第5話 理由は何ですか?
私たちウェイブダッシュガールズが『絶句女子』と呼ばれるようになった理由は、実はよくわかっていない。
どうも
聞くと、「滑るように移動する技だからだよ~」と教えてくれた。じゃあ『絶』はなんなのか。滑る要素がないじゃないか。
ただそこから『絶句』になった理由ははっきりしている。
女子高生によるガールズバンドでありながら、メンバーが技巧派であり、そのあまりの技術にファンが『絶句した』ということから由来している。
自分で説明するのは、やや恥ずかしいけれど。
でも、事実だ。
私もその技術力と女子高生というギャップを売りにして、バンドの知名度を上げるよう活動してきた。
たとえば、ドラムスの
聞けば家が剣道の道場を開いていて、彼女も幼少の頃は竹刀を振って剣道を学んでいたそうだ。そこで鍛えられた手首と精神面で、豪快かつ素早いスティックさばきを可能としているとか――実際、剣道とドラムの関係性については怪しい者だけれど、斎君のドラム技術は本物だ。
女子高生限定でシングルストロークでの連打を競ったら間違いなく最速だろう。
そこを女性限定に広げても、かなり上位に間違いない。
ちなみにシングルストロークというのは、左右の手に持ったスティックで一回ずつ叩くことだ。ダブルストロークは片手で二回ずつ、左右で交互に叩く。
まあ、とにかく斎君はドラムを叩くのが早い。早くて正確。
ただし、精神面の方。確かに斎君は集中力はある。でも武士道精神みたいなものは欠片となくて、どっちかというといつもヘラヘラとして気が抜けているし、なにより女性にモテてだらしない。
外見こそ女性ながらイケメンと称されて、たまに髪を頭頂部付近で一本結びにすると侍的な雰囲気もあるのだけれど、
「この前さ、楽屋にプレゼントくれたよね? 僕のファンなんだ? 可愛いね」
「あっ、あのわたし……」
「クッキー美味しかったけど、もしかして手作り?」
「えっと、あれは買ったやつで……手作り、ダメかなって」
「え? なんで? 僕、食べたいけどな。君の手作り」
なんて感じに、ちょっと可愛い女の子のファンを見つけると口説きだしてしまうのだ。軟弱なナンパものである。
何度か、
「斎君、ファンに手出すのやめてね?」
と注意したことがあった。
しかしその度に、
「えーっ! 手を出すって、そんな! 僕がそんなことするわけないよー」
「じゃあ、この前のあれ、手作りのお菓子食べさせろって家にまで行こうとしてたのは?」
「手作りのお菓子が食べたかっただけ。お腹空いてたんだよ」
「……」
爽やかな笑みのままで適当な言い分で逃れてくる。
あくまで無自覚のていで、本人はただの厚意だって言うのだから質が悪い。そんなわけないだろ、そんな顔して置いて、ファンの女の子になにしているんだ。
――考えてもみると、これもバレたり、斎君が手を出した女の子から「遊ばれた!」って苦情が入ったらかなりの問題だった。
そこで幸いしたのが、
正直、バンドメンバー内にカップルなんて、と思わなくもなかった。だけど恋人ができたことで斎君の女遊びはめっきりなくなったし、いくら私がリーダーだからって特に理由もなく「付き合うな」とは言えない。
斎君は、ドラム技術に関しては替えようがない。だから、練習中に恋人同士になったメンバー二人が見つめ合っていても、我慢するしかないのだ。
もちろん、斎君のモテぶりは悪い面だけじゃなかった。絶句女子の女性ファン獲得に関しては、斎君の貢献が大きい。
つまりいろんな面で、斎君はバンドに必要不可欠なのである。
そしてそれは、他のメンバーもそうだった。
ただし、例外もある。
メンバー全員が、幼少期から音楽を嗜んできたわけじゃない。私もキーボードの譜々さんも十年近いけれども。
「アタシさ、正直言って、プロとかってレベルじゃないじゃん」
「そんなことは……」
生徒会室でなんとか
彼女の口から出て来たのは、想定していた六通りの脱退理由の中の一つだった。
