私以外ラブラブなガールズバンドの居心地は最高ですかっ!?
最宮みはや
愛に疎外されますか?
第1話 バンドの居心地ですか?
音楽と人生を彩るのは、復讐である。
そう言ったバンドメンバーの一人、
ただし、相手は漫画のキャラクター。
御曹司でバスケ選手、イギリス名家の血筋を引きながら日本の旧財閥の跡取りでもあるらしいスーパーヒーロー。作中は男子間の友情描写が多い作品ではあったものの、別段明確にそういうターゲットが想定されていたわけでもなく、熱心なファンの一部が勝手に盛り上がりすぎていたのはそうらしいが。
突然、彼の許嫁が登場。
最初は、「向こうの女が勝手に言っているだけ」「親が本人の意思関係なく結んだ政略婚、真実の愛はこちらに」「勘違い女は友情という真にプラトニックな愛の前に去る」と強がりを見せていたファンたち(沙也含む)。
しかし、現実は残酷だ。
ファンの願望をあっさり否定するように、中睦まじい二人の様子がしっかりと作中で
結果――。
「あのクズ男めぇ~っ!!」
ドデカミンを一気飲みして、沙也が吠えた。
学校近くで、行きつけのカラオケ店の個室だから周囲への迷惑は考えなくてもいいけれど、私の耳への心配くらいはあってもいいんじゃないか。
沙也が感情のまま書き殴って生まれた歌詞が、私たちのファンの間では泣ける失恋ソングとして好評を博した。
だからってわけじゃないけど、バンドメンバーとして、彼女が失恋から立ち直る手助けくらいならしてやりたいとは思う。
だがよく知りもしない男との思い出や、ぽっと出の婚約者への罵詈雑言、次第には彼への
「もう~っ、あたしがどれだけの金と時間をあいつにつぎ込んだと思っているんじゃぁ~」
「あー、うん。大変だったよね? でもそれってもう一ヶ月以上前のことだよね?」
「本当にあいつは顔が良くて、口ばっかり達者なんだよーっ!! 騙されたっ!! 地獄に落ちろぉーっ!!」
「えっと、まぁ聞いてすっきりするなら聞くけどさ」
漫画のキャラクター相手に、なにを言っているのか――と困惑した。
それでもあれだけ真剣に愛していたらしい相手を、今ではこれだけ罵って呪いまでするのか――と友人ながら呆れもする。
やっぱり、私が聞かなくてもいい気がしてきた。
「あのさ、
「あいつは薄情者だから、アタシの話わかんないって言って聞かないんだよ~っ!!」
「え、それなら私もわかんな――」
「アタシが信じられるのはしーちゃんだけだよぉ~」
勝手なことを言って、沙也が抱きついてくる。
おかしい、なんでこんなことに。
私、
ついでに、一応はリーダーでもある。
セカンドギターでコーラスもしている末藤沙也とは、担当柄もあって関わりが多い。
加えて彼女は音楽歴が浅いから、私もサポート的なことには気を遣っているつもりだった。
今日も「放課後相談したいことがあるからカラオケ行こ~」という沙也からの連絡に、新曲のことかと思ってのこのこついて来たら、こうなってしまったのだ。
昨日も聞いたよね、その話。
土日はだいたいメンバー全員そろってライブハウスとか、学校の音楽室とかに出向いて練習やらミーティングやらしていた。その後、ファミレスや喫茶店に寄ることも多いのだけれど、最近こちらの出席率は目に見えて下がっていた。
原因は明らか、沙也の話にうんざりしてきているのだ。
昨日夕食の時間まで沙也の話に付き合ったのは、断り切れなかった私を除くと、彼女の幼馴染みである
やはり幼馴染みというだけあって――いや、傍目に沙也と尋ちゃんはそこらの幼馴染み以上に仲がいいのだけど、ともかく無口で高身長な美少女である尋ちゃんは基本的に沙也には優しい。
私じゃなくて尋ちゃんなら、沙也の漫画の話だっていくらでも聞いてくれるだろうに。
ただどうも長年の付き合いで、いい加減話飽きてきたのか沙也はリアクションの少ない尋ちゃんよりも、最近は話し相手に私を選んでいる節がある。これだけはなんとして避けないと。失恋話もだけれど、沙也のオタクトークを聞くのは尋ちゃんの担当なのだ。
