第14話 ライブは成功しますか?

 今日は久しぶりにライブをする予定だった。

 近場のライブハウスで出場バンドの空きが出て、そこそこ規模も大きかったし、他の出場バンドも有名どころが多かったから多少急だったけれど出演を決めた。


 絶句女子のメンバーからも異論はなく、もちろん五人揃っての参加である。


 いろいろと条件が合って、プラスになると思って出演することにしたのだが、今回のライブはまた特別なものである。


 ――特別。少しばかり、胸の痛い言葉だ。


 メジャーデビュー予定のレコード会社のプロデューサー大辻おおつじさんがライブを見に来るのだ。

 そのあと、打ち上げと兼ねて絶句女子のメンバーと大辻さんの顔合わせも予定している。


 つまり、メジャーデビュー前の大事なライブであった。

 いつも通りやれば、大丈夫だ。そう自分に言い聞かせて、少しだけ指をストレッチする。


 今日ためにできる限りのことはしてきた。バンドメンバーも欠けていない。


「しーちゃん、本当に今日、プロデューサーの人来るの? うわ~、どうしよっ!! アタシ絶対失敗する」

「……静流さん、緊張している?」


 沙也さやひろちゃんに声をかけられた。

 二人は相変わらず仲のいい幼馴染みである。


「緊張はしているかな。でも少しだけ。だから沙也が失敗しても、いつもみたいにカバーするから。ね、安心して」

「ええ~失敗しないアドバイスちょうがいよー。でもありがとーしーちゃん好き~」


 ぎゅっと沙也が私に抱きついてきた。

 沙也はもともとこういうことがあったけど、思わず周囲の目が気になってしまう。


「……」


 無言で尋ちゃんが私と沙也を見ていた。この視線はどういう意味なのか考えていると、


「弦楽器チーム、仲良いよね」


 といつき君からどことなく冷ややかな声をかけられた。

 大事なライブ前にじゃれ合っていて、怒っているんだろうか。たしかに、私も今までならじゃれ合っている沙也と尋ちゃんにイラだっていた。


「時間厳守チームの結束かな」


 私が話を逸らす意味でも、あえてトゲのある返しをすると、


「最近は僕もちゃんと来てるよねっ!」


 と斎君に反論された。

 実際、斎君は前よりちゃんと時間通りに来ている。ただバラバラに来るせいで、今までよりも譜々ふふさんが遅れてくるから正直バンド的にはマイナスだった。遅れて良いから、譜々さんをつれてきてほしい。


「譜々さんももう少し時間を守ってくれたら、バンドメンバーみんなで時間厳守チームなんだけどな」

「無理ね。特にライブ前はピラミッドで瞑想しないと、本番に集中できないから」

「……ピラミッド」


 意味のわからない話だけれど、事実譜々さんの家の庭には小さなピラミッドがある。

 彼女は一人でこの中に入り、精神を集中させているのだ。作曲担当である彼女は、このピラミッドパワーで絶句女子の曲のほぼすべてをつくっている。


 曲には文句がない。というより、譜々さんの曲は絶句女子の生命線でもある。

 それこそ、バンドとしての音楽性なんてものが存在するなら、一番抜けて困るのは譜々さんだった。だからピラミッドに入ろうと、いつも遅刻しようと、ライブ前にスープ春雨を食べていようと、なにも文句はない。彼女に機嫌を損ねられるよりは、これくらい自由にしてもらった方がマシなのだ。


