愛は必要ですか?

第15話 お別れできますか?

 大辻おおつじさんとの打ち上げ兼顔合わせが終わって、沙也さやと公園に来ていた。

 家が隣同士の沙也とひろちゃんはいつもなら一緒に帰っている。


 だから私と沙也が二人して、というのは尋ちゃんにも他のメンバーにもどう思われるかわかったものじゃない。

 できれば「私たちのこと、隠す約束だから」と断りたかったが、けれどももっと大事な問題が生まれてしまった以上、今は多少疑われても直ぐにでも沙也と話すべきだった。


 ――別れ話、か。


 恋愛経験皆無だった私も、この短期間でえらくいろいろと経験したものである。


 沙也はなんて言うんだろうか。

 まさか別れることになるなら、やっぱりバンドをやめると言い出さないだろうか。そしたら……。


 少しだけ寂しいが、今度はあきらめようと思った。

 表面的ではあったけれど、沙也との特別な関係だった私は、これ以上彼女の意思を無理に従わせようという気になれない。どうしてこう思うのか、自分でも不思議だ。


 尋ちゃんはどうしようかな。別に付き合っていたわけじゃないし、このままゆるく現状維持でなんとかならないかな。


 あとはいつき君と譜々ふふさんにも別れてもらって――どうだろ、反対するんだろうか。この二人に抜けられるとどうしょうもないから、なにか上手く二人が別れてくれるように作戦を練らないと。


「……静流しずるちゃん?」


 名前を呼ばれて、我に返る。

 今は沙也と二人きりで、女子高生が出歩くにはちょっと遅い時間の公園だった。加えて、一応は付き合っている二人ということになる。


「ごめん、少し考え事してた」

「しーちゃん、いっつも考え事してるよね~」

「そんなこと……あるかな?」

「あるある」


 沙也がなんだか嬉しそうに言う。

 これから始める話が、切り出しにくくなるからやめてほしい。


「……えっと、さっきの大辻さん……プロデューサーさんの話だけど」

「あはは、びっくりだよね~。恋愛禁止ってアイドルじゃないんだから」

「……私たちってけっこうアイドル売りもしているから、ね」

「みんな可愛いもんね」


 沙也もだよ、と言って彼女の頭を軽くなでた。褒めるという約束だったから。これが最後かも知れないし、少しくらいサービスしてあげよう。


「今日もたくさんお客さん来てたね~。アタシたちが参加したから、増えたってライブハウスの人言ってたけど、あれ社交辞令かな~?」

「多少は貢献できたんじゃないかな」


 アマチュアのバンドなんて、普通ならライブのチケットなんとか売りさばいて客を集めるのが大変なものだ。それでもインディーズ界隈では名をとどろかせ、メジャーデビュー目前の私たちは穴埋めだけじゃなく『客寄せ』としても呼ばれる。

 今日はそこそこ急な出演だったけれど、二割くらいは私たちのファンだったんじゃないだろうか。


「沙也、プロデューサーさんに褒められてたね」

「え? なになに、嫉妬!?」

「……沙也って、私のこと直ぐ嫉妬する人だと思っていない? 違うからね。普通に、私も嬉しかったって言いたくて」

「本当~っ!? でもね、しーちゃんが嫉妬してくれるのも嬉しいんだよ~。それで静流ちゃんが、プロデューサーの人に負けないくらいアタシのこともっと褒めてくれるだろうし」


 おかしいな。否定したのに、沙也の中で私は直ぐ嫉妬する人間のままだ。

 嫉妬なんてした覚えがない。いや、もしかして目の前で散々イチャイチャされていたころのことか? 表情には出していないつもりだったし、あれはそもそも嫉妬ではなくただのイラ立ちなんだけど。

