第13話 特別ですか?
話しにくいな。
目の前でむしゃむしゃオムライスを食べられる中で、深刻な話を切り出すというのは難しい。
食べ終わるの待つのも面倒だな。いいか、話しても。
「食べているところ悪いんだけど、尋ちゃんに頼まれていたこと……報告して良いかな?」
「……ほふっ」
確認だけして、私はコラボカフェでのことを伝える。
あくまで彼女たちは沙也の趣味友達。親しいようには見えたが、特別それ以上の関係には見えなかった。
そう伝えると、
「ありがとう」
とスプーンを持った手を止めて、尋ちゃんが頭を下げた。
約束を果たしたことは、まず伝えないといけない。
「尋ちゃんのことは、幼馴染みだって」
「……幼馴染み」
この答えには満足できないのだろう。『ただの幼馴染み』と言えば納得するのか。
多少の嘘やごまかしはできるものの、沙也に関することはやがてバレる。二人の関係性自体は変わらず幼馴染み。
私と沙也の関係は――。
「……沙也には、他に特別な人がいると思う?」
「え、どうだろう。家族とかは……そうなんじゃないかな」
「家族以外で」
段階的に、尋ちゃんの精神状態を考慮しつつ、慎重に伝えよう。
「いるかもしれないね」
「…………そう」
「でもね、幼馴染みだって特別な関係には違わないよね。沙也と尋ちゃんの二人は、私から見ても特別な関係に見えるよ」
「…………でも」
尋ちゃんがなにか言いかけて、一口オムライスを食べた。
「尋ちゃんは沙也とどうなりたかったの? 幼馴染みだけじゃ……嫌だったのかな?」
「……わからない。でもわたしには沙也しかいない」
「今はそうかも知れないけど、これからは先はわからないよ。大丈夫、尋ちゃんにももっとたくさん……友達も、特別な人もできるよ」
「……」
「それこそ、尋ちゃんにとっての沙也よりも」
責任こそ持てないけれど、そこまで間違ったことは言っていないだろう。
お互いの依存度というのは往々にしてズレるものだ。そして時には――そう思うと、少しだけ尋ちゃんには優しくしたいと思った。
「沙也の代わりにはなれないと思うけど、私だったらいつでも喫茶店くらい付き合うから。ね、尋ちゃん。いつでも呼んで良いよ」
そう言ったが、実際呼ばれても行けるのタイミングはあまりない。
暇だったら行く、という感じにはなるけど、大事なバンドメンバーのケアのためだからある程度は予定を付けるつもりはあった。
私はコーヒーを少し飲んで、喫茶店に流れるクラシックに耳を傾けた。クラシックはたいした知識もないけれど、この曲は知っている。
音楽は孤独な人間の味方だ。
「……特別な人、静流さん」
「え? いや、私は……まあ、バンドメンバーで友人だから……そうなのかな? 尋ちゃんに特別な相手だって思ってもらえるのは嬉しいよ」
幼馴染みが特別な関係であるように、バンドメンバーも特別だ。
私はそういうつもりで言ったのだけれど。
「静流さんは、特別な人」
「う、うん?」
オムライスを食べ終えた尋ちゃんに、じっと見つめられる。
「見つかるよ、尋ちゃんならもっとたくさん特別な人」
とりあえず、嫌な予感がしたのでにっこり笑って誤魔化しておく。
はっきりと私はバンドメンバーで友人という意味以上で特別ではないと告げるべきとも思うが、今はタイミングが悪い。彼女の心は弱っていて、現実的な拒絶にはこれ以上耐えられない危険性があった。
「……沙也はキスしたことあるのかな」
私が話を流したのだけれど、それにしても急に突拍子もない話題に変わった。
しかも、偶然にも私が答えを知っている話題。
「どうだろうね」
「……静流さんは?」
「え?」
「顔、赤い」
適当にしらっばくれたつもりだったが、どうも脈絡のない会話についつい昨日のことを思い出してしまったようだ。
私は普段あまり顔に出るタイプじゃないはずなのに。これでも一応は女子高生ということなんだろう。
「……あるの?」
「ま、まあ、そうかな」
別にそういった経験の有る無しで偉ぶるつもりもなかったのだけれど、なんとなく私の中の内なる女子高生が口を滑らせてしまった。
相手さえ言わなければ、隠す必要もないから大丈夫か。
「どういう相手? 特別な人?」
「……特別かと言われると、まあ特別なのかな」
「付き合っているの?」
「そういうわけじゃないけど」
なんだ、やけにグイグイ来るな。この流れは想定していなかったから、どう答えるのがいいかあまり見当していない。少し気持ちも乱されているし、冷静に対処しよう。
とにかく沙也のことは隠しつつ、早めに話を終わらせたい。
「この話は少し恥ずかしいから、これくらいでいいかな? それより、尋ちゃんには今後ともバンドで一緒に頑張ってもらいたくて……あ、沙也もね、バンドのこと考え直してくれるみたいで」
「……一人だと頑張れない」
「え、だから沙也もまたバンドやるって」
「……静流さんにも応援して欲しい。わたしの特別」
もしかして、オムライスを私に奢らせようとしている?
はっきり言って、私が奢る理由がわからない。でも傷心の人間には優しくするべきか。失恋した人間が友人たちから奢られる――みたいなやり取りを見た覚えがある。
「わかった。いいよ」
そう言って、伝票を取ろうと少し前に体を乗り出したときだ。
「静流さん」
尋ちゃんは、私の名前を呼んで口づけしてきた。
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