第2話 デビューに当たっての約束ですか?
もともとバンド名を全然決められないまま、伝手でライブハウスでの出演が決まってしまって、
「バンド名どうしよっか? とりあえず『~ガールズ』みたいにしようと思うけど」
と私が参加者用の書類に仮で書いていたものを、間違って沙也がそのまま提出してしまったのがある種の始まりだった。
気づけば、ライブ参加者のリストに『ウェイブダッシュガールズ』の名前が記されている。
おそらく『~』を『ウェイブダッシュ(波線)』と読み替えてくれたのだろう。違う、違うんだ。これはそういう意味じゃなくて――。
自分なりにマーケティング戦略を駆使してインディーズ音楽業界を全力で戦ってきたつもりだ。
それでも、失敗もやり直したいこともある。
だけどやっと、ずっと目指していたメジャーデビューの一歩手前まで来た。
呼び出されたのは都内にあるレコード会社の一つ。大手というわけではないが、マイナーすぎるわけでもない。欲を言えば楽器メーカー系か放送局系の大手がよかったけれど、少しでも早く目標達成することを優先させる。
他のメンバーたちも、これには異論がなかった。正確に言うと異論がなかったと言うよりは、
「うーん、僕にはちょっと難しい話かも。シズに任せて申し訳ないけど、今までもそれで上手くいってきたからね」
「あたしも興味ないから任せる」
ニュアンスはだいぶ違うけれど、結局私に丸投げなカップル二人。
「え~アタシがメジャーデビューだって、プロだって。尋、信じられる?」
「……わたしはよくわからない」
「なにそれーっ、もっと沙也ならプロくらい余裕だよ~って褒めてよー」
「沙也なら余裕」
話そっちのけで、イチャイチャする幼馴染み二人。
そんなせいで、本来ならメンバー全員で臨むべき大切なレコード会社との初めての話し合いにも――。
「すみません、本日は……そのリーダーの私だけで参加させていただきました」
「あら、どうも。これからよろしくお願いしますね」
「は、はいっ、よろしくお願いいたします」
渡された名刺には『プロデューサー』と書かれている。本物だ。プロデューサーの
「あはは、そんな緊張しないで。さ、座って座って」
大辻さんが腰掛けたのを確認してから、パーティションで仕切られた来客室のソファーに私も座る。革が固いせいか、見た目の割りに座り心地があまりよくなかった。
「すごいよね、絶句女子の人気。インディーズで、それもメンバー全員女子高生で、こんなに人気なんて」
「いえ、ありがとうございます」
「あ、女子高生で、みたいな言い方嫌だった? ごめんね」
「そんなことは! 折り込みで評価していただいていることは承知していますし、私たちもそれで売ってきたつもりです」
私の言葉に、大辻さんがにっこりと笑う。変なことを言ってしまったか、女子高生のくせに生意気な口でも聞いたか?
「あはは、まあ、そうだよね。考えてやっているなってのは、わかっていたよ」
「え? あの……」
「だってさ、SNSの使い方うまいもん。音楽配信も動画投稿も全部その場所その場所でうまいやり方してる」
「えっと……ありがとうございます」
どうもいろいろ計画ずくだったことはバレているらしい。そりゃ、向こうはそれこそ本職で、プロなのだからそうか。
「おまけに、君たち自身もちゃんとその広報に見合ったコンテンツ力がある。女子高生ってだけじゃなくてね。みんな可愛くて、技術もある。そこに女子高生」
「……はい」
そうだ。現役女子高生。三年間のブランドを全力で使うために、あの手この手で売ってきた。だからこそ、卒業前プロデビューしなくては意味がない。
「大丈夫、君たちは基本的に今まで通りやってくれれば。あとはこっちで売れる手助けをさせてもらう。プロになるってのは、それくらいのことだから」
「ありがとうございます」
今まで通り。そんなわけはないと思う。
制約にしがらみ。やりたくないことをやらせて、やりたいことができなくなる。
プロはそういう場所だ。
わずらわしい人間関係が増えて、目に見えないたくさんのお金が周囲で動き回って、結果自分たちではどうにもできない納期というものが生まれる。
音楽じゃなくてビジネスが始まる。
だけど――。
「私は、バンドマンでも、ミュージシャンでも……もちろん、アーティストであるつもりもありません」
あえて、私は大辻さんの言葉を逆らうように、しかし覚悟を見せた。
意図をくんだ大辻さんは、
「君とは上手くやっていけそうだ」
