそのドリルは」

「お願い」


 キュイインとドリルを鳴らすと女の子は従った。

 ナンパする時もドリル片手に持ったらもっと簡単に上手くいくんじゃないの?


「ありがとう」


 私はドリルでピックをそのまま突き刺した。うすっぺらいおにぎり型のプラスチックの板が串刺しになる。無理矢理だったけれど、中間時点で上手い具合に固定された。ドリルを回すと、そのままくっついたピックがくるくる回る。


「よし、じゃあ弾きます」


 ドリルは一度アンプの上に置いて、軽くそのままギターを弾く。

 チューニングがおかしくても、別に一人で弾く分には適当にごまかせる。

 ちゃかちゃかやって、そのまま陽気に歌もうたってやった。


「う、上手いし……え、本当あなた何者なんですか……」


 女の子を無視して、今度は右手でドリルを持つ。


「ちょ、ちょっと、まさかギター壊すつもりじゃないですよね!? それ、二万もしたんですよ!?」


 うるさい。ギターで二万は安物だ。


「アンプとか諸々セットででしたけど」


 すごい安物だ。本当に壊してやろうか。

 演奏中にギターを壊すのは、魂の解放って言うんだ。まあ、さすがに人の物は壊さない。そもそも私はテクニカル系だから、そんなロックな演出もしないし。


 代わりに、キュイイイインとドリルで回転するピックを弦に近づける。すると高速でピックが弦を弾いて、恐ろしいほどの速弾きになる。


 速弾きというのは言葉通り、速くギターを弾きことだ。

 弾き方はいろいろあるが、とにかくスピードで魅せる技である。しかしそこで壁になってくるのは、ギターというのは音を鳴らすのに右手でピックを弾き続ける必要があると言うことだ。

 タッピング奏法なんかもあるけど、まあとにかく基本的にはどれだけ速く、そして細かくピックを弾くかという勝負。

 そんな中で生まれた革命的奏法がある。

 ピックをドリルに固定して、ドリルの回転でギターを弾くのだ。

 するとドリルの回転数だけ音を鳴らすことが出来る。人間の手で弾ける速度とは比べものにならない高速の短い音が連続で鳴る。これがドリル奏法である。


 ずっと弾いてみたかったけど、ドリルなんて女子高生は持っていないからね。


 ピロピロピロピロピロピロピロピロ――と、およそ普段のギターとも似つかない電子音じみた演奏。ドリルの先のピックががたついてきて、音が安定しなくなってきた。潮時かな。

 最後にドリルを回転をピックアップで拾って、アンプにそのまま回転音を垂れ流す。キュイイイイイインとやって私は演奏を終えた。


 満足だった。最後にドリル奏法が出来て、もう音楽に思い残すこともないな。


「じゃあ、ありがとう。そういうことで」


 私は女の子にギターを返す。穴の空いたピックは……まあ返してもしょうがないだろうから私がそのままもらった。


「えっえっ!? あなた、なにがしたかったんですか!?」

「……なにがしたかったのかな。……私もわかんないや」


 そう言って、北海道の街に私は消えた――と思ったのだけれど。


「待ってくださいよっ! さっきのすごかったです。教えてください」


 エレキギターに刺さったシールドをぶち抜いて、女の子が私を追いかけてきた。雑な扱いするなあ。安物だからいいのか。


「ドリル奏法で検索したら動画出てくるから……私も適当に見て真似ただけだし……」

「なんですかドリル奏法って!? そのまま過ぎません!?」

「それは知らないけど……私ドリル返しに行くからもういいでしょ」

「えーっ、なんかもっと必殺技とか教えてくださいよーっ」


 甘えたことを言うな。

 ギターに必殺技なんてない。毎日地味な練習をして、基礎を学ぶ以外に上手くなる方法なんてない。


「地味な練習とかしたくないですよー」


 なるほど、だから下手くそのくせに路上ライブなんてしていたのか。


「あと、なんでエレキギターなのに一人でやっているの。バンド組みなよ」

「……わ、わたしの音楽について来られる仲間がいないんですよ」

「仲間がいたら、地味な練習も楽しくなるよ」

「えー、仲間と必殺技したい。悪を倒したいです」


 君はバンドじゃなくて正義の味方になった方がいいよ。と思った。

 けれど、そうか。


「楽しかったな。みんなでバンドするの」


 自分で自然に口から出た言葉を、頭の中で反芻してしまう。

 そうだ、私は楽しかった。

 復讐がなくても、音楽は楽しかった。

 睦望に歌とギターを聴かせるのも、みんなで練習するのも、ライブで大勢から歓声を浴びるのも。


「……ドリル奏法以外にも、まだまだやってみたいことあるしね」


 必殺技はなくても、試したことのない弾き方、まだ出来ない高度なテクニックなんていくらでもある。

 私は、女の子と別れて病院へ戻ることにした。

 もちろん、途中でちゃんとドリルも返した。


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