第9話 計画は変更ですか?
二人が来なければ――いや、
沙也と尋ちゃんがいかに特別な幼馴染み同士といっても、それは友人関係の延長だ。
首くらい舐めてみるつもりではあったけれど。
さて中断はされたが、失敗したわけではない。第二第三の作戦がある。音楽室を使える時間のこともあって、練習はいつも二時間程度。暗くなる前には解散していた。合わせる時間は集中して少しあれば、残りは各自家などで自主練するというのが絶句女子の方向性にもあっている。
私は家では音を出せないこともあって音楽室に残ることもある。基本的には
今日はそのどちらでもない。一度解散してから、私はそのまま沙也の自宅へと向かった。
彼女の家に押し入って、あの手この手を使わせてもらおうという腹づもりである。
斎君も「仲良くなったら部屋デートとかも……いいよね。自然と、お互い意識しちゃうし」と言っていた。譜々さんとそういうことがあるんだろうか。興味はあったけれど、バンドメンバーの情事を聞いてしまうとそれはそれで妙な気持ちになりそうだったので聞かないでおく。
ただ考えて見れば、これから私はバンドメンバーとそういう関係になろうとしている。
――まあ、私は割り切っているから。これは必要なこと。軽薄な愛で私の目標を妨げるバカップル幼馴染みを寝取るだけだから。
ということで、ほとんど間を置けず沙也の家に行ったはずなのだが。
「…………」
インターホンを鳴らしても反応がない。
沙也の両親は共働きで、この時間に不在なのは織り込み済みだ。だからこそ家で好き勝手できると踏んでいたけれど。
沙也もいない? 居留守? さすがに、そういうことする子ではないはず。
どうしたものかと悩んでいると、
「……静流さん?」
遠くで、微かに私の名前を呼ぶ声がした。
隣の家の二階、窓から尋ちゃんの顔が見えた。
家が隣なのは知っていたし、練習の後も二人は一緒かもとは予想していた。もしかして、尋ちゃんの家に沙也もいるのかな? と思ったが、
「……沙也なら、いない」
少し間を置いて、隣の家から出て来た尋ちゃんが言う。
「あ、そうなんだ」
「……友達とコラボカフェに行くって」
「こんな時間から? ……相変わらず元気だね」
コラボカフェというのは、漫画とかアニメなんかとカフェがコラボする――ようするに沙也が好きなやつである。
女子高生の門限というほどの時間ではないけれど、練習終わってから友達と遊びに行くバイタリティはすごい。
「えっと、尋ちゃんは?」
深い意味はなかったけれど、大概二人セットで行動していると思っていた。尋ちゃんは無表情な顔をうつむかせて、
「……一人」
といまいち噛み合っていない返事をする。
「そっか。……私は、沙也に忘れ物を届けに来ただけだったからまた今度にしようかな」
「……忘れ物?」
「うん、ピックだけど。練習しようってときにマイピックがないと、気分でないかも知れないから、一応直ぐ届けたほうがいいかなって」
もちろん、練習後に私がひっそりとくすねたものだ。
別にちょっと練習するくらい、予備のピックでも全然問題ない。だからただの口実作りである。
「それなら、わたしが預かる」
「え、まあ、明日渡そうかと思ったけど」
「……静流さん、家あがる? お茶だすよ」
どことなく断れない圧があった。
沙也のピックをこちらによこせと、無言で伝えているようだ。その代わりにお茶くらい出す、ということなのか。
なんにせよ、無駄足よりは尋ちゃんからなにか沙也の情報でも聞き出した方が得である。
「じゃあ、うん。お邪魔しようかな」
◆◇◆◇◆◇◆◇
絶句女子に不可欠なのは、沙也よりも尋ちゃんである。
戦略的に考えれば、沙也をどうこうするよりも、尋ちゃんをまず単体でもバンドに残るよう説得するのが優先ではあった。
しかし尋ちゃんは沙也が以外にはまるで心を開いていない。誰が見てもわかるくらい沙也にべったりだ。加えて、沙也に代わりがいると言っても、抜けられてマイナスなのは間違いない。
だったら沙也をこちら側に戻した方が、そのまま尋ちゃんもついてくるのだし得策である。
ただそうは言っても、保険は必要だ。
なにより尋ちゃんは他の誰より沙也に詳しい。沙也を落とすのに有用な情報が聞き出せるかも知れない。
そう思って、尋ちゃんの部屋へお呼ばれしたわけだった。
「これ、黒豆茶。あと魚肉ソーセージ」
「……ありがとう。けど、魚肉ソーセージ? なんで?」
「晩ご飯の分、冷蔵庫にあったから」
「それ、今食べて良いの? 私に出して?」
