第4話 話を聞けますか?

 生徒会長になって面倒な仕事は増えたし、本当なら時間はいくらあってもバンドの方で使いたいくらいだった。


 それでも名ばかり軽音部の私たちが音楽室を週に三回も自由に使えるよう融通(職権乱用)できたり、校内で一人になりたい時に生徒会室を使えるのは損得考えても十分プラスと言えるだろう。


 生徒会の仕事は、上手いこと副会長は他の役職に割り振っているから、実際私が手を動かすことは最小限に出来ているのも大きい。


「わぁ~、アタシ生徒会室入るの初めてだよー」

「あれ、そうだっけ?」


 バンドメンバーとは、ちょっとした用でバンドの話をする時たまに使っていた。ただ沙也さやはクラスメイトだから、思い返すと教室内で手早く澄ますことが多かった気がする。全員で集まる時は、放課後の音楽室になるし。


「ちょっと感動かも、偉くなった気がする」

「生徒会って別に偉くないと思うけどな」

「そんなことないよー、しーちゃんは学校のボスじゃん。トップ」

「そういうのって校長先生じゃないの? ん、理事長かな?」

「年寄りは口だけで現場の実権を握っているのはしーちゃんだから」

「年寄りって……」


 校長はともかく、うちの理事長はけっこう若い女性だったはずである。まあ、いいか。沙也も本気で私が学校で一番偉いと思っているわけではない。


「ま、座って。お昼食べながら話そうよ」

「えー、じゃあそっちの社長席座ってもいい!?」

「いいけど、社長席ではないよ」


 私が普段使っている上座を譲る。別に椅子の種類も差があるわけじゃないから、本当に窓際の奥に置いてあるだけの普通の席だった。

 私は普段副会長が使っている席に座った。まだ高校生の私は、上座下座なんて気にしないしどこに座ってもいい。

 いつも裏で汗水流しているリーダーに対しての敬意はもう少しほしいけど、今はそれより大事な話がある。


「……それで、さっそく本題なんだけど」


 私が話を切り出そうとしたところで、ノックもなしにドアが開いた。

 沙也の幼馴染み、ひろちゃんが無表情のまま生徒会室に入ってきた。少し、怖い。


「えー尋なんで!?」

「……沙也がいそうな場所探した」

「でも今日は静流ちゃんと二人で食べるから~って言ったじゃん」

「……だから生徒会室にいると思った」


 成立していないような、成立しているような幼馴染み二人の会話に、私はため息を付く。

 二人で話したいから出て行ってくれとも言いにくい。仕方ない、三人で話すか。尋ちゃん相手なら、沙也もバンド脱退のことは先に話しているだろうし、無口な彼女があまり口を挟んでくるとも思わない。


「ま、いっか。尋も座りなよー」

「……いいけど、それって沙也じゃなくて私が言うやつじゃないかな?」

「え~、しーちゃんならダメって言わないかなーって」

「んー、私はダメなことはダメって言うからね」


 肯定も否定もしなかったけれど、尋ちゃんが座ることには口出ししなかった。


 ここで揉めるより早く本題を解決したい。沙夜のことだから、たいした理由じゃないと思う。そうあってほしい。また漫画だかアニメだかの影響で、ちょっと気が高ぶって口走っただけとか、それだったら、私も取り越し苦労ってことで今回だけは許す。


 尋ちゃんは素知らぬ顔で、私の正面に座った。目線が合うと、軽く頭を下げられる。仲が悪いってことはないけれど、尋ちゃんは沙也以外の人間とは必要最低限にしかコミュニケーションを取らないのでこんなものだった。


「それで、今度こそ本題だけど――」

「沙也、何の話してたの?」

「えーなんだっけ? しーちゃんが学校で一番偉いとか」

「あのね、その話はどうでもよくて。これから本題に入るから」


 パンパンと手を叩いて、幼馴染み二人の会話を打ち切る。


「わたしに隠すようなこと話してた?」

「えー尋に隠し事なんてしないって~」

「……本当? この前も、二人でカラオケ行ったって」

「それは尋が忙しいって言ったから」


 もう一回パンパンと手を叩いてみた。


「……心配になる」

「尋は心配しすぎたよ~。アタシももう女子高生だよー、尋がいない時でも一人でちゃんとやれるから」

「そうじゃなくて」


 あれ、私、消えた? 透明になった?

 このままだと手拍子でBGMいれるだけの存在になりそうだ。言って置くけど、私だって仲のいい幼馴染み二人の邪魔をしたいわけじゃない。リーダーとして仕方なく、メジャーデビューのためにも、メンバーの相談に乗ろうというだけなのだ。


 しょうがないから、ダメ押しで咳払いしてから、勝手に話始めることにした。


「はーい! じゃ、これから沙也がバンドやめたいって言ってることの話始めるよー!」


 これで無視されたらこいつらを生徒会室に置いて出てこう。

 それくらいの覚悟もあったのだけれど、幸い、沙也も「あっ」と表情を曇らせた。ばつが悪そうに、口を歪めてさっきまで話ながらも動いていた箸が止まる。


 だけど、それよりも露骨に反応が変わったのは、


「沙也? バンドやめるって、どういうこと?」


 尋ちゃんだった。

 あれ、私のこと無視してイチャイチャしてたくせに、沙也は幼馴染みにまだ話していなかったわけ?


