第8話 モテ術は効果ありますか?

 自分なりに、人から好意的に見られるよう努力していたつもりだった。

 しかしあくまでバンドではファンに向けたものだ。生徒会長としても、多少なりとも周囲への見られ方には気を遣っていたけれど、そこにはやはり恋愛的な考え方がなかった。


 想定していた以上にいつき君からのアドバイスは具体的で、私が思いつかないものばかりだった。


「……本当に、そんなの効果ある?」


 頼んで聞いているのに、つい疑ってしまったほどである。


「あるよ! 僕も……んんっ、女の子はけっこう強引なの悪くないって多いんじゃないかな?」

「へぇ、譜々ふふさんもそうなの?」

「なっ、なんでフフのこと!?」

「え、だって、斎君の恋人なんでしょ? だからそうなのかなって」


 斎君のモテ術は実践と成果によるものだろう。さっき連れだってきた後輩女子二人もそうだろうけれど、その最たるものが交際中の譜々さんなはずだ。


 譜々さん、そういうイメージ全然ない。人からなにか強制されるのをすごく嫌がるタイプ。……つまり、私とは相性が悪い。

 私は人に合わせて愛想良く出来るから、バンドでそんなもめることもないけど。


「んんーフフはえっと、どうだろうね?」

「恋人のことだから、自分だけの秘密ってことね」

「そうかな、うん、それ!」


 なんだか適当な感じだ。斎君のこのヘラヘラした感じも、モテ要素なんだろうか。私からするとハッキリしろって思うんだけど。


 ともかく、今日は放課後は第二音楽室を使える日だったから、さっそく教わった方法を試すことにする。


 沙也には、


「できれば練習には……最終決定までは参加し続けてほしい」


 と頼んで了承してもらっている。あんな性格だけれど、沙也は義理堅い。幼馴染みより、リーダーの私に相談したこともそうだ。多分、頼んで一度了承したことは破らないだろう。

 最終決定というのも、結局は私が下すものだから、限界ギリギリまで引っ張れば――まだ時間は残されているはずである。


 ただ音楽室には、沙也と尋ちゃんのセットで来てしまう。残りの二人が来るまでには猶予があっても、尋ちゃんがいるんじゃ作戦が上手くいくとは思えなかった。


 申し訳ないけれど、また尋ちゃんを一時的に排除させてもらおう。

 尋ちゃんのクラス担任に少し急なお願いをしてきた。生徒会から清掃ボランティアの人員要請である。これで彼女のクラスは二名の立候補者が決まるまで、長いホームルームから解放されない。


 巻き添えになった尋ちゃんのクラスメイトたち、そして未来のボランティア立候補者には大変申し訳ない。しかし、これは私の目標のために必要なことだ。

 生徒会主催の清掃活動はその後で中止になる予定だけれど、立候補してくれた二人に関してはできる限り目を付けて便宜を図るようにしよう。


 多少良心は痛んだけれど、これで心置きなく沙也を口説ける。


 ――はずだったのだけれど、音楽室にはまたいつものように私含めて三人いる。


 尋ちゃんは、いない。計画通り、まだ教室で清掃ボランティアを決める話し合いに拘束されているだろう。


「……なんで、斎君」


 たいてい譜々さんと一緒に、三十分遅れくらいでくるはずの彼女が、どうしてか音楽室に一番乗りしていた。

 ドラムセットの前にも座らず、立ったまま私と沙也を見て、


「やあ」


 なんて言ってきた。

 どうして今日に限って。それも、譜々さんも置いて一人でなんで。


 こんなことならホームルームが終わった後、沙也を連れて音楽室以外の場所へ行けば良かった。ただ生徒会室は私以外の生徒会メンバーが仕事で使っているし、それ以外の場所だと人目が気になる。誰も来ないような空き教室もなくはないけれど、そこに沙也を連れ込むのはさすがに無理がある。


「あれー、斎君! 今日は早いね? どったの?」

「あはは、いつもみんなを待たせると悪いなって。……そういえば、サヤはシズと同じクラスだったね」

「うん~。だからアタシはいつも静流ちゃんと、あと隣のクラスの尋と来ているんだけど……今日は尋のクラスがホームルーム長引いてて」

「へぇ、大変だね」


 邪魔だ。なんでいるんだ。せっかく二人きりになるために先生まで使って計画したのに。

 私がついつい斎君をにらむと、なぜか彼女は頬を赤らめながら私をチラチラ見返してきた。


「……?」


 なにか、私に伝えようとしている?

 なるほど、斎君は私が上手くやれるか見守りに来たということか。

 相手が沙也だとは言っていない。しかし、いくつか状況説明に沙也の情報を出したから、特定されてしまったのだろう。そんなに露骨なことを言ったつもりもなかったけれど、斎君だって沙也とは一年以上バンド仲間なわけだ。ピンと来ることがあったのかもしれない。


 お昼の様子からも、彼女は協力的だった。つまり邪魔しに来たわけではなく、応援?