疑問に思いながらも、尋ちゃんがひょいひょいとつまんでしまうので、私もいただくことにする。お腹が空いているわけじゃないけれど、手を付けないのも失礼だろう。
お茶と魚肉ソーセージ。組み合せ自体は悪くないけれど、友人の家で出されるのは初めてだった。
――私が食べたせいで、尋ちゃんの家……
「沙也は、よく友達と遊びに行く」
「え? ああ、そうなんだ。沙也って友達多いからね」
多分絶句女子の中でも一番交友関係が広いのは沙也だ。尋ちゃんはこの通りで、譜々さんもどちらかといえば一人でいることの多い派閥だし、斎君もファンこそ多いが友人らしい友人というのもあまりいないようだ。
私も、絶句女子と生徒会のメンバー以外に特別親しい相手というのもいない。
「……」
「魚肉ソーセージ、美味しいね」
無言に困ってついついどうでもいいことを言ってしまった。
落ち着け私。尋ちゃんから沙也のことを聞き出しつつ、尋ちゃんにも愛想を振っておこう。ただ斎君直伝の技が尋ちゃん相手に通じるとも思えなかった。斎君のファンは沙也みたいな子はいても、尋ちゃんみたいな子は見かけない。
「部屋、綺麗だね。本棚の上にあるピンクのぬいぐるみはなに? ……こぶた?」
「あれは丸めたタオル」
「……丸めたタオル? なんで?」
「飾っている」
なにか褒めようと思って部屋を見回すと、奇っ怪なものを見つけてしまった。なんで丸めたタオルが本棚の上にあるんだろう。使ったタオルをそのままにしているんだろうか。
気になるけれど、今は重要じゃない。えっと他に褒めるようなところは――。
「静流さん、沙也となにしてたの?」
「え、なにって」
「音楽室。わたしが遅れてきたら、楽しそうにしてた」
「あれはギターの練習していただけだよ」
ちょっと良い具合にもつれているタイミングだったから、尋ちゃんもやはり思うところがあったらしい。
尋ちゃんが適度に意識して、二人の仲がぎくしゃくすればつけ込み易いとは考えていたけど。ただ最終的には絶句女子として今後も円満に活動するのだから、変なわだかまりを残さないよう調整する必要がある。
「……沙也は友達が多い」
「ん? うん、それはさっきも話してたけど」
「……わたしはいない」
なるほど、沙也と尋ちゃんの二人が目の前でイチャイチャしていつも迷惑だなって思っていたけれど、尋ちゃんと二人きりというのもかなりしんどいな。
その意味では沙也に感謝しなくてはいけないし、やはり尋ちゃんだけ残すのは単純な曲のためならともかくバンドとして長くやっていくのは厳しいかもしれない。
一応、彼女の言いたいことはわかる。
尋ちゃんには沙也しかいないけれど、沙也にはたくさん友達がいる。沙也だって特別な馴染みは尋ちゃんだけだろうけれど、それでも尋ちゃんからしてみれば面白くないということなのだろう。
おそらくだけれど、沙也は全く理解のない尋ちゃん相手でも構わず趣味の話をする。それでも沙也の友人たちは、同好でもない尋ちゃんをそこまで歓迎していない。尋ちゃんなら気にせず混ざっていきそうだけど、沙也から煙たがられでもしたか、さすがに空気を読んだか。
どっちにしろ、沙也の友人関係には上手く入り込めていない。
それなら、利害一致できるかもしれない。
「沙也がバンドやめたら、……沙也、友達と遊ぶ時間増えるんじゃないかな」
「…………」
私の中で、新しい計画が組み上がっていく。
これなら尋ちゃんを上手いこと協力させて――沙也を寝取るまでもない。うん、私も別に沙也から好かれたいわけじゃない。仲のいい幼馴染みはそのまま、二人で上手いことバンドにいてもらえれば……。
「……ひっく」
「え、尋ちゃん? ちょっと、どうしたの?」
尋ちゃんが、表情をそのままにポロポロと涙を流し始めたのだ。
慌てて、ハンカチを渡す。
「……わたし、一人になっちゃう」
「大丈夫だって、ね? ほら、沙也だってまだバンドやめるって決まったわけじゃないから、二人で説得しよう?」
「…………沙也はバンドやっている今も……最近、冷たい」
そんなことはない、と思う。
ついこの前も二人のラブラブぶりに嫌気が差していたばかりだ。一方で、沙也が尋ちゃんの技術力との差に悩んでいるのもある。無意識に、以前より距離ができているのかもしれない。
「……静流さん、お願いがある」
どうにも私の計画は、軌道修正が必要になってしまった。
しかし、
「聞いてくれたら、バンドには残る。……もし、沙也がやめても」
悪くない条件だった。私に取って最低限の計画はこれで達成できる。
「それで、お願いって?」
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