「ごめん、言ってなかったの?」

「あー……うん、こういうのは、やっぱりしーちゃんに先言わなきゃかなって」

「そういうところは律儀なんだね」


 ありがたい気配りだけれど、今回だけは裏目に出た。


「沙也? わたし、聞いてないよ」

「だからほら、こういうことってリーダーにまず相談じゃん?」

「……でもわたし、幼馴染みだよ」

「そうだけどさ~。でも、こんなこと言われたら尋も困ると思って」


 だーっ!! しゃらくさいっ!!

 直ぐにこいつらが乳繰り合うから、大事な話したいのに全然進まない。


「それで沙也、理由聞いてもいいかな? 一応聞くけど、昨日の今日で……心変わりしてない? それだったら私も深く聞かないし、これからもよろしくなんだけどさ」


 淡い期待を込めて聞くが、沙也は「ごめん」とうつむいた。

 いつも身勝手なくらい明るい彼女が、こんな顔をするのは本当に珍しい。特に、尋ちゃんも横に居るっていうのに。


「沙也……」


 ほら、尋ちゃんもつられて暗くなっている。


「理由は……その少し言いにくいかな……」

「えっと、それって」


 なんとなく、察した。

 尋ちゃんの前では言いにくいことなんだろう。もしくは、私以外には言いにくいことか。

 ただ尋ちゃんはコミュニケーションを積極的に取らないだけで、別に空気を読むのが苦手ってわけじゃない。まして沙也のことだったら、間違いなく私より詳しい。


 つまり、私にわかったということは、


「沙也、なんで? わたしに隠し事なんてないって言った」

「言ったけどさぁ、これはちょっと例外なんだよぉ」

「バンドやめることも、なんでわたしに言わないの」

「だからさっきも言ったじゃん~」


 そろそろ限界が来そうだった。しかし今二人の前で切れてしまっては、いろいろお終いだ。雪崩みたいにバンドそのものが崩壊してしまう可能性もある。

 引きつった頬をなんとか笑顔にした。


「……まず尋ちゃんと話してもいいかな? 二人で」



   ◆◇◆◇◆◇◆◇



 昼食途中だった沙也を一度廊下に追い出してしまったが、さっきの話の進まなさもあってあまり罪悪感はない。むしろ多少なりとも廊下で頭を冷やして欲しいという気持ちまである。

 そもそもの原因が彼女なのだ。


「…………」


 一方で、取り残された尋ちゃんも視線を泳がせながら、とても気まずそうにしている。

 突然私と二人きりになって戸惑っているのと、廊下に行ってしまった沙也を心配しているのだろう。


「なんで、わたし?」


 正直、尋ちゃんと話すことなんてたいしてない。だって話を聞きたいのは沙也だ。

 でもあの流れで沙也と二人きりで話すのは無理だった。多分どんな持って行き方でも、尋ちゃんは「わたしも」って言って部屋を出なかったと思う。


 だけど逆に、沙也の方は違う。

 曲がりなりにも、「バンドをやめたい」なんて突然言って迷惑をかけているわけだから、私に対して負い目みたいなものあるはず。

 尋ちゃんと違って、私が頼んだら強くは拒めない。もともと、話は聞かないけれど、聞き分けが悪いわけじゃないし。

 それで、尋ちゃんも沙也に関することは強情だけれど、直接彼女本人へのお願いであれば、基本的には自己主張の少ないのもあって、まず断れない。


 ということで、戦略的に、まず尋ちゃんから二人で話すことにした。

 話したいのは沙也だけど、尋ちゃんからも聞けることはいくらかあるだろうし、「じゃあ次は沙也と二人で話を」って流れにも持って行きやすい。その時また尋ちゃんが駄々をこねないように、この時間しっかり言い含める必要もある。


「尋ちゃんも聞いてなかったんだね、沙也がバンドやめたいって話」

「……うん、驚いた」

「そっか。尋ちゃんも、沙也にはバンドやめてほしくないよね?」


 一応、確認の意味を込めて聞く。

 尋ちゃんは、微かにうなずいた。


「だよね。だから、これから私が沙也に話を聞いて、考え直してもらうつもり。……それで、尋ちゃんには悪いんだけど、沙也と少しゆっくり話させてもらってもいいかな?」

「……わかった」


 うんうん、いいぞ。二人揃っていないと会話が出来る。


「ちなみに、尋ちゃんは……なにか思い当たることってない? 沙也がバンドやめようってなった理由。最近悩んでいるとか、なにかないかな?」

「……沙也は、ギター練習していた。前よりも」

「なるほど」


 それはいいことだった。ギターが、音楽をやること自体が嫌いになったと言われると中々説得が困難だ。


「他には?」

「漫画のキャラの愚痴」

「うん、それは知っているけど」


 つまり、尋ちゃんにも理由はわからないみたいだ。やっぱり本人と話すしかないな。


「わかった。あとは私から聞いてみるね。悪いけど、沙也呼んできてくれる?」


 そのまま入れ替わりで、二人きりにしてもらおう。

 そう思っていたのだが、尋ちゃんはまた余計なことを言った。それも、とんでもなく問題な。


「……沙也がやめるなら、わたしもやめる」


 半ば予想もしていたことだったけれど、非常に頭が痛くなる。


 このっ仲良し幼馴染みめーっ!!

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