愛はありましたか?
第25話 お見舞いですか?
ずっと母への復讐だけが、私の――私の音楽のよりどころだった。
その母が倒れた。
そもそもどこにいるとも知らない、私と
「
祖母は、電話を切ると真剣な顔で言った。
「二人の母さん、私の娘の
「どういうこと? そんな、だって私も睦望ももう何年も……十年以上会っていないのに
「それは……借金とかいろいろあって、あの子もがんばって返済したり、まあハッキリ言うとキャバクラとかそういう場所でも働いていたらしいしで……二人には会わせる顔がないって……それで私に二人を預けて。口止めされいたから、ずっと黙っていて、悪かった」
「な、なにそれ、借金って……会わせる顔ないって……」
祖母の話が、頭に入ってこない。
言っていることはわかる。でも理解に繋がらない。
「静流の気持ちもわかってる。私もあの子を庇うつもりはない。……ただ、咲良が倒れて、緊急連絡先で伝えていた私のところにも連絡が来たのは本当だ。聞いている限り、大事じゃないとは思う。でも、わかるだろ? なにがあるかわからない。私だって、ちょっと前までぴんぴんしていたのに、今だと入院生活だし」
「だから……?」
私は祖母に冷たく言い返してしまう。祖母のことは大好きだ。祖母が娘を案ずる気持ちもわかる。それでも。
「お姉ちゃん! お見舞い行こうよっ! 睦望、お母さんにまた会いたいよ」
感情がグチャグチャで、私は思いのままに母を罵りたかった。
たまりにたまった私の中の黒い塊は、自分でも恐ろしいほどに大きく膨らんでいたらしい。
倒れた、いい気味だ。そのままどうにでもなればいい。せいせいした。今日のライブで成仏させてやる!
ギュッと強く握りしめた私の拳を、誰かがそっと後ろから触れた。
「…………っ!!」
多分、ギリギリのところで、私は踏みとどまったんだと思う。
「そうだね。みんな、ごめん。……ライブ、中止にさせてもらうね」
◆◇◆◇◆◇◆◇
母は、北海道にいた。
もともと実家がこちらにあったらしい。そういえば祖母も元々こちらに住んでいたと聞いている。
どのタイミングかはわからないが、母が子供を産んだときか、それか私たちを捨てたときか、祖母は都内に越したのだろう。そして、最終的には入れ替わるように母が北海道へ。
飛行機代、後で母に請求できるんだろうか。借金がどうこう言っていた。お金なんてないかもしれない。最悪だ。
「……で、なんでついてきたの?」
こんな寒い場所に、バンドメンバーの四人はついて来た。
外出申請して一時退院した祖母と睦望と私と……あと多分関係ない四人。
「だってぇ……静流ちゃんのお母さんになにかあるかもしれないし!」
「……過労で倒れただけだって、あと栄養失調だっけ? どっちにしても、しばらく病院で休んだら大丈夫だって」
「でも、なにがあるかわかんないし……挨拶はしとかないとだし!」
「……はぁ」
病室につくと、母は点滴をして、横になっていた。
一応、あとの四人は病室にまでは付いてこないで待合室にいるそうだ。「あとで挨拶しに行く」とは言われたけれど、勝手にしてくれとしか思わなかった。
「咲良、大丈夫か?」
祖母が、ベッドの横に立った。
足取りがふらふらしていて、祖母の方がずっと心配だ。
「…………母さん?」
母が、薄らとまぶたを開ける。
少しだけ眠っていたなら起こすなよ、と祖母に思ったが、恨んでいた母のことだったから黙っておく。
「あれ、なんで」
横になったままの母が視線をふらふわとさまよわせて、祖母を見て驚き。
「なんで? え、静流に、睦望?」
私と睦望に気づいた。
「どうして、母さんが……二人がいるの?」
「お見舞いだよ。全く、心配させて……本当にバカ娘なんだから」
「えっ、えっ、母さんなんで、だって二人には私のこと言うなって」
「あのな。母親が倒れて……それを子供に伝えないなんてできるわけないだろ」
「だって、倒れたって……え? 私? 倒れたの? あれ、ここ……病院?」
あきれたというか、本当に今やっと気がついたところなのか。
そうなると、聞いていたより重症だったのかもしれない。顔もずいぶんとやつれて見えた。キャバクラね、そんな不健康そうな顔でお客さんつくのかね。
