第20話 腹いせですか?
そういうことで、噂にもなっているほどお昼休みの恒例、
「私と斎君噂になっているみたいだよ」
本人にも伝えておく。迷惑をかけて申し訳ないという気持ちも多少あったし、一応毎回呼び出していることは謝るつもりだったんだけど。
「あーっ! それ僕がこれからシズとデートだよって毎回言ってから生徒会室に来ているからかも! そっかー、噂になってたかー」
「斎君? 私は最近バットを振り回しているけど、怒らせても大丈夫かな?」
具体的な凶器を例に出して怒ると、斎君は慌てて、
「ごめんっ! 冗談のつもりだったんだけど……」
と頭を下げる。
まあ、噂になって困ることはそんなに多くない。バンド仲間内で根も葉もないことならいくらでも否定できた。それに学校内でのことなら、生徒会長としての権限も使える。
「冗談のつもりで言っても、どこでどう広まるかわからないんだよ。今回はいいけど、次からやめてね」
寛大な処置で許してあげる。
もちろん毎回呼び出していることと、これから頼み事があるので、イラっとしたまま怒鳴るわけにはいかないのだ。
斎君が爽やかに笑いながら調理パンをかじる。あまり反省しているようには見えなかった。
とりあえず、咳払いしてから話を変える。
「昨日、譜々さんと話してきた」
「本当!? それで噂のこと、聞けたの!?」
「……それは聞けなかった」
「そ、そっか。……うーん、結局あのイケメンの正体は……」
どのイケメンも知ったことじゃない。絶句女子の女性人気担当、斎君にがんばってもらうことにしたのだ。
「斎君にお願いがあります」
「お願い? ……噂を本当にしてほしいと? ここ僕とシズの愛の巣に」
「明日からバットもってくるね」
「ごめんごめん! それで、お願いって?」
とりあえず、お弁当のミニハンバーグにささっていたカラフルなピックで突いておいた。
斎君には数ダメージしか入っていないが、私の気は少しだけ晴れる。
「彼氏がいるかどうかはどっちでもいいから、とにかく譜々さんの愛を取り戻してきて」
「愛を取り戻すって……」
「斎君は仮だとしても譜々さんと付き合っていた。それなのに黙って別の彼氏をつくられて、だったら譜々さんの気持ちを取り返すべき。そうでしょ?」
「ええぇ……まあ、フフが彼氏のこと黙ってたとしたら、ちょっとショックではあるけど」
どうも煮え切らない反応は私の望みのものじゃなかった。
もう少しないのか。自分の女盗られて、復讐してやるとか。
「そもそも条件であったんだよ。仮交際するときにさ、別に好きな人ができたらお互い円満に別れるって」
「……なにそれ?」
「んー、仮交際だったらありがりなルールだと思うよ」
「まず仮交際をよくあるものとして認識したくないんだけど」
付き合う付き合わないは、もっとお互いちゃんと愛があってするものであるべきじゃないのか。そんな軽いノリで付き合うなんて、女子高生というやつは。
……私は、もちろん大義名分があるから例外だ。
「他にはどういう約束だったの?」
聞いてみるが、どうもパッとしない約束事だけだった。仮交際によくあるルールというのは知らないが、まあ仮交際するなら必要そうなルールだな、と思う。
たとえば、肉体的な接触はなしとか。
「……普通ね」
「うん、普通だよー」
「譜々さんからすると、逆におかしい。普通過ぎる」
「えー? シズからして、フフの印象ってどんなのなの?」
なにかさっきもあった流れだな、と思いながら似たようなことを話す。
「えー全然違くない? シズって、フフと仲悪かったの?」
「……仲は、悪いというか……まあ、よくはないと思う。苦手というか……避けられている気もする」
正直に言うと、斎君は「なんでだろー」と首をかしげた。
私も譜々さんもともとそういうちょっと面倒な人間だと思っていたから、それに関して考えたことはなかった。なにか嫌われるような原因でもあるのか。
「……ま、なにがかんに障ったのか知らないけど、私は嫌われているから。悪いけど譜々さんの説得とか、そういうのは斎君にお願いできる?」
「んんー、そりゃ僕もお願いされたら、できる限り力にはなりたいけど」
「なに、煮え切らない感じ。……もしかして、お礼? 交換条件? ……わかった、今度女の子といかがわしいことしたくなるとき、一回だけ生徒会室使って良いから。ただ終わったら掃除はして」
「ちょっと! だから僕、本当にそういうことはしてないんだよ!?」
斎君の本当のことはさておいても、沙也と私の斎君の印象は多分そんなに違わない。
第三者からどう見えているか、というのは付き合っている時間と場所が同じなら差が生まれないということなんだと思う。
では譜々さんに関してはなんでこんなに印象が違うのか。
少し冷静に考え直してみる。苦手意識が先行して、あまり譜々さんのことがしっかり見えていなかったというのはあるか。でもそれだけか? 私の人を見る目がそんなにおかしいということもないと思うし、私から見た譜々さんは誰から見てもおかしいはず。
そうなると……譜々さんを見ているタイミングの話?