そう、沙也は高校に入ってからギターを始めた。まだ一年ちょっと。センスはあると思う。覚えもかなり早い。だけど、他のメンバーと比べると――。
「無理無理。アタシにはプロとか無理だって~。しーちゃんもわかるでしょ。だからね、悪いけどやめようかなって」
「そんなことないって。現にさ、沙也もいて、五人でレコード会社の人から声もかけてもらっているんだから」
準備していた言葉を慎重に切り出す。
まずは彼女がどれくらい本気なのかを探るべきだ。
「アタシは関係ないって、他の四人の力でしょ~」
「ううん、沙也がいないと。歌詞だって、沙也の作詞、評判いいよね」
「それは嬉しいけど、でも……」
気まずそうに、視線を逸らされる。
少なくとも、呼び止めて欲しい、という温度感ではなさそうだった。たまに「本当はやめたくないけど」ただ人から構われたいだけで「やめたい」って言って、引き留められたがる人間もいる。
沙也はちょっと面倒なところもあるし、もしかしたらって思ってしまった。さすがに、そこまでただ面倒な女でなかったことは本来ならいいことだけれど、今回に関しては厄介事が増える。「え~ん、やめるつもりだったけど、みんなに止められて目が覚めたよ! やっぱりやめるのやめるーっ!」って感じだったら楽だったのに。
本気なら、私も本腰で説得しないと。
「沙也はギター始めたばっかりだもんね。技術面で不安になる気持ちはわかるよ。私のサポートも足りていなかった」
「ううん、静流ちゃんはすごいよ~。教えるの上手いし、アタシがライブで失敗してもちゃんとカバーしてくれるし」
「ありがとう。だったら、もう少し私のサポートを信じて、一緒に頑張ってみない? 私、これからも沙也とバンドやりたいな」
「……う、う~ん」
おかしいな、ちゃんといいこと言っているはずなのに手応えがない。
しかし実際問題、他のメンバーの技術が高いからこそ、沙也の未熟ぶりは目立つ。ギター二人で、キーボードもいるから曲の構成次第でいくらでもカバーできる。今までも問題になったことはない。
だけどそれは、あくまで曲としての完成度の問題だ。
演奏している側の人間からすれば、自分がずっと足を引っ張っていることも助けられていることも変わらない。
沙也の性格的に、そういうのあんまり気にしないって思っていたけど。
「ごめん。だとしても、……アタシ、プロになれるほど上手くないし……」
「それはこれから――」
「だってアタシ、尋と比べて……全然才能もないし……」
「それはその――」
やっぱりそこか。
始めたばかりで未熟でも仕方ない。これにも例外があった。
尋ちゃんは、沙也と同じで高校に入ってからベースを始めた。いや、沙也がギターを始めてからなので、正確には沙也よりも少し遅い。
それでも尋ちゃんは、ベースが上手い。才能があった。もともと少し楽器時代の経験があったのも大きいようだったけど、それでも彼女の天性の技術は疑いようもない。
特別仲のいい幼馴染み同士。それこそ、一人がギターを始めてバンドに入ったら、もう一人も揃って楽器を持って同じバンドに入るくらいに。
だからこそ、一人に才能があれば、もう一人はどうしても比べてしまう。
「沙也、えっとね」
比べることじゃない。
沙也には沙也のペースがある。
尋ちゃんにできないことが沙也にはできる。
そんななんお慰めにもならない言葉だけしか浮かばない。困ったことに、沙也が言っていることはだいたいが事実だ。
技術的に、沙也よりもうまい女子高生は探せば見つかるだろう。代わりならいる。バンド内で彼女の技術が未熟なのも、それを他のメンバーで補っていることも、尋ちゃんと比べれば沙也に目立った才能があるわけじゃないってことも。
嘘でごまかすにしても、あからさまな内容では返って彼女を傷つけるだけだ。
どうすればいい。嘘ではなく、彼女を励ますようななにか。
一応、交渉のカードがないわけじゃないけど。
