第18話 ジュリエットは何人いますか?

 現状が正確にわからない以上、最悪の事態を想定して行動するべきだ。

 つまり、譜々ふふさんには彼氏がいる。

 おまけに世間からバレないように隠れるつもりもない。


 少しでも間違えれば、メジャーデビューがご破算になりかねない状況である。


 もしすべてが事実で、バレてしまった場合。

 譜々さんはバンドを脱退ということになるだろうか。彼女抜きでメジャーデビューできるか。できたとして作曲はどうする。外注するか? 他の四人には今までのクオリティで曲をつくるのは不可能だ。


 やはり現実的ではない。となると、なんとしても譜々さんの脱退は避けねばならない。

 バレた相手が大辻おおつじさんや関係者であれば誤魔化せる。口裏を合わせて黙ってもらうことも可能性はある。でも一般人、ファンにでもバレ拡散されてしまえば、もう収拾がつかない。

 それでどれだけ人気が下がる?

 いくら女子高生ガールズバンドだからってバンドメンバーの一人に彼氏がいるくらいで、そこまで怒られることか?

 でも商品価値が下がるのは間違いない。それくらい私だって、いや、私だからこそよくわかる。


 今まで自分が売りにしてきたものが、今度は私を、バンドをがんじがらめにしている。

 それでも溺れて沈むわけにはいかない。どれだけもがいても、泳ぎ続ける。目標を果たすまでは。


 ……やっぱり譜々さんには別れてもらうべきだ。

 そうだよ、沙也さやひろちゃんのときと同じじゃないか。譜々さんには彼氏より私を好きになってもらって――ダメだ、これこそ現実的とは思えない。


 そうなるイメージがまるで浮かんでこない。

 どうすればいい? それこそ、ホームランでも打ってみせれば、少しは私に興味がわく?


 それならいっそ彼氏の方を狙うか? 上手いこと私に惚れてもらって、それで譜々さんとは別れてもらう。どんな男か知らないが、どうせ男の思考回路なんて半分くらいは性欲だろう。譜々さんはあの性格にあの言動だ。男を満足させられているとも思えない。

 ……私もよく知らないけれど。

 それでもやるしかないなら、やる。


 しかし、それで解決するのか。

 バンドメンバー相手ならいざ知らず、素性の知らない相手に惚れられるようなアプローチをするのは、リスクが大きすぎる。

 こちらはメジャーデビュー目前の女子高生。向こうは特に失うもののない一般男性。――となった場合、こちらがどんな弱みを握っても、いざとなればなにをされるかわからない。

 かといって、さすがに一生その男をこちらでコントロールできるように手綱を握り続けるのは……結婚か? そいつと私が結婚する?

 いやいや、もう計画どうこうなんて話じゃなくなっている。手段を選ばないにしたって、これは選べる選択肢ではない。

 睦望むつみも祖母も泣かせてしまう。


 それに、よくわからない男になにかするのは、やはり生理的にキツい。

 沙也相手とは話が違う。

 そう考えると、やはり沙也は実際可愛いし、漫画とアニメのよくわからない話をしなかったら特に文句もない。結婚も、まあできなくはない。法律はさておいて。


 と、現実逃避が始まって、これ以上考えても仕方がなさそうだったところで、病院に着いた。


 今日は、私一人で祖母をお見舞いすることになっている。

 睦望が友達と遊びの予定が入ってしまったらしい。謝っていたが、睦望はいつも一人でも何度もお見舞いに行っているのだ。たまに私だけで行く日があってもなんら問題はない。



   ◆◇◆◇◆◇◆◇



 祖母の具合は相変わらずで、悪化していないことには安心するけれど、やはりもう退院してまた三人で暮らすことは難しいんじゃないかと思うと、どうしょうもなく胸に穴が空いた気分になってしまう。