なにかが引っかかって、思いつきそうだった。だけど、
「じゃあこうしよう! これから一緒に、フフに会いに行こう。僕とならフフも話聞いてくれるかもしれないし、彼氏のことももう一回聞いてみよう」
「……それなら、斎君一人の方が上手くいくと思うけど」
「そんなことないって。フフはシズのこと、嫌ってないと思うし」
「んんー」
嫌だったけれど、感情を優先してもいけないか。
大事なことを間違えてはいけない。
「わかった。で、譜々さんってどこにいるかわかるの?」
「お昼休みはね――」
◆◇◆◇◆◇◆◇
斎君に案内されたのは音楽室だった。普段、私たちが練習で使っているのとは別の第一音楽室。
普通に音楽の授業をやるときに使う部屋だった。
「フフはだいたいここでピアノの練習しているよ」
「へぇ……お昼も練習しているんだ」
「知らなかった? フフはすっごい練習たくさんしているよ。僕らの中でも一番かもね?」
「……本当に? ピラミッド時間なしで?」
「なにそのピラミッド時間って?」
「待ってよ! ピラミッド知らないのはおかしくない!?」
「ええ!? ピラミッドは知っているけど、ピラミッド時間ってなに!?」
譜々さんが精神集中のために使っている、彼女の家の庭にあるピラミッドのことだ。
たしか、バンドメンバーで譜々さんの家に行った時も見せてもらったはず。いや、そういえばあの時他のメンバーは別のことしていて、庭まで案内されたのは私だけだった?
それにしても、ピラミッドの話は普段から度々出てくる。
それを気に止めないなんてことあるのか? 忘れるにしても、ピラミッドのこと……忘れる?
「とにかく、今は音楽室でピアノ弾いてるはずだから。フフにエジプト要素なんてないよ」
なにか私がおかしなことを言っているみたいな扱いだ。斎君ほどおかしな人も……いるか、それこそ譜々さんだし、尋ちゃんもだいぶおかしい。
尋ちゃんがノックしてから、
「フフー! いるー?」
と音楽室に入っていく。私も恐る恐るその背に続いた。
「……斎に、静流」
「やあ! 練習の邪魔して悪いね」
これが仮でも付き合っていた人間だからこそできる大胆な態度なのだろうか。私がやったら邪魔だから出て行けとすぐ追い出されること間違いない。
「……いいけど、何の用かしら?」
「んーちょっと話が聞きたくて、昨日シズとも話したと思うけどさ、フフがこの前渋谷でイケメンと歩いてたの見た人がいてねー。それ誰だったのかなーって」
「斎君!?」
こいつ、作戦とかなんにもないのか。全部そのままじゃないか。前世が猪なのか。
呆れる私を、譜々さんが一瞬見ていた気がした。今、口開いてたかな?