芦谷尋はベースと沙也が担当です。
とはいえ、今日は尋ちゃん不在だ。リーダーとして、不在メンバーの穴は私がなんとしなくてはいけない。……こうなるってわかっていたら、無理にでも尋ちゃんを呼んだんだけど。
だって昨日「もうあいつのことは忘れる! アタシ、新しい推しつくる!!」って沙也が宣言していたから油断しちゃったよ。
どうも月曜日にその漫画が連載しているから、そこでなにかあるとまた怒りと悲しみがぶり返すみたいだ。今度から月曜日は沙也と距離を取ろう。
「はいはい、そうだよね。ショックだよね。今日は好きなだけ歌っていいからね」
「ありがと~静流ちゃんだけだよ、アタシにこんな優しいの」
「うーん、そんなことないと思うけど」
ここしばらくはあまりいい印象もない沙也だけれど、実際の彼女は尋ちゃんだけでなく、他のメンバーからも好かれている。
開けっぴろげでストレートな感情表現は不思議と人を惹きつけるし、普段は底なしに明るいこともあって、間違いなくムードメーカー的な立ち位置だった。
漫画アニメにも詳しいからか、沙也の作詞はファン受けもいい。ガールズバンドのファン層は、どうもその手のサブカル層と薄ら被っているようだ。
「沙也は明るくて、一緒にいると楽しいから……みんな沙也のこと好きだよ。もちろん、私も」
「うへへ、アタシもしーちゃんいっぱい好きぃ」
「うんうん、だから漫画のことは忘れてね。これからは私と一緒に、もっと音楽に生きて――」
「じゃあね、せっかくだから次の推しのキャラソンでも歌っちゃおうかなぁ」
沙也が慣れた手つきで、デンモクを操作した。軽快でポップなメロディが流れてくる。
「え、次の推し?」
「うん、ほら~、昨日も言ったでしょ? 新しい推しつくるって!」
「言ってたけど」
「見てみて、バリイケメンでしょ? しかも茶道の家元の次男だから、すっごい誠実なんだよぉ」
その情報は人格と関係ある?
だいたい新しい推しができたのに、なんであんなに恨み辛み聞かされたの私?
ピンクのメッシュが入った短い髪を弾ませて、楽しそうに歌う沙也を横目に私は何度目かのため息を付いた。
ガールズバンドのリーダーは、苦労ばかりである。
そんな私の苦悶の顔に気づいたのか、歌い終わった沙也が言う。
「でもでも、アタシの一番の推しは静流ちゃんだからね~っ!」
「あはは、ありがと」
それでもまあ、メンバーから慕われるのは嬉しい。リーダーとして報われるものがある。
◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、火曜日の放課後は音楽室の一つを私たちが使える日だった。
メンバー全員、私含めて五人が集まる。
――のだけれど、内二人は時間にルーズなので、しばらくはいつもの三人で練習することになる。
私と沙也と尋ちゃんの三人だ。
連日発散したからか、新しい推しのおかげか、沙也の表情も明るい。
「えっと、じゃああとの二人が来るまで――」
「聞いて聞いて静流ちゃん」
「なに? 一応、練習中はあんまり漫画の話は……」
「じゃなくてね、尋が」
沙也がぐいっと腕を引いて、無表情の尋ちゃんは少しだけ嬉しそうに微笑んで見えた。
「昨日ね、家に帰ったら会いに来てくれて」
沙也と尋ちゃんの家は隣同士で、私は二人の家どちらにもお邪魔したことがあった。
「昨日アタシが誘ったのに断ったのごめんってー」
「え? ああ、私を騙して連れ出す前に尋ちゃん誘ってたんだ」
「家族との約束があったんだって~。でもアタシのことが一番大事だって」
「へぇ」
尋ちゃんは黙ったまま横に立っているけれど、ほんのり顔が赤らんでいる。
「やっぱりアタシには尋しかいないよ~」
――こいつこそ薄っぺらレインボーじゃないの!?
