愛は奪うものですか?

第7話 モテる術は学べますか?

 ロミオとジュリエットは有名な悲劇だ。

 愛し合う二人が運命に見放され、結ばれることなく幕を閉じる。


 だが私に言わせてもらえば、二人は感情的すぎた。二人は会った翌日に結婚、ロミオはその帰り道に怒りに身を任せて人も殺すし、五日後には行き違いの果てに心中までする。


 なにより、ロミオはジュリエットに出会うほんの少し前まで、別の女性に恋い焦がれていた。つれない片思いに憂いて、恋の涙で海ができるとかなんとか言っていた。そんなやつが、たまたま忍び込んだ舞踏会で一目惚れして、翌日には永遠の愛なんてものを誓う。


 バカげている。

 愛なんてそんなものだ。

 それなのに愛する二人というのは、それだけで世間から好意的に扱われる。障害にさいなまれれば同情され、故意に阻めば悪人と罵られさえする。


 もちろん、真に尊い愛も存在する。

 家族の愛だ。姉妹の愛だ。私は睦望むつみのためなら、なんだってやれる。


 だから愛を否定するつもりはない。

 ただ、すべての愛が、本当に尊重されるべき真実の愛だとは思っていない。


 もし末藤沙也すえふじ さや芦谷尋あしや ひろの間にある愛情が本物であるならば、私は彼女たちの意思を優先しよう。


 私の母のように、偽りの者であったのならば――。



「沙也、おはよう」


 教室で彼女を見かけたので、すぐに笑顔で近づいた。

 大丈夫だ。恋愛経験はないけれど、私はこう見えてモテる。

 まだアマチュア、インディーズバンドをやっているだけの普通の女子高生だけれど、ファンが全国に大勢いる。ファンレターだってもらうし、付き合ってくれとか書いてあることもあるし、DMで勝手に顔写真を送ってくるような人もいる。


 いつき君ほど同性のファンはいないが、本気を出せばなんとかなるだろう。


「お、おはよーしーちゃん」


 ライブ中や人前に出る時は、どんな顔をすれば好意的に映るか研究していた。今もニコリとして、普段なら黄色い声援が直ぐに飛んでくるお得意の笑みを浮かべているはずなのに、どうも沙也の反応は悪い。


 昨日のこと――バンドをやめたいと言っていることを気にしているんだろうか。

 もしくは、私の顔が悪い? いや、顔は悪くないはず。悪いとしたら沙也の好みだ。尋ちゃんも美人だけど、私とはちょっと系統が違う。


「どうしたの、朝からそんな明るい顔で~。アタシびっくりしちゃったよ」

「突然だったから驚かせちゃったんだね」

「う、う~ん、そうかな? なんておいうか、静流ちゃんって改めて美人だなーって」


 なるほど、沙也から見ても問題なく美人だったらしい。

 それにしては、なぜか目線を逸らされる。


 おかしい、沙也は今までの経験上惚れっぽい性格だと思っていた。割と簡単に上手いこと話を持って行けると思ったのに。

 良く考えて見れば、一年以上の付き合いがある。今更ちょっと意識して愛想を振ったとして、急に沙也の態度が急変したら、そっちのが怖いかもしれない。


 ロミオとジュリエットも、一応初対面だったからこそ一目惚れが成立している。

 そうだよな、五日間ってバカにしていたけれど、そういう短期間で燃え上がったからこそってのもあるんだろう。熱しやすく冷めやすいという。今まで散々友人だった相手に、急に恋心がわくことなんてあるのか。


 少しそれっぽいことを言ってみるか。


「沙也の方が可愛いよ。つい見とれちゃうくらい」

「ど、どうしたの静流ちゃん? アタシ、変なこといった? やっぱ、バンドのことで……」

「ううん、大丈夫。ただちょっと斎君に用を思い出して」


 こういうのは困ったら直ぐ有識者の意見を聞いた方がいい。

 呆けている沙也を余所に、私は斎君にメッセージを送った。



   ◆◇◆◇◆◇◆◇



 生徒会室の奥にある窓際の席、生徒会長である私の席だ。

 昨日の放課後副会長たちがやってくれた仕事を軽く確認しながら斎君を待っている。わかっていたことなので怒りもしないけれど、遅い。


 お昼休みに入って十五分ほど経過して、やっと斎君が来た。


「ごめーんっ、シズお待たせ」

「うん、私も呼び出したの当日だし、斎君だし、遅くなったのはいいんだけど」


 にこにこと爽やかな笑みを浮かべるイケメン女子は、なぜか両脇に可愛らしい女子生徒を連れてきていた。右にお下げ、左にメガネ。二人の女子は斎君の腕に絡みつくようにしながら、頬を赤らめている。


 なんでみんな一人で来てくれないのかな?