 寛容なところを見せるためにも、もう少し褒めてやるか。


「沙也は本当に上手くなったよ。始めてからずっと、練習頑張っているもんね」

「しーちゃんが付きっきりで手取り足取り教えてくれるから……かな」

「一人でもたくさん練習しているでしょ?」


 もともと練習時間を増やしていたのは聞いていた。ここ最近は私からの指導も個人指導もあるけれど、やっぱり沙也の努力のたまものだ。

 他のメンバーと比べると、まだ追い付いたとか追い越したとかそういう段階ではない。才能の塊みたいな尋ちゃんにも以前と叶わないかもしれない。


 それでも、


「沙也、えらいよ。よく頑張った」


 抱きしめて、背中をぽんぽんとなでる。妹の睦望むつみ相手にしているようだったけれど、沙也はよろこんでくれているみたいだ。


「むへ~、しーちゃん良い匂いする~」


 あ、よだれはやめてね。

 離れようとすると、今度は沙也が私に抱きついてきた。


「しーちゃん、いっぱい好き。一番好き」

「あ、ありがとう」

「しーちゃんは?」

「……漫画とかアニメとかの話していないときの沙也は好きだよ」


 正直に答えると「えーっ!」と沙也がむくれた。


「なんで!? アタシの全部好きじゃないの!? アタシは静流ちゃんの全部好きだよ!?」

「人間、どうしても受け入れられないものはあるから……」

「そんなことないよ~。アタシはしーちゃんが変な趣味始めても、一緒にはまるから!」

「……私は変な趣味にはまる予定ないし」


 そもそも趣味という趣味がない。ギター、音楽、妹。この中で沙也の趣味と被っていないものは――。


「……今度、私の妹に会う?」

「睦望ちゃん? 前一回くらい会ったことあるよね、しーちゃんに似てすごく可愛かった~」

「まあ、そうだね。そうだろうね」


 どうやら一緒にはまってくれそうだ。

 しかし妹は変な趣味じゃない。全国の姉が共通して持っている趣味でもある。妹のいない可哀想な人間だけが、その趣味を享受できていない。それだけの話。


「それにさー、静流ちゃんもアタシの好きな漫画読んでくれてたじゃん~。撃鉄!」

「あれは……沙也と仲良くなりたくて読んだだけで」

「今度はアニメ版も一緒に観ようよ! アタシの解説付きなら、絶対はまる! 骨抜きになる! 撃鉄依存症になるよっ!」

「依存症は怖いからやめておくね」


 ブロマンスも吸血鬼も興味がない。せめて妹か音楽のアニメなら、まあ考えなくもないからそっちにしてほしい。

 さて、これくらいでサービスは十分だろうか。最後だし、お別れのキスくらいするべきか? いや、後に取っておこう。泣かれたら面倒だし、そういうときなんかキスして良い感じの別れに持って行ける可能性もある。


「それで、プロデューサーさんの話で、私と沙也との関係のことだけど、仕方ないから――」

「うん! これからもみんなには内緒だね」

「え?」

「しーちゃんがみんなには隠したがるのなんで~!? ってずっと思ってたけど、こういうことだったんだね~。さすが静流ちゃん。うんうん、そうだよね。プロデューサーの人がああいうの、予期してたんだね」


 いや、隠してもどこでバレるかわからないから、別れるつもりなんだけど。

 にこにこと幸せそうに笑う沙也に、いくら私でも言葉につまる。


「大っぴらにしーちゃんとイチャイチャできないのはちょーっと寂しいけどっ! でも隠れてってのも、ちょっとドキドキするよね。尋にもまだ言ってないんだよ~。アタシ、尋になにか隠し事するの初めてかも」

「えーあー……でもほら、いつかバレるかもしれないし……」

「そのときは、卒業!?」

「……いや、そういうわけには……」


 どう言えばわかってもらえるのだろう。

 優先順位がある。私に取って音楽で成功することより優先するのは、睦望のことだけだ。沙也のことが嫌いではなくても、必要とあれば別れる。


 今、彼女に適当なことを言って愛想良く付き合っているのだって、必要だからだ。


「でも、いっくんとふーちゃんはどうする……のかな?」


 沙也がもう一つの懸念事項を上げた。

 別れさせるつもりだ。と言うべきか。そんな無情なリーダーに、沙也は幻滅して、愛想を尽かして自然に別れてくれるだろうか。


「どうしよっか……とりあえず、二人とは話すつもり」

「そうだよね。二人もアタシたちみたいにこっそりできるといいんだけど……」

「う、うん」


 客観的な判断としても、大っぴらに付き合っている二人をどうこうするのが先――なのかもしれない。ただこっそり付き合っている私が、二人に別れるよう言うのもどうかと思う。


 しかし、二人が沙也と尋ちゃんの時みたいに揃ってやめると言い出す可能性もある。そのときに、「大辻さんに隠れて付き合ってほしい」という最後の手段を残しておくためにも、「隠れて付き合う」をいけないものと決めてしまうのは早計かも知れない。


 沙也とは、もう少しだけ付き合うか。


「……しーちゃん」

「なに?」

「そろそろ、帰らないとだよね? 睦望ちゃんも待っているし」

「ああ、うん」

「だから」

「だから?」


 沙也が目をつぶった。見ていない間に帰れということか。


「……じゃあ、また明日」

「ちょっと~!! 静流ちゃん違う、お別れのキスだよ~」

「……はぁ」


 予定と違う半日程度のお別れになってしまったけれど、私は沙也にキスをして家に帰った。

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