「どうした静流しずる、あんたが浮かない顔して」


 祖母の具合のことで落ち込んでいるというのは知られたくなかった。


「えっと……この前のことで」

「ジュリエット?」

「うん、ちょっとまた別のジュリエットが出てきて」

「はぁ? まあ静流は女子校通いだからね。ジュリエットくらいいくらでもいるか」


 ベッドの上で上半身だけ起こしている祖母は、楽しそうに笑う。

 せっかくだし、祖母にまた相談してみるか。


「どうしても私と相性の悪いジュリエットがいて……そのジュリエットもまた恋人がいるみたいなんだけど」

「そりゃジュリエットは恋に落ちる宿命の女だからね」

「それじゃ困るんだよ。悲劇になっちゃうって。どうにかジュリエットには恋をあきらめてもらいたい。理性的な判断ができない若者は将来をドブに捨てる可能性があるってわかってほしいのに」

「あははは、全く静流は。将来将来って、先のことを考えるのもいいけど、何にも考えないで今を全力で楽しむのも案外悪くないさ」


 祖母にそう言われると、確かに私は自分が楽しむことを考えていないなとは思う。でも自分が楽しむ琴なんて今は後回しだ。


「……方法、ないかな?」

「別のジュリエットなら、別のロミオが必要なんじゃないか」

「別のロミオ……」


 斎君かな。確かに、彼女は仮とは言え譜々さんと交際していた。私よりも上手く譜々さんを誘惑できるだろう。

 そうか、斎君に頼んで譜々さんを寝取って――いや、仮とは言えバンド公認の交際関係だったんだ。だったらよくわからない男から譜々さんを取り戻してもらおう。


「うん、そうだね。私の手に負えないし、違うロミオに頼んでみる。ありがとう、おばあちゃん」

「ははは、力になれたならなにより!」


 そう言って、祖母は私の頭をなでた。睦望の前だと私が恥ずかしがるって知っているから、なでられたのはかなり久しぶりだった。


「どうだい、元気は出たか?」

「……うん、ありがとうね」

「静流は美人なんだ。もっとにこにこしてたら、自然と幸せが寄ってくるよ」

「うーん。……ねえ、おばあちゃん」


 少しだけ思案して、それから聞いた。


「私の幸せは、睦望とおばあちゃんだよ。……私が笑顔なら二人は、おばあちゃんは幸せ?」

「そりゃ、もちろん」

「……うん、ありがとう。だったら、私は心から笑顔になるために、やることをやる」

「静流、音楽かい?」


 私はうなずいた。

 音楽と私の人生は復讐である。


「音楽は良い。静流、でも一つだけ忘れるんじゃないよ」

「なに? 先人へのリスペクト?」

「音楽は楽しんでやること」

「……楽しんでいるけど」


 もっと含蓄有るアドバイスかと思っていたから、ちょっとだけ唇を尖らせてしまった。

 祖母は私の態度に笑う。


「大丈夫、静流ががんばっていたら、お前のお母さんもきっと――」

「おばあちゃん、私は……」

「どうした?」

「私は……頑張るよ。お母さんに見つけてもらえるように」


 祖母のことは好きだけど、たまに母の話になるのはやめてほしかった。

 祖母にしてみれば娘の話で、邪険にもできない。睦望も母のことをまだ好いている。

 この気持ちも、復讐を終えれば、すっかりと晴れて消えるのだろう。


「なあ静流、今度病院で演奏してくれないかい? じーさんばーさん連中に、お前の曲聴かせてやりたい」

「ええぇ? あんまりご年配むけじゃないけど大丈夫? びっくりしちゃわない?」

「なーに、私らの若い頃はディスコがあったんだ。ロックだなんだで心臓は止まらないよ」

「うーん……なにかったら冗談で済まないけど……まあ、病院の方が許可取れるなら私はやるよ。おばあちゃんにも、おばあちゃんの病院仲間にも聴いてほしい」

「決まりだね」


 そのためにも、私は新しい問題児のジュリエットをどうにかしないといけない。

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