とまたにこりと笑って握手してくれる。今度の笑顔は、素直に受け取れた。
「そんな君だから、こっちも率直に言わせてもらうけど、お願いがある」
「はい、なんでしょうか?」
メンバーを何人か入れ替えろ。作詞作曲を発注にしろ。バンド名の改名。
思いつくようなことはいくつかあって、可能不可能はあるけれど、全力で応じるつもりだった。
「当然ながら、女子高生である君たちはある程度……いや、はっきりとこっちから表沙汰にしないだけで、明確に狙ってアイドル売りでやっていくつもりだ」
「は、はい」
顔のいい女子高生五人を揃えたのだ。(自分を含めるのは恐縮だけれど、平均よりは可愛いと思う)そういうファン層を狙わないなんてありえない。
「つまり、年齢を非公開にして今後数年間は女子高生を名乗り続けるとか……!?」
「いやいや、それは無理があるって。いや、君らの容姿的には、多分数年後も女子高生で通じるだろうけど、あくまでさ、作り物感は出したくない。本職のアイドルじゃないんだからね。だけど、それがピュアに音楽やっている女子高生っていう何よりのブランドで」
「そ、そうですよね! 私も、そういうコンセプトでやっていたつもりで」
「そういう流れで一つ、申し訳ないけれど、これはマストでお願いがある。男性関係は気をつけて欲しい」
大辻さんは真面目な顔で、なんてないことを言った。
「えっと」
「わかるさ。君たちは女子高生で、そういう年頃だ。思春期ってやつは、今は仕事人間の私にもあった」
「は、はぁ」
「今、私の年齢想像した?」
「してません!」
もう結婚なんて諦めましたみたいな雰囲気だ。今の時代、いくつで結婚してもいいとは思うし、しないのだって選択肢として当然ある。ただその悟ったような言い回しは――。
と頭を切り替える。大辻さんがいくつでも私には関係ない。
「アイドル売りをするためだから当然彼氏バレなんてのは御法度。オマケに君たちは音楽にひたむきな努力をしてきて、ついに成功したガールズバンドって売りだからね。色恋にうつつを抜かしていたなんてイメージもNGだ」
「わ、わかります」
「うん。ありがとう。それじゃあ、恐縮だけど、他のメンバーにもお願いできるかな? 男性関係は少なくとも高校卒業までは完全になしってことで。大丈夫?」
「男性関係は……大丈夫です。心配ありません」
色恋という言葉に少しだけ引っかかったものの、大辻さんの意図に関しては問題ないという自信しかなかった。
なぜなら、ウェイブダッシュガールズのメンバーは私以外メンバー内でラブラブである。色恋はあっても、それはメンバー内で完結している。
なにかでファンの目に入ったり、もしくはもっと売れて雑誌なんかに写真を撮られたりしても、メンバー同士の仲睦まじい光景にはなんの問題もない。
評判を下げるような恋愛問題、男性関係が入る隙なんて一切ない。
――まあ、私はフリーですけどね!? でもそういうの全然興味とかないですから!! 好きで私ボッチなんですけど!?
目の前で散々イチャつかれると、正直肌寂しい気持ちもある。それでも、私に取ってなにが大事か。優先度を考えれば、今誰かと必要以上に仲良くなるつもりなんてなかった。
「安心したよ。それじゃあ、書類をいくつか渡しておくから、一応中身はちゃんと確認しておいて。親御さんのサインが必要なところもあるから」
「……は、はい」
「あと、メンバー分あって、これ自体は君からみんなに渡してもらっていいけど、次は全員で会社に来てもらえる? ちゃんと顔くらい見ておきたいからね」
「はい。すみません、今日は……」
とはいえ、他のメンバーがいたらここまでスムーズに話も進まなかったと思う。
具体的なことはこれから話すことになるが、大辻さんとなら上手く売り出せそうだ。
あとは今日のことをみんなに報告して――。
このままメジャーデビューも、問題なく出来る。そう油断してしまった。
だからってわけじゃないだろうけれど、私の思惑はあっさり邪魔される。あのイチャイチャメンバーたちがまた私の頭痛の種になったわけである。
男性関係以外にも、そもそもバンドでよく起きる定番の問題があった。
帰宅して間もなく、チャットアプリでの個人メッセージが届く。
『しーちゃん、アタシ、バンドやめようと思う』
最近私を悩ませてばかりの
メジャーデビュー前のメンバー脱退、方向性の違い。
大辻さんの懸念とは別のところで、問題が起きてしまった。
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