「……その話は、ごめんなさい。したくないわ」
「えー!? なになに、やっぱり彼氏なの!? 僕には教えてくれてもいいでしょー」
「恥ずかしいのよ」
「それ余計に気になるってー」
あれ、この感じは……既視感がある。
付き合っている二人が目の前でイチャついているのを、特にすることもなく眺めている状況だ。
やっぱり、斎君一人に任せるべきだった。そもそも斎君の判断を考慮に入れることが間違いだった。感情で判断してはいけないと考えるばかりに、最善の答えではなく感情に反した答えが正解なのではないかと脳が錯覚していたのだろう。
さっきから私を余所に盛り上がっている割りに、譜々さんはこちらをチラチラ見ている。もっと楽しく盛り上がりたいのに、あいついるしなーという気持ちなのか。
そう思うと、さすがに腹が立ってきた。バンドにいくら必要な存在だからと、いつまでもこんな横暴を許して良いのか。
実際、こういう話がある。
一週間二つのグループに分けて施設で暮らしてもらう。
一つのグループはある程度のルールはあるものの、夜中の0時以降は水を飲んではいけないとか、深夜一時以降は照明が使えないとか、そういう些細なもので普通に生活する上では何ら困らないものだけ。
もう一つのグループは朝から夜までびっしりと決まり事の中で生活させる。起床時間、起きてからすること、食事内容、あらゆるものがルールで縛られている。どう考えても、いつも通りの生活は出来ない。
しかし、一週間を終えて生活に不自由さを感じたグループは前者の緩いルールがあった方だ。
傍目には監獄並みに厳しいルールに見えた後者のグループは、自由な思考の余地がない時点で、そもそも不自由さを感じる余裕すらない。
つまり、こういうことだ。
私は譜々さんを甘やかし過ぎた。
よし、厳しく譜々さんを……といっても、今これと言って彼女を叱責することもないんだよな。
じゃあ逆に斎君を甘やかしてみるか。そういえば斎君も「嫉妬させるのは悪いでではない」みたいなことを言っていたような気がする。斎君のことは好いているだろう譜々さんの目の前で、彼女ができないようなことを斎君にする。
斎君も事情はわかっているから、私が多少のことをやってもあとで謝れば許してくれる。どうせ普段から遊んでるんだし、私がなにしても犬に噛まれるみたいなものだろうし。
「斎君ー!」
「えっ!? シズ、どうしたの……ライブ中でも出さないような高い声だして……」
「えー、ちょっと私のことそっちのけで二人とも盛り上がっているからー、私も混ぜてもらおうかなーって」
「あ、うん! そうだね、ごめんごめん」
さっきまで距離を取っていたけれど、ぐっと斎君の真横にまで近づいた。
甘えるというのもどうすればいいのか。
「もー私のこと放っとかないでよね」
と猫なで声を出しながら、斎君のつんつんとほっぺを突いた。
「……シズ?」
「どうしたの斎君?」
「どうしたのって、シズの方だよ。……そんなに、放ってたかな? ごめん」
「そうじゃなくてね、私も斎君ともっと楽しくお話ししたいなってだけだよ」
ぎゅっと腕をつかんで、軽く引っ張ってみる。斎君体がくらっと揺れて、よろめいた。
「そ、そうだね。三人で楽しく話そっか?」
斎君がにへら顔で言う。これは、私の意図を読み取っているのか? なんて情けない顔だ。女とみれば見境なく鼻の下を伸ばす……そんな顔。斎君は演技派なんだな。
一方で譜々さんは……無表情だ。さっきまでは微かな笑みを浮かべながら斎君と談笑していたのに、今は完全に感情が消えているみたいだ。いつも私と話している時の顔。……これは、私が来たからこうなったのか? それとも、斎君に私がべったりしていることを怒っている?
判断が付かないな。私以外の話もしてみる?
「斎君って本当モテるよね。この前も生徒会室で二人っきりになりたかったのに、後輩の女の子二人も連れてきて! もー、このこのっ」
今度は肘で突いてみる。
「あはは、ごめん。そうだよね、シズが呼んでくれてたのに……ごめん、悪いことしちゃったね」
だらしない顔の斎君はいいとして、
「……へぇ、そんなことしているの」
ぼそりと譜々さんが呪詛のような低い声を出していた。
反応が大きくなっている。効果有りか? これだったら怒るにしても斎君がターゲットになるかもしれないし、もっと好き勝手やっても良いか。
悪いのは私じゃなくてだらしない斎君だ。
「斎君謝るばっかで全然反省しないからなー。少しは罰、あげないとだよね」
「罰ってそんな」
「えいっ」
耳にかじりついてみた。もちろん、食いちぎるつもりはない。甘噛み……というか、譜々さんに私と斎君がイチャついているように見えればいいだけだから、実際にはほとんど触れてもいないくらいだ。
「ふわぁあっ!?」
それでも演技派の斎君は顔を真っ赤にしてオーバーな声を上げる。私から数歩離れて、耳を押さえる。
「なにするの、シズ!?」
「ごめん、斎君の耳が可愛くて……」
よし、これぐらいやれば十分か? 少なくとも私の腹の虫は収まった。
しかし、ちらりと横を見れば譜々さんは――。
「な、なによっ……なによ、本当に……っ……あなた……なにがしたいわけっ!?」
そこには、涙を流す譜々さんがいた。
――泣かせた!! 斎君が譜々さんのこと泣かせたっ!!
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