ぐっと湧き出る怒りを、なんとか堪えた。
大丈夫、そもそもわかっていたことだ。沙也と尋ちゃんの付き合いは長い。それこそほとんど生まれてからずっと一緒にいた二人だ。
高校で知りあって、まだ一年ちょっとの交友関係の私には踏み入れない関係性がある。
「わたしにも沙也しかいない」
「そんなことないよ~。尋は明るくて、一緒にいると楽しいから! みんな尋のこと好きだよ。もちろん、一番はアタシ!」
「……へぇ」
それ、昨日私が沙也に言ったやつなんじゃ。
そもそも尋ちゃんはお世辞でも明るいタイプではない。一緒にいて楽しいかどうかは人次第なので言及を控えると、私も尋ちゃんが嫌いではないけれど。
釈然としねーっ!!
二人の仲が良いのは、歓迎だ。でも、
「沙也。……今はダメ」
「えー? なんで」
「静流さんもいるから」
「しーちゃんがいたらなんなの~?」
――私がいるところで、なんかじゃれ合い出すのはやめてよ!!
誤解なきように言っておく。
沙也が尋ちゃんに断られたから私を代わりに呼び出したことも。
尋ちゃんがさっきからどことなく私に勝ち誇った顔を見せていることも。
怒ってなんていない。
結局、沙也が心を寄せているのは幼馴染みの尋ちゃんなことは最初からわかっている。だから当て馬みたいにされて、言った台詞までパクられても別にいい。
でもっ!!
「ごめーんっ、遅れた」
謝罪の誠意は感じられない、呑気で明るいよく通った声。
ドラムスの担当、
「なんだ、まだ練習始まってないみたいだし、もっとゆっくりしてくればよかったわね」
凜とした綺麗な声のくせに、やたらとかったるそうに感じさせる。
キーボード担当、
遅れてきた二人の態度、しかし私が妙にムカムカするのは――。
「いっくん、ふーちゃんお疲れ様~。相変わらず熱々だねぇ」
「ははっ、沙也と尋には負けるよ」
「えー? アタシたちはただの幼馴染みだよぉ」
斎君と譜々さんの二人は、正式に付き合っている。「発表するってのも変だけど、隠すのもおかしいかなって、一応報告しとくね」と少しだけ気まずそうな斎君が数ヶ月前のミーティング中に言った。
付き合うことになった。
だからといって、できればこれからも変わらず接して欲しい。
言われたとおり、こちらは今までと同じようにしてきた。
それなのに斎君と譜々さんは、二人して揃って遅れてくることはしょっちゅうで、ちょっとした瞬間に二人が見つめ合っていることもある。
ちゃんと聞いたわけじゃないけれど、休日も二人で出かけているらしい。そりゃ、付き合っているんだから、そうか。
ようするに、まごうことなきカップルなのだ。
ということで以上、幼馴染みとカップルと私の五人メンバーで構成されるのが『ウェイブダッシュガールズ』である。
ファンからの通称は『絶句女子』。私の心中を表したわけではないと思う。
私以外ラブラブなガールズバンドだった。
別に、怒っていないよ!? 嫉妬とか、全然してないですけど!?
今日も当たり前に居心地は最悪だったが、私は彼女たちと音楽をやっていく。
だって、私は音楽で、バンドで成功するって決めているから。
―――――――――――――――
最後まで読んでいただきありがとうございます。
紹介文にも記載しましたが女性主人公が百合の間に入る微NTR展開・表現があります。ご留意の上、読んでいただけますと助かります。
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