「斎君、その子たちは?」

「えーっとね……僕も二人とはさっき廊下で会った子なんだ。名前、聞いてもいい?」


 斎君は一瞬困り顔になったけれど、そのまま動じずに二人の女の子にそれぞれ微笑んだ。

 ロミオもびっくりだよ。さっき廊下で会った子を連れてきたのか。


「あの、私は――」

「あー……ごめんね、二人とも。私は生徒会長の来須静流くるす しづるです」

「あっ、知ってます」

「うん、ありがとう。それで、斎君には用があって……申し訳ないんだけれど、今日の所は私が借りてもいいかな?」


 斎君は初対面だとしても、彼女たちは多分前々から斎君に好意や羨望を向けていた子たちなのだろう。邪魔だからと追い払うと恨まれるかもしれない。

 できる限り丁寧に愛想良く、それでいて追い払うことにした。


「もちろん、埋め合わせは――してあげてね、斎君?」

「えっ、ああ! もちろん、えっと連絡先は……もらっても忘れちゃいそうだから、今度また僕の教室に来てよ。お願い」


 私の意図を察してくれたのか、いつも通りの対応なのか斎君も笑顔で二人の女の子を見送ってくれた。

 二人の女の子も「生徒会長だかなんだか知らないけど偉そうに、嫌な女!」みたいな感じはなく、「ねね、生徒会長と斎先輩すっごい良い雰囲気だよね~」「わかる、美女二人。お似合い」「あ~写真ほしかった~。あの後二人で、生徒会室でなにするのかな!?」「生徒会じゃない斎先輩が呼び出されたんだから、当然プライベートで二人きりにならなきゃいけないようなこと」「キャーっ!!」と盛り上がっていた。


 ガールズバンドやっているとあの手のファンはたまにいるので、特に思うことはない。

 ただし生徒会室をそんな良からぬことが行われる場所だとは認識しないでほしい。私の城だよ。


「あはは、本当ごめんね」

「……まあ、ここに来る前に自分で追い払ってほしかったけど」

「あーうん、そっちも」

「そっちも?」


 生徒会室のドアを閉めながら、斎君が頬を軽くかいた。


「だってほら、僕とシズで変な噂立っちゃって。」

「噂ってさっきの? 気にしてないけど」

「そっか。あー、ほら、僕とフフのことってバンドメンバー以外には話してないから。だから、誰かと仲良いとこ見せると、変に広まっちゃうことあって。困っちゃうよね」

「噂より斎君本人の実害のが目に余っているから気にしないけど」


 と、思わずあんまりなことを言ってしまった。

 マズい。わざわざ呼び出して来てもらって、これから相談に乗ってもらおうとしているのに。


「学校で一番人気の斎君と噂にしてもらえるなんて光栄なことだから、ね」

「……僕、実害……そんなある?」

「それ以上に、プラスもあるから」

「……害はあるんだ」

「人を自然と振り回すのも、斎君の魅力だってわかっているから」


 これくらいフォローすれば十分かな、と斎君の表情を見ると「シズはなんだかなぁ」と複雑そうな顔をしている。怒っていないなら良いか。


「それでシズがわざわざ僕を呼び出して、愛の告白以外にどんな理由があるのかな?」


 斎君には昨日私が座っていた副会長の席に座ってもらった。彼女はおにぎりが三つ入っただけのエネルギー量の塊みたいなお弁当を広げる。女をこますのには体力がいるんだろう。見習う必要があるんだろうか。

 でも私、お昼はお米入らないんだよなぁ。


「愛の告白じゃないけど、愛で悩んでいてね」

「ぬえっ!?」

「え、なにその反応?」

「……シズが、そういうの興味あるの意外で」


 実際私に興味があるわけじゃない。ただそう正直に言ってしまうと、斎君にアドバイスをもらおうというのに流れがおかしくなってしまう。


「うん、斎君の影響かな」


 斎君のモテぶりを学びたいのだから、こう言うのが正解だろう。


「ええっ、僕!? それって僕のことが……いや、そんなわけないか……」

「ずっと友人関係だったから、どうもそれ以上の関係に進めなそうで。それにその人、気が多いし……ライバルってわけじゃないけど、まあその人のことを好きな人もいるから」

「……やっぱり僕だ」

「それでね、斎君にアドバイスもらいたいんだけど! ほら、斎君ってモテるから、そういう方法とか詳しいでしょ。私にもできそうなことあったら、教えて欲しくて」

「本人に!? で、でも……シズってそういうところあるよね。目的のために手段を選ばないみたいな……」


 斎君がおにぎりを食べながら小声でなにか言っているが、特に拒む様子もないのだから彼女のモテテクニックとやらを教えてもらおう。

 だいたい小声でぼそぼそ言うような独り言はたいした内容でもないから、一々聞き返していると話が進まなくなる。時間は有限。私は忙しい。


 そういうわけで、斎君からお昼ご飯を食べながら女の子をこます術を教わった。

 さっきはべらしていた後輩の女子のことがまだ忘れられないのか、斎君の顔がほんのり赤いのは気になったけれど、これだけモテる彼女に教わったのだから間違いないだろう。


 ――これで沙也を今度こそっ!

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