 だからそっとしておいたはずが、


「……譜々さん?」


 なぜかにらまれた。

 もしかして、恋人の斎君が時間を守るようになって、一人残されていることを私に逆恨みしているんだろうか。言って置くが、私は斎君にはなにもしていない。


「……私、斎君のことは知らないよ」

「シズ、知らないってなにさ! 僕のこと、よく知っているでしょ!」

「えー? まあ、広報で売り込むためにみんなのプロフィールは頭に叩き込んでいるけど」

「そうじゃなくてさー」


 とにかく無関係を主張する私に、譜々さんは「っち」と露骨に舌打ちした。

 怖いな。まあ彼女ならこれくらいのことは普通だ。特に構い過ぎるより、放って置く方がいい。


 それよりも、少し前までラブラブだった幼馴染み二人の変化が、どうにも心配でしょうがなかった。


 一応は、沙也には「ごめん、しばらくはみんなに内緒で……メジャーデビュー前で、大事な時期だから」とお願いしてある。

 尋ちゃんも私にキスしたことは、大事な幼馴染みにも話していないようだった。

 だから私もオムライスを奢らされるのと勘違いしていたことは、黙っている。いや、もっと怒って良いのかも知れないけど。別にキスくらいで怒るような子供でもない。


 表面上、二人は以前のように仲のいい幼馴染みだ。

 そこに私が加わって三人で仲良くなった。

 客観的には、そう見えている。

 けれど、これは薄氷の上にある平穏なのではないか。なにかが間違えば、二人はまたバンドをやめると言い出すかもしれない。

 そうならないために、私がすることは。


「……沙也、緊張まだしてる? 終わったら、いっぱい褒めて上げるから。失敗少なめで頑張ってね」


 沙也の耳元でささやいてニコリ。


「尋ちゃん、私の心配してくれてありがとうね。……尋ちゃんのこと、信頼しているから、今日も全力で頑張れそう」


 尋ちゃんの耳元でささやいて耳に軽く口づけする。


 そう、私にできることは、二人からの愛を手放さないようにしっかりとサービスすることだ。

 睦望むつみが知ったら泣くかも知れない。怒るかも知れない。


 それでも、私はなにをしてもこのバンドを成功させる。メジャーデビューして、有名になり、母への復讐を果たす。



   ◆◇◆◇◆◇◆◇



 ワンマンじゃないから、三曲だけ、ささっと手堅くこなしてライブを終える。

 生ぬるい水を飲んで、汗を拭う。歌もギターもというのは、毎回しんどい。どちらかに専念できればといつも思う。


 いい加減、ボーカルは誰か私以外にしたいと思いながらも、今日まで来てしまった。大辻さんの紹介でどこぞの歌姫でも連れてきてくれるなら、直ぐにでも任せたいくらいだけど。


 少し休憩してから、まだ他のバンドの演奏は残っていたけれど、今日はライブハウスを後にする。一応、根回しというかフォローというかで、他のバンドメンバーにも「予定があって最後まで聴けない」と謝罪はしてある。

 女子高生ガールズバンドの私たちは、年上ばかりのバンドのみなさんには好かれているから、多分問題ないはずだ。


 急いで大辻さんの待つ中華料理屋に向かった。


「なんで中華?」

「さあ? ……プロデューサーさんの好みなのかな?」


 沙也の質問に適当な答えを返し、赤い看板の店に入る。


「みんなお疲れ様。演奏、よかったよ。生で聴いたのは……えっと今回が三回目かな? みんな日に日に技術上げてて、特にセカンドギターの子はいっぱい練習したんじゃない? 前よりかなり良くなってた」


 合流するや否や、寸評というか褒めてくれる。労ってくれているんだろうか。


「あ、ありがとうございますっ!」


 沙也が声を裏返して頭を下げた。だいぶ驚いて、喜んでいるんだろう。


「ま、とにかくみんな座って。ライブの打ち上げって言ったら居酒屋なんだけど、みんな女子高生でどうしたらいいかなって困ったよ。さすがにさ、ケーキとか食べながらってもおかしいし。それで夕食も兼ねてちょうどいいから中華料理屋にしたわけ。ここなら、女子高生でも問題ないでしょ?」

「あー……なるほど、心遣い助かります。ありがとうございます」


 割と、普段の打ち上げでは居酒屋にも参加していた。もちろん飲酒などは一切していない。メンバー全員。

 ただこれからメジャーデビューを控えているのだから、怪しまれるような行為そのものもなくさなくてはいけない。

 うん、これからは居酒屋に行くのもなしにしよう。


 そういうことでメンバーの自己紹介を済まして、あまり堅苦しい話もなしで大辻さんを中心に談笑となった。

 やはり沙也はこういうときに一番会話を盛り上げてくれて、


「大辻さんって指輪してないですけど、もしかしてすっごく美人なのに未婚なんですか~!?」

「おい、女子高生。次私に結婚の話題ふったらゲテモノ食わすぞ」


 ときたま地雷を踏みつつ、和やかな顔合わせとなった。

 しかし、その流れで、


来須くるすさん、みんなにも例のこと言い聞かせてるよね?」

「あ」


 例のこと――男性問題絶対NGのことか。

 絶句女子のメンバーに関してはなんの心配もいらないから、伝えてすらいなかった。

 あんなことを言って置いて、一人お酒を飲んでいた大辻さんは立ちあがって声高に言う。


「もう、じゃあ私が直接みんなに言うから。いい? デビューして軌道に乗るまでの数年、炎上するようなトラブルはもちろん、君たちは恋愛全般禁止だから。男ダメ絶対! もちろん、同性相手でも恋愛はなしっ!」


 え、同性も?

 一瞬、絶句女子一同が――それこそ名前通り絶句した。


「おいおい、今の笑うところだぞー」


 ゲラゲラとそのまま自分でおかしそうに笑う彼女に、私は苦笑いで「そ、そうですよね」と答える。

 そのあと、メンバー全員に視線を飛ばしたが、全員が逸らした。


 よし、全員別れてもらわないと。

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