第11話 愛はありますか?

 好かれようとしていた。

 特別な幼馴染み同士の関係に割って入って、二人の関係性を――愛を、試そうとしていた。


 そのために私はアピールもしていた。いつもより愛想良く接して、ボディタッチにも精を出した。好きでもない漫画を読み込んで、コラボカフェに行って――最後の二つは、別の目的ではあったけれど、すべて『沙也さやのことを好いている』と勘違いされてもおかしくない言動だった。


 だが好きではない。

 あくまでも目的あってのことだ。


「好きって……沙也のことはもちろん好きだよ」


 そういう意味で聞かれているわけじゃない。そうわかった上で、私はいったん距離を測るようにしらばっくれたことを口にして笑った。


「そういう意味じゃなくて」

「ごめん、最近なれなれしかったかな。そうだよね、今日も無理言って沙也の友達とのお出かけについて来て……」

「それはいいんだよ? アタシもしーちゃんと遊びに行くなんて、すごく珍しかったし嬉しかった。でも……しーちゃん変じゃん。ちょっと前から……距離、おかしくない!?」


 やはり自分のキャラでないことをしすぎたのか。

 いつき君は、「こういうのってギャップがあったほうがモテるよ。……その、普段事務的なシズに好意全快で来られたら、ついくってなると思う」と言っていたが、上手くいかない。

 個人差もあるだろうからな。

 話して問題ない部分、隠した方が言い分を分けて――沙也の疑いを晴らして警戒心を下げよう。

 このまま「沙也は、ひろちゃんのことどう思っているの?」なんて聞いてしまうと、それこそ私が沙也を好きで、幼馴染みとの関係性を知りたがっているようにしか見えない。


「沙也がバンドやめたいって言って、びっくりしたんだ。……沙也の気持ちはわかったつもりだし、私にどうしてもって止めることができないのはわかっているけど、それでもやめてほしくなくて。だって、沙也は……バンドを抜きにしても、私に取って高校で最初の友達だから。それで……うん、少し焦って、沙也との距離を確かめたくなっちゃったのかな。ごめんね、この前も、少しベタベタしすぎちゃったよね」


 もちろん、私のアプローチを沙也が不審がる可能性は元々想定している。

 そうなったときの言い訳は事前に用意してあって、私もよどみなく答えた。


「嘘だよ」

「え? 嘘って、そんなことないよ」


 多少表現に事実と異なるものはあったけれど、嘘と言うこともない。


「だってさ、まずしーちゃんが……アタシのこと、あれだけ引き留めるのがおかしいって思ったんだよ!」

「……おかしいかな?」

「静流ちゃん、もっと合理主義者じゃん。アタシなんて、いなくてもバンドなんとかなるってわかってるよね? だったら、もっと簡単に諦めて……五人必要だとしても、次のメンバー探すよ。いつも静流ちゃんならそうする!」


 なるほど。私はバンドメンバーがやめると言われても、不要なメンバーであれば諦めて直ぐ他のメンバーを探すような人間と思われているのか。

 間違ってはいない。

 一応沙也のことをすぐ諦めたわけではないけれど、それでも尋ちゃんの件がなければここまで必至に食い止めようとしたり、愛だなんだと作戦も実行しなかっただろう。

 やはり沙也はバンドメンバーの仲で僅差ながら一番付き合いが長いこともあってか、私のことがよくわかっている。


「だから……しーちゃん、もしかしてアタシのこと好きなんじゃないかなって」


 やっぱりわかっていない。

 でもはっきり否定すると、私の今までの言動と整合性がなくなる。この後なにかしらまた沙也にアプローチする可能性もあるし。


「飛躍しすぎじゃないかな?」

「否定、しないんだね」

「それは……」


 しないんじゃなくて、できないんだけど。

 取り得る選択肢を再検討しよう。

 否定はできない。

 そうなると、あいまいに流すか、肯定するか。

 このまま沙也が諦めてくれそうにも見えないけれど、私の精神力なら根負けすることもない。だったら無言を貫くべきか? でも沙也との間にはしこりが残る。彼女がバンドをやめるやめないにせよ、彼女はクラスメイトであり、残留要請中の尋ちゃんの幼馴染みでもある。


 肯定すると、沙也は私のアプローチを疑っていて効果がなかったことからも、私の好意を受け入れることはないということなんだろうし、断られて終わりか? ――案外、悪くない?


 当然、誰かに告白なんてしたことはない。

 振られるというのは存外傷つくと聞くが、私に取って大事なことはもっと別の結果にある。


 そうだ。好意を認める。その後「やっぱり、沙也は尋ちゃんが好きなのかな? 尋ちゃんのこと、どう思っているのか教えてよ」と言う流れなら自然だ。振られた後、誰が好きなのか聞くというのはおかしくないシチュエーションに思える。


「……うん、私は沙也のこと、好きなんだと思う。それで、沙也がバンドやめるって言って……焦っちゃったのかな」


 真顔で言うのも雰囲気が出なかろうと、多少照れた演技もいれる。どうだろう、計算だけでメンバーを見捨てられる心ないリーダーという印象も一緒に薄められるといいんだけど。


「そ、そっか……しーちゃんが……」


 ところが言った私以上に、沙也が顔を赤くしている。なんだ、私に好きだと言われて照れているのか。幼馴染みとは人前でも散々イチャイチャしていたくせに。案外それを除くと経験もないんだろう。私もないけど。


「アタシ、自分で言っといてだけど、しーちゃんがアタシのこと好きって言う方が意外だったかも……」

「そ、そうかな? でもほら、沙也は可愛いから。明るくて、いつも一緒にいると自然と楽しくなるし」


 漫画とアニメの話は例外だけど、嘘ではない。ただ沙也の口から出るのは七割くらい漫画とアニメの話である。


「……あ、アタシも」

「ん?」

「アタシも好き」

「んん?」


 私がなにか話を聞いていなかったのか、沙也がなにを言っているかわからない。

 好きって、私のことが?


「静流ちゃん……もっと、私のことは単なるバンド仲間くらいに見てるって思ってた。だからね、最近、しーちゃんがアタシに距離近かったの、本当はすごくうれしかった。それで、もしかしたらそうなんじゃないかってずっと考えちゃってて……」

「へぇ」

「アタシも静流ちゃんが好き!」


 真っ赤な顔で沙也が断言した。


「……えっと、尋ちゃんのことは?」

「ええ~尋は幼馴染みだよ~。しーちゃんもそれは知ってるでしょ~」

「知っているけど、でも二人ともすごく仲がいいし」

「ええ~! もう、しーちゃん嫉妬してたの!? あはは、ちょっとうれしいな。でも本当、尋とはただの幼馴染み。友達、親友、幼馴染みだよ~」


 よし、尋ちゃんに頼まれていた願いは達成できた。

 ついでに当初の作戦だった沙也からの愛も手に入れた。やはり差な馴染みの間にあるのは偽りの愛だった。そんな上っ面の愛情で私の目標を邪魔したことは許せない。


 奪った愛は利用させてもらう。沙也は愛する私から「バンドやめないで」と頼まれることで絶句女子を続けてくれる。

 尋ちゃんもお願いを聞いたのだから、バンドはやめない。


 ――って、そうならないよっ!! なんで両方の作戦が同時に達成する!!


 私は尋ちゃんになんて言えばいいんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る