 応援に来てくれたのなら、いいのか。

 二人きりの方が望ましいと思っていたけれど、私が沙也を口説こうとしていると知った上で斎君は来ている。なにか考え――もしくは恋愛経験のない私にはよくわからない恋の駆け引き、モテ技術なのだろうか。


 ただ問題なのは、相手が沙也だと知られてしまったことだ。

 沙也と尋ちゃんの仲はバンドメンバーだけでなく学校中でも知られている。特別な関係の幼馴染み同士。その沙也を相手に、尋ちゃんに隠れて私がこれからすることは――まあ斎君があまり恋愛関係にモラルや道徳を持ち出すとタイプじゃないから平気か。


 そもそもわざわざ譜々さんを置いてきてまで応援に来てくれているのだ。私の行動を咎めるつもりもないだろう。


 わかったよ、斎君。曲がりなりにも、彼女は私に取ってモテ技術の先生である。斎君の前で、沙也を落としてみせよう。


「沙也。せっかく二人だし……」


 二人きりを想定していた作戦だったので、早速おかしな部分が出てくる。いや、多少ならアドリブでアレンジできるか。


「三人で、斎君がいるから……ギターのさ、ソロのとことか練習してみない? 私、見るからさ。ほら、沙也も一回くらいソロしてみたいって言ってたよね」

「えっ、でも……だってアタシ」


 バンドをやめようと思っているのに、という顔だ。

 もちろん私は「だからこそ最後の思い出に、やめる前に一度やってみない?」と言うつもりだった。

 沙也がやめることを知らない斎君がいるので、彼女も私も黙ってしまう。


「そ、そうだ、いっくんがいるから……ソロって?」

「斎君は……メンバーで一番ソロが上手いでしょ。魅せる演奏が得意だから」

「あ~。いっくん、ソロすると歓声いつもすごいもんね」

「あはは、照れるなぁ」


 私にかかれば、状況に応じて即座に無理のない誘導など造作もなかった。

 これで予定通り、ソロの練習という自然な流れで沙也と体を近づけられる。私はどちからというと人に体を触られるのは嫌なので、あまり気が乗らなかったのだけど、「うれしいよ。ふいとしたときにボディタッチしてもらえると。気を許されている感じするし、求められているのかなって」と斎君が力説していたので信じることにした。

 斎君もファンの女の子によく頭なでたり頬なでたりしていたな。私はやっても握手までだから、ある意味ファンサービスの頑張りようとみて尊敬もしていた。


「ほら、ギターチューニングして」

「う、う~ん。じゃあせっかくだから、二人にソロ教えてもらおうかなぁ。でもアタシ全然だから、ソロとか本当できないと思うよ~」

「大丈夫。ね、斎君もそう思うよね?」


 斎君もうんうんと頷いて、話が進む。私一人でも上手くやれたはずだが、確かに斎君と二人で押すことによって沙也を簡単にコントロールできている。

 自己主張のハッキリしている沙也だけれど、ムードメーカーで空気を読むこともできる彼女はこういう周囲からの押しに弱い。


「えっと、まずは……チョッピングの練習が良いかな」


 絶句女子の持ち曲はテクニカルなものばかりだ。どれも初心者向けではない。そもそも私が七弦ギターを使っているから、六弦ギターを使っている沙也ではそのまま弾けなかった。

 もし実際に沙也がソロをすることになると、編曲するか、新しい曲が必要だ。


 本来なら実際に弾きたいソロにそって練習するのが早いが、今回は打算的なこともあってソロでよく使うギター技術の一つを教えることにした。


「あ~、チョップなら少し練習してるよ」

「本当? ならやってみせて」

「えっと……」


 沙也は少したどたどしい感じだったけれど、有名な洋楽のワンフレーズにチョップを交えながら弾いた。

 ちなみにチョップというのは、ブラッシング音というミュートした状態で弦を鳴らすことで、音を強調する奏法のことである。

 ちょっとした違いだけれど、細かい音が入って、音がそれっぽくなるのだ。


「ちょっと右手の押さえ方が甘いかな?」


 私は沙也の後ろに回った。背中から彼女を抱きしめるような形で、手にそっと自分の手を重ねた。


「こ、こうかな?」

「うん、いいと思う」

「……」


 今までだって、沙也には何度もギターを教えている。こうやって手が触れることくらいは数え切れないほどあった。

 ただ今回は、いつもと違う。私は沙也の背に貼り付いたままだ。


「どうしたの?」

「どうしたのって、しーちゃんだよ~!」

「私はどうもしてないけど」


 そう言いながら、沙也の耳に軽くふっと息を吹きかけた。


「ひゃんっ! ええっ!? なになに、本当にどうしたのしーちゃん!?」

「ごめん、ちょっと沙也が可愛くて」


 たわいないイタズラの範疇だ、と主張するように笑った。

 沙也は顔を赤らめながら「も~びっくりしたよ~」と唇を尖らせた。

 これでいいのか? 確かに、沙也と尋ちゃんは傍目に見るとこんなことを良くしていたような気もするけど。


 自信のなさから、つい斎君を見た。「これでいいの?」とアイコンタクトを送るつもりが、


「シズ……ちょっといいかな?」


 いつになく不機嫌そうな斎君に、ちょいちょいと手で呼び出された。


「斎君? ……私、なにか間違えてたかな?」

「間違えって……シズはいきなり僕が教えた覚えのない高等テクニック使うんだね? そういうのは、ちょっとまだ早いと思うんだけど……」

「高等テクニックって」

「嫉妬させるのも……悪い手だとは言わないけど……僕は嫌だ」


 よくわからないが、どうも斎君的には間違えていたらしい。

 やはり私には恋愛だの、愛だのはよくわからない。斎君がいてよかったかもしれないな。


「ありがとう。もう少し頑張ってみるから、また間違えていたら教えて」

「ええっ!? う、うーん。やっぱり、僕が教えるのはおかしいと思うんだけど……」


 私はもう一度、沙也の所に戻った。

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