第12話 初めてですか?
状況を整理しよう。
愛する二人を世間に批判されない形で従わせるために、私もその愛にいれてもらおうと思った。寝取るというやつだ。その行為自体が認められなくても、結果的に愛があったとなれば、世の大半はなんだかんだ認めてくれる。
幼馴染み同士だからといって、そこにある愛がいかほどのものか。
そう試していたのは他でもない私だった。
だが
こうなると、尋ちゃんへの協力は完全にご破算である。
あくまで尋ちゃんを優先的に考えていたのだから、ここで逆効果になることはしたくなかった。
とはいえ、当初の予定でも沙也の愛情を奪い取るはずだった。その後、尋ちゃんをどうバンドに残すかも考えてある。
つまり、「沙也の愛なんてたいしたことはなかった。沙也がやめるからといって尋ちゃんまでバンドをやめるというのはおかしい」という証明をすることだ。
ただ前提として、私が尋ちゃんの願いを受けていなかった場合のみ成立する。明らかに沙也への好意を確かめようとする尋ちゃんの願いを聞いておいて、「沙也は私のことが好きで、尋ちゃんのことは単なる幼馴染みとしか思っていないから一緒にバンドをやめるなんて考え直した方がいい」というのはあまりにも無理がある。
私がおかしいやつだ。頭がおかしいと思われるのは構わない。ただ尋ちゃんが「沙也にも振られて、リーダーも頭のおかしい裏切り者で……」となったらどう考えてもバンドをやめてしまう。
尋ちゃんの願いを聞くのが早まったのか。でもあの時最善、最優先だったのは尋ちゃんの確保だったし。
「うへへへ、
苦悩し、思考を巡らせて解決作をなんとか見つけようとしている私をよそに、沙也が幸せそうに笑っている。
イラっとする。誰のせいでこんなことになっているのか。
「バンド……やめたいって言ったけど……やっぱり、しーちゃんはアタシにいてほしいよね?」
「え? まぁ……」
「じゃあ、残る!」
「……っ!」
っだよ!!
やっぱりすごく軽いノリで撤回したよ。私があれだけ真剣に説得した時はまるで取り合う素振りもなかったくせに、ちょっと好きな相手に言われた悩みもせず全然撤回する。それもさっきの今だよね? やっぱり愛とか害でしかない。いや、そもそもこれが真実の愛などとは思えないけれど。
「付き合うってことでいいんだよね? どうする、いっくんたちみたいに、アタシたちもちゃんとみんなに言った方がいいよね?」
「待って。それは……尋ちゃんも驚くと思うから」
「え~、尋ちゃんならお祝いしてくれると思うよ~」
「……」
こいつ、私より尋ちゃんの方が付き合い長いよね。幼馴染みなんだよね? 尋ちゃんのことなんにもわかっていないな。
沙也にしてみれば尋ちゃんは意識して劣等感を覚えることはあっても、恋愛的な感情はそもそもなかった。そういうことんだろう。私の前でイチャイチャしていたのも、単にそういう性格だったということか。
なるほど。
ここからどう軌道修正するべきだろうか。
「あのさ、しーちゃんさ」
「なに?」
「この前の練習の時……アタシに、なにしようとしてたのか、教えてよ?」
「え、なにって? ……あのソロの練習の時?」
沙也の気持ちをこちらに向けるため、
「あれはさっきも言ったけど、沙也がやめるって聞いて、焦って距離を縮めようと……練習にかこつけて、ね? あはは」
「それで、キスしようとしてたんだ」
「はぁ!?」
していない。首くらいなめようかとは思っていたが、キスなんて
「い、いいよ。……そのアタシも、そういうの憧れあったし、しーちゃんとなら」
「待って、沙也。私、本当にそういうつもりじゃなくて」
「しーちゃん、照れてる? もしかして、初めて?」
「照れていない」
初めてというと、これから初めてをするみたいになるから、そっちに関しては答えない。正確にいえば、したことはないがするつもりもない。
「じゃあ、いいかな?」
「じゃあ!?」
「アタシも初めてだから、上手くできるかわからないけど」
「沙也!? ちょっと」
どうする。避ける? 払いのける? でも、仮にも今さっき好きだと言った相手だ。
咄嗟の判断、しかし間違えれば――。
◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、尋ちゃんと会う約束があった。
沙也とのことを報告するつもりだったのだ。もちろん、尋ちゃんに頼まれていたお願いの方の結果のことだ。私と沙也の間にあった予定外のことを報告するつもりはなかった。
ばっくれたい。
今はちょっと尋ちゃんと話せる余裕がない。しかし、そんなことを言って逃げるわけにも行かない。
待ち合わせたのは最寄り駅。尋ちゃんは私よりも早く来て待っていた。約束の時間の五分前だったけれど、
「ごめん。待たせちゃったね」
といつもより腰低めにうかがう。
どうすべきか考えたけれど、最優先事項は変わらない。