「あのさ、プロになったら……その、沙也が本意じゃないのはわかるんだけどさ、それでも今までになかった楽しいことあると思うんだ。いろんなところで演奏できるし、曲もたくさんの人に聞いてもらえる」
バンド活動自体を嫌っていたわけじゃない。楽しんでいたはずだ。練習だって続けていると尋ちゃんが言っていた。
「お金だって。ほら、沙也もグッズとかもっと買いたいのにーって言ってたよね? たくさん買えるよ?」
漫画とアニメ。沙也の生きがいのはずだ。限定グッズとかいって、同じようなものをいくつも買っていた。「お小遣いがいくらあっても足りないよ~」と嘆いていたのを覚えている。
「……アタシがやめても尋がいるから、バンドは大丈夫だよ。引き留めてくれてありがとうね、しーちゃん」
「そうじゃなくて!」
その尋ちゃんが沙也と一緒にやめようとしているのだ。
尋ちゃんは沙也のことしか考えていない。沙也がやめたら、やめる。沙也本人よりも説得でどうこうできる未来がずっと見えない。
申し訳ないけれど、沙也と違って尋ちゃんは代えの利かない人材である。女子高生で六弦ベースをあれだけ上手く弾ける子が他にいるわけがない。
そもそもあんな太いネックのベースを弾こうなんて思う女子高生なんてそうそういないのだ。
それでも普通の四弦ベースや、五弦ベースにしてしまうと、今まで作った曲の大部分がそのまま弾けなくなってしまう。多少構成を変えればなんとかなる? でもギターも一人抜けて――。
なにより、レコード会社からの誘いは今の絶句女子にだ。
メンバーが二人も急に脱退して、大辻さんがどう思うか。考え直してもおかしくない。ネットでは散々今のメンバーで活動しているんだ。バンド仲が悪いとか、ケンカしたとかそういう噂も出るだろう。
ダメだ。彼女に、二人に――尋ちゃんに抜けられてしまっては私の計画が破綻する。
「ん? 尋もいるし、もちろんしーちゃんたちもいるからこれからもバンドのことは応援するよ~?」
「じゃ、なくてね」
あなたがやめたら、尋ちゃんもやめちゃう。
そう言ってしまうと、ここから先の呼び止めが違う意味になってしまう。それだけはダメだ。
なにか、なにかないのか? 尋ちゃんを追っ払うまでに時間を使ってしまったし、集中してお昼ご飯も全然食べられていなかった。
考えがまとまらない。ちょっとインターバル挟んで一回ゆっくり昼食にしてもいいかな。でも尋ちゃん廊下にいるし。お昼ご飯食べるってなったら、追い出したままは無理だ。それで戻ってきたらまた沙也と二人きりになるのも大変だし。
――ああもうっ! なんでこのラブラブ幼馴染みのせいで私がこんなに悩まなきゃいけないの!?
二人ともお互いのことばっかり考えて、少しは私にも配慮してほしい。なんでそれができないのか。愛か、私には愛がないからか。
愛ね、愛。
沙也なんてあれだけ入れ込んでた漫画のキャラを、今じゃあんなに憎んでいる。そんな彼女たちの愛がどんなものなのか。私のバンドより大事なものなのか。
「……沙也って、私のことは好きじゃないの?」
「え? え? 静流ちゃん?」
「ごめん、なんでもない。……はぁ、とりあえず、もう少しだけ考えてみない? 沙也がいないと……困るから。私もいろいろ考える時間ほしい」
「う、うん」
結局、今この場で説得するのは無理だと判断した。
それなら諦めて早くゆっくりお昼ご飯にしたい。ただ、そうなると尋ちゃんを生徒会室に戻して……。
「沙也、それ食べたい」
「えー」
「ダメ?」
「だって尋そうやってアタシのおかずいくつも奪うじゃん! 一個ならいいけどさ~」
ラブラブの二人を目の前にして、一人もしゃもしゃ食べるお昼ご飯。味、いつもより薄い気がする。
「しーちゃん、なんか暗くない? アタシのせい……だよね? ごめん、ほら、しーちゃんもおかずいる?」
「いらない」
おかずはいらないから、考え直して欲しい。バンドのために人生捧げて欲しい。
そう思いながら、お弁当を無心に口へ運んだ。
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