第22話 契約しますか?
生徒会長をやっていると、思うことがある。
人間というのはなにを考えているかわからない。でもそれは個人の話だ。一人一人、みんな別の人間で、彼らの考えはわからない。
でも、たくさんの人がいてその人たちがなんとなく考えていることはわかる。
この考え方は、バンドを売っていくときにも非常に大事であったけれど――とにかく、平均的行動や思考というのはある程度推測できる……という話だ。
学校内で、支持率九割超えの私が、そこらの女子高生一人から好かれないわけがない。意のままに操れないはずもない。
……と思ったものの、恋愛経験はほぼないからな。
もともと私を好きだと言うなら、そこは別に愛でも恋でもなくていいか。
ということで、私はバッティングセンターに来ていた。
楽器をやっている人間として、指を痛めるのは困る。ただ少しくらいなら平気かな。アコギも最近やっていないから、爪は短いし。
適当な場所を選んで、ネットの向こう――バッターボックスに入る。
置いてあったバットを持って、マシーンが放ってくるボールに向けてバットを振った。
ボールは一定のスピードで飛んでくるみたいで、それなら音ゲーみたいなものだ。
私は何度目かでバットにボールを当てられた。手に少しだけジーンという感覚が残る。……うん、もういいかな。
ネットの向こう側に、譜々さんがいることには、少し前から気づいていた。
「……なんで、
「失恋して、思い出の場所に来る……わかりやすすぎ」
もちろん、失恋したって学校をサボることもしていない。
だから彼女の教室に行けば会うことは簡単だったけれど、お見通しであることを強調したくてわざわざバッティングセンターで待っていた。
ちなみに、確率からしてバッティングセンターを私は選んだけれど、他に思い当たる場所には沙也や尋ちゃん、斎君に頼んで隠れながら待機してもらっていた。
先回りしているのがベストではあったけれど、あとから「やっぱりここにいたんだ」って登場するんでも十分だろうから。
「静流がなにいっても、あたしの気持ちは変わらないわ。……だって、もう辛いもの。一緒にいて、嘘ばっかりのあなたを見るのも、あなたが他の人とベタベタしているのを見るのも」
「そっか、残念だよ」
「……だから、もう放って置いて」
「嫌。譜々さんは私の言うことなんて一回も聞いてくれなかったでしょ。なんで私は聞かなきゃ行けないの」
「……一回もってことはない。あたしも、合わせる時は合わせてたわ」
そんな細かいことまでは覚えていないけど――たしかに、あれだけ自分勝手な言動のくせに、大きな問題になったことはない。
尋ちゃんは沙也の世話焼きがなかったら何回か事件になっていても不思議じゃないし、やっぱりそこの見極めはしていたんだろうな。本当に、ご苦労なことだと思う。
「私の気を引きたくて家にピラミッドまで作っておいて……あきらめるの早いって思わない?」
「……早くないわよ。ずっと考えてたもの……昨日のことは、最後のきかっけ。だって、静流には……あたしよりもっと似合う相手がいくらでもいるから」
譜々さんは暗い顔で、うつむいている。
前来た時とはまるで立場が真逆だ。私は腕組みなんてしないけど。
「ちなみに、私に似合う相手って誰?」
「……沙也とか、斎もいいんじゃない?」
「尋ちゃんは?」
「……あの子は特殊すぎるから大変だと思う」
同意見だけど、斎君も大概だ。
そう考えると、散々私の頭痛の種であった沙也が一番まともというのも不思議だった。
「譜々さんは勘違いしているみたいだから、教えて上げる。私は普通な人が好きなんだよ」
「……普通って」
「ま、なにをもって普通かっていわれると……そうだね、はっきり言うと私に都合のいい人」
「…………」
私は笑顔で心から正直に言ったのに、譜々さんは顔をしかめた。
ひどいな、私の本音なのに。
「だから、譜々さんがそうなって。ね、私の都合のいい人……なってくれない?」
「……静流、なに言っているかわかっているの? ……人間として、かなり間違ったこと言っているわよ」
「人間としての正しさに興味がないから。私は目的のためなら、手段は選ばないし」
「……だからって、そんな堂々と……」
「嘘が嫌だって言ったの譜々さんでしょ。」
私がそう言うと、譜々さんは黙った。
「ね、私は譜々さんが苦手だった。それはなにを考えているかわからないから。……でも理由は簡単だった。演技で、つくった言動だから、一貫性とかないんだよね。尋ちゃんともまた別。尋ちゃんは意味がないことにも一貫あるし、大事なことは大事にしているし。……だから今までで一番、やりづらい相手だったよ」
演技をやめた譜々さんは申し訳なさそうにうつむく。
「でも今は理由がわかってすっごくすっきりしたから、これから私に都合良くやってくれるなら全部許すよ。それに、都合のいい人のことはすごく好きだから。……たとえば副会長とか」
「副会長……」
「そんな顔しないでって。副会長はただの例で……私に取っては生徒会よりバンドの方が大事だから、結果的に譜々さんの方が大事だよ」
「そういうわけじゃなくて、副会長を哀れんでいたのだけど」
そんな、すごく幸せそうにしているけどな。
「譜々さん言ったでしょ、私に嘘をつかれるのも、他の人と同じように扱われるのも嫌だって」
「……耐えられないわ」
「大丈夫、こんなに正直に打ち明けているのは譜々さんだけだよ。ね? だから私のこと、受け入れて? これからも一緒にバンドやろう?」
「……あたし、だけ」
私だって嘘をつきたくてついているわけじゃない。嘘で騙す必要があるからついている。
嘘が最初から通じないなら、素で向き合った方がいい。正直に、ただただ利用させてもらう。
どうせもともと嘘が通じていなくて、それで私を好きだったのだから、これで問題ない。さっきも言った通り、私は誰にどう思われようと、世間的にどういう人間だと評価されようと気にしない。
音楽で成功するためなら、薄っぺらな愛なんて、どれだけでも悪用してやる。
「それにね、これは本心で……この前ちゃんと譜々さんと話して、私、譜々さんのことけっこう好きになったよ」
「……ほ、本当に?」
「うん。だからまあ、こればっかりは事務的なお返しにはなるけど、譜々さんが望むようなこともできる限りするし」
「……事務的なお返し」
沙也や尋ちゃんにしているようなことくらいであれば、いくらでもしてあげてもいい。
多少お返しと言うことを考慮するなら、私ももう少し頑張る。
「今までたくさんお世話になった分、まず少し返そうか」
私はそう言って、譜々さんに近づいた。
一瞬、彼女はびくりと後退した。でも私は彼女を抱きしめる。
この口づけは、多分なにかしらの契約になるのだろう。
もしかしたら譜々さんに取っては、悪魔の契約に類するものかもしれない。
それでも私に取っては、どうしても必要なものだった。どうせ、悪魔に魂を売っているの私だから許して欲しい。
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