尋ちゃんをバンドから抜けさせない。だいたい、沙也はやめないと言っているし、尋ちゃんの願いも叶えた。だから尋ちゃんも、理屈の上ではやめないはずである。
そうなれば、あとは尋ちゃんの気持ちの問題だ。
だけど、私はそんなもの知らない。どうせ目標のためならなんでもしてくれようと、二人の仲を引き裂く覚悟の上だった。尋ちゃん、ごめんね。あなたの大事な幼馴染みは私のものになったけれど、約束は約束だから守ってね。
「えっと、どうしよう。昨日……沙也と、沙也の友達とで遊びに行って……そのこと話したいんだけど」
「うん」
ただ尋ちゃんが失恋でゾンビみたいになられてしまうと、バンドとしては困る。失恋で音楽により色が出るタイプもいるけれど、尋ちゃんがそのタイプには思えない。どう見ても引きずる。そうならないように、ケアする必要がある。
この際だから、上手い具合に沙也を落として、尋ちゃんには完全に自立してもらおう。
尋ちゃん、あんな幼馴染みのことは忘れて。これからは音楽に生きよう。
「喫茶店でいいかな?」
尋ちゃんが首をまた縦にふる。どうも表情が暗いけれど、これからする私の話に察しがついているんだろうか。それとも私と二人きりということにテンションが上がらないんだろうか。
沙也といないときの尋ちゃんというのは、だいたいこんな具合な気もする。
近くに穴場的な喫茶店があるので、そこへ向かうと良い感じに奥まった席が空いていた。
「私はコーヒーだけど、尋ちゃんは?」
「……オムライス」
「お腹空いてたの?」
「こういう喫茶店、初めて来る。……喫茶店でオムライス、食べてみたかった」
確かに、女子高生がチェーン以外の喫茶店に入ることはあまりない。
駅前のよく知った喫茶店は混んでいるからと、あとはああいう店は割高なので、私はこのよくわからない個人経営のお店を使っている。
「じゃあ……」
注文を済ませるが、話すタイミングをうかがう。
まさかオムライスを頼むと思っていなかった。繊細な話題だ。注文が揃って、店員の邪魔が入らなくなってからのつもりだったけれど、オムライスが届くまでの時間をどうしたものか。
「沙也とは家が隣同士だから、たいていどちらかの家で会う」
「え? ああ、そうなんだ」
こういう喫茶店に初めて来る、の話の続きなんだろうか。
沙也とはあまり外出しないから、こういう喫茶店にも来たことがない。そういうことだろう。
「私もあんまり喫茶店は使わないけど……バンド関係で人と話すことがそこそこあるから、そういうときに。ここもそれで何度か使ったことがあるくらいで」
ライブハウスの関係者、対バンするグループのリーダー、他にも音楽関係のもろもろの人と話すことがある。今の時代、バンドを売ると言っても自分だけの力でどうにかなるわけじゃない。
いろいろなコネや人脈、あらゆる手段を駆使して戦う必要がある。
こちらも女子高生という立場を最大限使わせてもらった。……一応、睦望に言えないようなことはしていないが。
「……沙也、わたし以外と喫茶店に行く」
「コラボカフェのこと? あれはまた別だと思うけど」
「……わたしは、沙也とならどこへでも行きたい」
重いな。こっちはこっちで、真実の愛だったのかもしれない。
もしそうだとするなら、私はやはり応援し尋ちゃんの気持ちを尊ぶべきなのか。睦望はなんていうだろう。
「あのさ、沙也のことが大事なのはわかるよ。でも尋ちゃんは尋ちゃんなんだから、もっと自分でいろいろしてもいいんじゃないかな。喫茶店だって一人で行ってもいいと思うよ」
柄にもなくふわっと中身にないことを言ってしまった。
こういう概念的なことはあまり好きじゃない。ただ依存しすぎる幼馴染み関係を終わらせるには、ロジカルな論破があまり効果的とも思えなかった。
幼馴染みと言っても結局他人だよね? とか言って、尋ちゃんが考え直すのか。
違う。論破というのは、相手の考えを否定することじゃない。新しい道を指し示して、考え方を広げることである。
睦望に太ると脅して泣かせてしまった、悪い姉の私はもういない。私は毎日成長している。妹への愛と復讐心が私を大きくするのだ。
「尋ちゃん、これだけは先に言わせてほしい。……私は尋ちゃんのことが、必要だよ。尋ちゃんには、沙也が必要なんだと思う。でもそれと同じで、私には尋ちゃんが必要」
尋ちゃんも一人ではない。失恋で落ち込んだ時にも、自分が誰かからは必要とされている。そういう小さなことが、心の支えになる。
……と本屋で失恋に関する本を立ち読みしてきたところ書いてあった。
ちなみに、寝取った人間が寝取られた側にかけるもめない励まし言葉はいくら探しても見つからなかった。
「……静流さん、あ――」
尋ちゃんが言いかけたところで、タイミング悪くオムライスが届いた。
頼んだのは彼女なので、私のせいじゃない。
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