「お母さーんっ!」
睦望が、私の横から駆け抜けて、母のベッドにしがみついた。
「ええ、睦望? 睦望よね?」
「お母さんんっ、大丈夫? お腹痛くない?」
「う、うん、お腹は……空いてるくらいだけど……」
「お母さんんんっ」
そのまま睦望はえんえんと泣き出してしまう。母に再会できたこと、倒れたと聞いていた母の無事な姿を見られたこと、それが込み上がってきたのだろう。
「……静流もお見舞いに来てくれたの?」
「倒れたって聞いたからね」
「……心配かけて、ごめんね」
「心配もなにも、つい数時間前までどこにいるかも知らなかったけど」
「……本当にごめんなさい」
弱り切った母の顔がさらに暗くなる。
相手は病人。そう思って、私はまだ堪えていた。祖母も睦望も、母を心配している。再会できて喜んでいる。
記憶よりもずっと老けた母の顔。最後に見た母の顔。いなくなって、しばらく毎夜のように祖母に泣きついて、寂しがる睦望を歌って励まして――。
「……ごめんじゃないでしょ。子供捨てて……ごめんって」
ダメだ。
「静流、ごめんなさい。……ただ、母さん捨てたつもりじゃなくて……二人のことはずっと愛していたから」
「あ、愛?」
その二文字を復唱するのに、唇が痙攣したみたいに震えた。
愛がなんだって。
「捨てたつもりじゃない? じゃあなに、逃げた? あのさ、母さんがどう思っているかなんて関係ないよ。子供だよ? 私や睦望になにかあったら、どうしたの? 北海道ってさ、それで私たちになにかあったら、母さんになにができるの? そういうのを捨てたっていうんでしょ、もう知らないって、責任持てませんって。覚えてた、忘れてません、今も子供です。そんなの口だけでしょ。なにかあったとき、親としてなにもできない人が……勝手なこと言って……愛していた!?」
「し、静流……っ」
母が泣いた。ざまぁみろ、その顔がずっと見たかった。
「ごめんなさい。その通りよ。……親としてのことなんてなんにもできてない。逃げたし、親失格だった……でもずっと二人のことは好きで……愛してて……それは本当で……」
「お、お姉ちゃん! なんでそんなこと言うの!? お姉ちゃん、ずっとお母さんに会いたかったんでしょ!? 今日また会えて……お母さん体調悪いのに、なんでそんなこと言うの!? 今日のためにバンドがんばってきたんだよね!?」
「今日のためにバンド……?」
睦望の声が、震えていた。母と言いあう私を見て、混乱しているのだろう。
「ね、お姉ちゃん、バンドで有名になってお母さんにまた見つけてもらおうって、また会いたいって……お母さん、お姉ちゃんすごいんだよ! ずっとがんばっててね、歌もギターもうまくて、プロにもなるんだよ!? だからね、ちょっと驚いているみたいだけど、お姉ちゃんも本当はお母さんにずっと会いたくて、今もうれしくて……」
「違うよ」
母と姉の言い争いを止めようと必死な大好きな妹に、私はきっぱりと否定した。
「私が音楽をやっていた理由は……復讐だよ。ずっとそのつもりだった。また会いたいなんて、嘘だよ。だって捨てられて、そんなこと思えるわけないよ。……有名になって、成功して、それで見返してやりたかった。復讐したかっただけだよ」
私の言葉に、睦望が涙の粒を大きくする。
「お姉ちゃん……なんでそんなこと……」
「睦望、この人は私たちを捨てたんだよ。……睦望こそ、なんでこの人のことまだ好きでいられるの?」
「お母さんだよっ、そんなの……好きじゃん……ずっと好きに決まってるじゃん」
「…………私は、違う」
ああ、最悪だ。母よりも、睦望をずっと傷つけている。
復讐をずっと目標に掲げてきた。それでも、睦望の幸せはなによりも最優先だったはずなのに。
「お姉ちゃんっ、バカっ!」
ついには、睦望から頬を叩かれた。勢いはたいしたことない。痛みはそれほどでもなかったが、あの睦望が手をあげるなんて。
「……おばあちゃん、ごめん。睦望のこと、任せるね」
それだけ言って、私は病室を出た。
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